マイケル・ムーアとナオミ・クライン:怒りから希望へ 「すべての場所を占拠せよ」

「ウォール街を占拠」運動の功績のひとつは、ことばに力を与えたことです。自分や親しい人の暮らしを苦しめる経済的・社会的な不正への憤りを口にする事が愚痴で終わらず、より良い社会を作る力になると感じた人々は、公共の場で自分の体験や考えを述べ、ひとびとの声に熱心に耳を傾けるようになりました。2011年11月10日という同年における「占拠」運動の絶頂期とも言える時期にネイション誌の主催で開かれたパネルディスカッション「すべての場所を占拠せよ:新しい政治と企業権力に立ち向かう運動の可能性」は、ナオミ・クラインとマイケル・ムーアという、運動を早くから支持してきたとびきり人気者のオピニオン・リーダー2人をパネラーに加え、占拠運動の紆余曲折を記録する画期的なイベントになりました。(46分)

アラブ世界の「民主化」を本当は望まない米国とNATO

米国のメディア監視団体FAIR(Fairness and Accuracy in Reporting)は大手メディアを25年にわたって監視し、少数者や反体制派の意見を排除しようとする報道に批判を加えてきました。ノーム・チョムスキーが25周年イベントに招かれ、アラブの春に対する欧米政府の反応、主要メディアの報道について話しました。

米大統領の判断で米国市民の無期限勾留が可能に?

日本では在沖縄米海兵隊のグアム移転費が全額削除されたことで報道された2012年度の米国防権限法(年次軍事予算案:NDAA)ですが、この法律には米国国民にとっても大きな問題となる条項 が入っていました。2001年、9.11の犯人を捕獲する目的で可決された「テロリストに対する軍隊使用承認決議」(Authorization for Use of Military Force Against Terrorists) に準じて、大統領は、大統領がテロ組織に関与していると判断した人物を、無期限に、裁判手続きなしで拘束できる権限があると書かれていたからです。(12分)

COP17 青年使節が気候正義を訴える人間拡声器のパフォーマンス

国連気候変動会議が開かれている南アフリカのダーバンでは、世界の指導者たちが温室化ガス排出削減のための法的拘束力を持つ協定にいつまでも合意できずにいることに対して、いくつもの抗議行動が行われています。青年使節団の代表としてCOP17で演説した米メイン州アトランティック・カレッジの学生アンジャリ・アパデュライは、「世界の過半数を代表して発言します。これは”声なき者たちの声”です。私たちは会議に招かれても、私たちの要求は取り上げられません・・・チャンスはあと5年なのに、皆さんは10年くれと言う。それを"意欲的"と呼ぶなんて、私たちの世代への裏切りです」と痛烈な批判を展開しました。(10分)

ダーバン合意 約束を反故にして途上国に責任を転化する先進国の常套手段

ダーバン気候変動会議(COP17)は2日間の会期延長の末、法的拘束力のある唯一の条約「京都議定書」の延命(第2約束期間)が合意され、これに非加盟の国々や義務を負わない国々をも取り込んだ新たな枠組みの交渉を開始し、2020年の発効をめざすことになりました(ダーバン・プラットフォーム)。多国間の交渉による気候対策の枠組みづくりの重要な一歩と喧伝されますが、環境団体の多くは、これではまったく不十分だと非難します。国際環境団体フレンズ・オブ・ジ・アースのケイト・ホナーは、「富裕な国々が、これまでの約束をすべて反故にして責任を逃れるという昔からのパターンの繰り返しです。新たな協定の交渉のために10年近くも費やして行動が遅れ、それまでは低い目標に縛られます」といいます。そうすることで、問題を招いたわけでもないのに被害を受ける途上国に負担を押し付け、尻拭いをさせるつもりです。(16分)

インドの活動家プラフル・ビドワイ:気候変動の政治学と危機に陥る世界

「汚染会議」とまで呼ばれた南アフリカ、ダーバンでの国連の第17回気候変動枠組条約締約国会議(COP)。過去150年間にわたる最大の温暖ガス排出国である米国は、自国が参加すらしていない京都議定書で中国が発展途上国として規制を受けないことを交渉を遅らせる口実にし、交渉自らの排出量をしばることになる世界的な規制作りへの真剣な取り組みを拒みました。インドのジャーナリスト・評論家・平和運動家のプラフル・ビドワイ氏は、人口の55%が電気へのアクセスが無く、発展を必要とするインドのような貧困国を責め、これまで蓄積してきた排出量をほおかぶりしようとする米国の不正義を問います。「大気中に蓄積され、そこに残留し数千年の間地球を温暖化する、全ての温室効果ガスの4分の3は、北半球の先進国からの排出、米国はその4分の1以上に対して責任がある」のです。(13分)

グリーンピース事務局長クミ・ナイドゥ:反アパルトヘイトから気候正義へ

南アフリカのダーバンで開催された2011年国連気候変動会議(COP17)で、グリーンピース・インターナショナルのクミ・ナイドゥ事務局長にインタビューしました。ナイドゥ氏は14歳で反アパルトヘイト運動に参加し、1986年に非常事態宣言の下で逮捕された後、地下にもぐったベテラン活動家です。(19分)

元FCC委員マイケル・コップスが語る米国メディアの未来

ブッシュ政権からオバマ政権にかけて約10年間、連邦通信委員会(FCC)委員を務めたマイケル・コップスが、この10年で大きく変化した米国のメディア環境について語ります。(32分)

チェルノブイリの大惨事:世界最悪の原発事故から25周年

今日4月26日はチェルノブイリ原子力発電所の事故が起きた日です。ちょうど一年前のチェルノブイリ事故25周年の検証番組をお届けします。当初ソ連当局は事故を隠蔽しようとしましたが、結局はチェルノブイリ周辺の5万人の住民を強制避難させることになりました。2004年にアカデミー賞最優秀短編映画賞を受賞したディレオ監督のドキュメンタリー映画「チェルノブイリ・ハート」が示すように近隣地区で生まれた子供にはいまも先天性の異常が多発しています。長期的にみたチェルノブイリ事故の影響による死者数には推計によって大きな開きがあり、IAEA推計では約4000人ですが、ニューヨーク科学アカデミーが2009年に掲載したアレクセイ・ヤブロコフらロシア人科学者の研究では100万人にのぼりますチェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト。(23分)

NATOのリビア空爆は米軍のアフリカ進出への布石?

リビア最高指導者カダフィ氏の死亡をうけNATOのラスムセン事務総長は2011年11月、「民間人への脅威が存在しないことは明らかだ」としてリビア爆撃作戦の終結を宣言しました。カダフィ側の拠点に対する空爆は激化するいっぽうでしたが、「カダフィ氏の出身地シルトへの攻撃は熾烈をきわめ、多数の死者が出た」と政策研究所のフィリス・ベニスは言います。シルト住民のすべてがカダフィ支持者ではありません。ベニスは「NATO軍のリビア爆撃が民間人保護のためだったなどというのは事実に反する。シルトの住民は保護どころか爆撃の対象だった」と言います。(10分)

9.11のTVニュース・アーカイブ: 3000時間分の映像がオンラインで

テレビ報道は私たちの現実認識に大きく影響し、集団的記憶として刻み込まれます。でも、そうしたメカニズムは十分に解明されてきたとはいえません。実際に過去のTVニュースを参照して比較検証するためのツールがなかったからです。米国テレビ報道は私たちの現実認識に大きく影響し、集団的記憶として刻み込まれます。でも、そうしたメカニズムは十分に解明されてきたとはいえません。実際に過去のTVニュースを参照して比較検証するためのツールがなかったからです。米国では9.11同時多発テロから10年目に、インターネット・アーカイブ事業の先駆者2人が野心的なプロジェクトを立ち上げました。『9/11理解 テレビ報道アーカイブ』(Understanding 9/11: A Television News Archive)は、2001年の9月11日から15日まで放送された米国内外20局の延べ3000時間にわたるニュース映像を集め、さまざまな角度から検証できるように重層的にカタログ化して、インターネットで公開されています。(12分)

殺人と汚職をめぐるムバラク裁判に沸くエジプト

民衆革命から半年、エジプトでは長期にわたる独裁政権を敷いてきたムバラク元大統領の公判が開かれました。カイロ郊外の警察学校に置かれた法廷に、入院先から担架で運びこまれた元大統領は、二人の息子とともに、在職中の汚職や革命中の市民虐殺などの罪状で裁かれます。初公判が開かれた8月3日には大勢の群集が敷地を取り囲み、スクリーンに映し出される法廷の様子を固唾を呑んで見守りました。「今後何が起ころうと、今日はエジプト革命の決定的な瞬間です」と、昨年来カイロに居を移した元デモクラシー・ナウ!のプロデューサー、シャリーフ・アブドゥル=クドゥースは言います。(8分)

ノルウェーの大量殺人事件報道に見る「テロ」報道の色眼鏡

まず、おさらいから。2011年7月22日にノルウェーで起きた大量殺人事件。首都オスロでの爆破とウトヤ島のノルウェー労働党青年本部のキャンプ地での銃撃により計77人が殺害されました。事件が初めて報道されたときの衝撃にもかかわらず、多くの人々にとってこの事件はあっという間に色あせ、忘れさられました。なぜか?主流メディアが興味を失い、報道が消えたからです。憲法専門の弁護士で、政治と法律問題のブロガーでもあるグレン・グリーンウォルドが、イスラム過激派の「テロ」襲撃ではないとわかった途端に報道を放り出したメディア報道の歪みを分析します。(13分)

ウォール街の占拠を超えて

2011年9月17日に、一握りの人々がウォール街に近いズコッティ公園を「占拠」して以来、11月15日に警察の手入れで追い出されるまでの2ヶ月間、「ウォール街を占拠せよ」は、あれよあれよの勢いで盛り上がりました。国民の99%を犠牲にモラルを欠いた1%の投機家が仕切る米国の現状という認識のもと、経済的不公平に異を唱え、経済的困窮を訴える運動ではありましたが、その意義は経済闘争にとどまりません。テロ対策と経済回復の名のもとで長らく保守右派に牛耳られ、市民の多くの権利を犠牲にさせられてきた人々の堪忍袋の緒が切れたのです。不満を抱えているのが自分ひとりではないことに気付いた人々が、「占拠」の場に集まり、手作りの様々な貢献をして自分たちがほしい社会の雛型を作ろうとした。こうして、参加型民主主義に再び力がみなぎりました。このセグメントでは、2人のゲストがこの運動の戦略と成功について語ります。(24分)

ナオミ・クライン「ウォール街を占拠」に参加 パート2

昨年10月「ウォール街を占拠せよ」で素晴らしいスピーチをしたカナダのジャーナリスト、ナオミ・クライン。その直前にデモクラシー・ナウ!のスタジオでグローバリゼーションに抵抗する運動の現状を語りました。「ウォール街占拠」はもちろん、折りしもチリで盛り上がる学生運動や、9月末にワシントンで行われたパイプライン敷設阻止の大規模な非暴力抗議行動などについても報告します。(12分)

ナオミ・クライン 「ウォール街を占拠」に参加 パート1

昨年10月「ウォール街を占拠せよ」で素晴らしいスピーチをしたカナダのジャーナリスト、ナオミ・クライン。その直前にデモクラシー・ナウ!のスタジオでグローバリゼーションに抵抗する運動の現状を語りました。「ウォール街占拠」はもちろん、折りしもチリで盛り上がる学生運動や、9月末にワシントンで行われたパイプライン敷設阻止の大規模な非暴力抗議行動などについても報告します。(21分)

「ウォール街を占拠」ズコッティ公園から強制退去  

2011年11月15日未明、ニューヨーク市警は2カ月に及ぶ「ウォール街占拠」に退去を命じて強制執行し、ズコッティ公園内のテントや寝袋を解体、参加者たちが持ち込んだ物品を一切合財没収し、抵抗した70人以上を逮捕しました。デモクラシー・ナウ!のスタッフも夜中に駆けつけ、早朝まで現場にとどまり一部始終を映像に収めました。(21分)

ジェニン自由劇場のジュリアノ・メル=ハミスの殺害

映画『アルナの子供たち』をご覧になったことがありますか?アルナ・メル=ハミスというユダヤ系イスラエル人でパレスチナ人と結婚した女性が、インティファーダ(民衆蜂起)の勃発で暴力が日常化した占領下のパレスチナ西岸地区の町ジェニンに住み、芸術とは無縁の難民キャンプの子供たちに絵画やダンスなどを教え、暴力ではなく創造的な自己表現を通じて占領に抵抗していくことを教えようとしました。アルナは1993年にライトライブリフッド賞を受賞し、その賞金でジェニンに子ども劇場を作り、95年に亡くなるまで子供たちのために尽くしました。この劇場を手伝った息子のジュリアノは、2000年に再燃したインティファーダのさなかにジェニンに戻り、アルナの教えを受けた子供たちの多くが抵抗運動の戦士として散っていったことを知ります。暗澹とする結末ですが、ジュリアノは映画の終わりに、子ども劇場の再建をめざすことを誓っていました。

ガザ支援船団に参加の米国船 ギリシャ当局の出航禁止に挑む 

「フリーガザ・ムーブメント」は、2008年以来、イスラエルによるガザ封鎖への抗議として、人道物資をガザに届ける航海に挑んできました。しかしイスラエルやギリシャによる妨害により2009年以降はすべて失敗に終わっています。中でも2010年に組織された「フリーダム・フロッティラ」は世界中から約700名が参加した大船団となりましたが、イスラエル軍が「乗客の中にテロリストがいる可能性がある」としてトルコ船を公海上で襲撃、9名の死者を出し、イスラエルとトルコの外交問題に発展しました。

アラブ人作家2人の共同インタビュー アラブの春とイスラエル=パレスチナ

ジャーナリストで作家のルーラ・ジブリールと、エジプトの著名ブロガーのイサンドル・アル・アムラニが、アラブの春とパレスチナについて話します。エジプトの民衆蜂起のさなかに行われたこともあり、アラブの春への二人の期待が伝わるインタビューとなっています。(21分)
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