反戦

日本人2人が処刑されたことで「イスラム国」(ISIS,ISIL)に対する関心は一気に高まりましたが、人質解放に失敗した日本政府の対応についての検証はまだこれからです。トルコやフランスの人質は解放されているのに、中東への軍事干渉には直接関与していない日本の民間人が殺されてしまったことには、おおいに疑問が残ります。脅迫ビデオでイスラム国の処刑人ジハーディ・ジョンから「安倍晋三、お前の責任だ」と名指しで非難された日本の総理は、そんなことは知らんぷりで、ここぞとばかりにイスラム国と戦うことの必要性を熱弁し、「政府に協力しない者はテロリストの味方」というロジックで、大手メディアを使って政権批判の声を封じています。これはジョージ・W・ブッシュの対テロ戦争ドクトリンをそっくりいただいたものですが、オバマの民主党政権になっても米国は「テロには屈しない」という念仏を唱えて交渉を避ける「拒絶主義」に変わりはありません。最初に処刑された外国人ジャーナリストであるジェームズ・フォーリーへのオバマ政権の対応を見れば、日本政府の行動との共通点が読み取れます。(20分)
トーマス・ヤングが、退役軍人の日の前日、妻に看取られてひっそりと亡くなりました。イラクで負傷し、半身付随になりながらも薬物中毒から立ち直り帰還兵の反戦運動に身を投じた活動家です。彼を描いた2008年のドキュメンタリー映画Body Of War (『戦争の身体』)は大きな話題になり、他の帰還兵たちよりも脚光を浴びましたが、背後には同じような悲劇が無数に存在します。日々の生活の格闘から遂に力尽きるまでの彼の人生の軌跡は、9.11事件後の世界で戦争に突き進んだ米国の悲劇をきれいになぞっています。(31分)
帰還兵の悲痛な境遇を体現する人物トーマス・ヤングが、退役軍人の日の前日、妻に看取られてひっそりと亡くなりました。イラクで負傷し、半身付随になりながらも薬物中毒から立ち直り帰還兵の反戦運動に身を投じた活動家です。彼を描いた2008年のドキュメンタリー映画Body Of War (『戦争の身体』)は大きな話題になり、他の帰還兵たちよりも脚光を浴びましたが、背後には同じような悲劇が無数に存在します。日々の生活の格闘から遂に力尽きるまでの彼の人生の軌跡は、9.11事件後の世界で戦争に突き進んだ米国の悲劇をきれいになぞっています。 後半部分です (18分)
今週は反戦運動についての話題をお届けします。少し前のインタビューですが、第一次世界大戦をふり返るという、今日にぴったりのトピックです。ちょうど百年前の世界は、空前の大戦争に向かって突き進もうとしていました。1914年6月28日のサラエボ事件(オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子の暗殺)がおきてから、たった6週間の間に、それまではそこそこに良好な国際関係を維持し繁栄を極めていたヨーロッパが一転して全土を巻き込む戦争に引き込まれていきました。この戦争の歴史には学ぶことが沢山あります。(20分)
「自分たちは共に、同じ戦争による被害者である」ー戦争中は、殺す側と殺される側に二分されていた元米軍兵士とイラク市民が、このたび手を携えて、「癒える権利」運動を立ち上げました。多くのイラク人、また退役軍人やその家族は、今も戦争の後遺症であるトラウマや身体的な傷に悩まされており、その影響は次世代である子どもたちにも及んでいます。また、バックに米政府がいるイラクの現政府が、国の天然資源を外国に売り渡していることも、イラク社会の復興を妨げていると運動は指摘しており、長期にわたる戦争の後遺症と、人々の癒える権利について、米国政府が事実を承認し、その上で責任をとることを要求しています。(14分)
独立放送局の草分け、パシフィカ・ラジオ。そのアーカイブには5万5千本もの録音テープが収蔵されています。主要メディアが見向きもしなかった活動家や思想的指導者をいちはやく取材し、市民の運動、なかでも公民権運動を盛り上げるのに貴重な役割を果たしたパシフィカですが、録音テープの劣化が危ぶまれています。その記録に一番身近に接する機会をもつパシフィカ・ラジオ・アーカイブの責任者のブライアン・デシャザーは、その価値がわかるだけに、なんとかデジタル化を進めて保存してアクセスを容易にし、研究や運動に活かしてほしいと意欲的です。
反戦, 帰還兵, NATO
2012年5月20、21日、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議が米国シカゴで開催されました。会場となったマコ―ミック・コンベンションセンターの外には、NATO、戦争に反対する数千人が集まり、抗議デモが行われました。NATO会場に向けて、従軍メダルを投げつけるセレモニーを主催したのは「反戦イラク帰還兵の会」と「平和を願うアフガニスタン人」(Afghan for Peace)のメンバーです。それぞれの短いメッセージに共通しているのは軍隊への不信・だまされたという憤り・イラク、アフガニスタンの人々への謝罪の気持です。アフガニスタンの人々に連帯し、本当の悪者は誰なのかを訴えます。
ゲストの反戦活動家ブライアン・ウィルソンさんは、これまでの生涯で二度も文字通り死線を彷徨いました。最初はベトナム戦争従軍時。大義などとは無関係な戦場の残酷な現実を目の当たりにして現役兵時代に反戦活動に身を投じたウィルソンさんは、退役後にエルサルバドルやニカラグアを訪問し、米国政府の代理戦争の被害者と交流して米国の外交政策の過ちに確信を強め、1987年9月1日、カリフォルニア州にある基地の近くで軍事物資の輸送を止めようと線路に座り込みました。恐るべきことに、軍用列車は停止するどころか却って速度を上げ、轢かれたウィルソンさんは奇跡的に九死に一生を得たものの、頭蓋骨を割られ両脚を切断しました。(52分)
1月27日に心臓発作により87歳で急逝した歴史家・著述家・活動家のハワード・ジンの追悼番組です。古典的な名著『民衆のアメリカ史』は、米国人の歴史の見方を変えたと言われます。通算100万部以上を売り、最近『民衆は語る』というテレビ番組も作られました。ジン本人の映像につづき、彼を最も良く知っていた盟友のノーム・チョムスキー、教え子のアリス・ウォーカー、ナオミ・クライン、アンソニー・アーノーブの諸氏により、ハワード・ジンの功績と、今日における重要性を語ってもらいます。(40分)
ベトナム反戦運動の歴史に残るもうひとつの行動は「ケイトンズビル事件」です。カトリック系の平和主義者たちが、牢獄行きを覚悟で反戦を訴えた市民的不服従のお手本のような事件です。 1968年5月17日、ダニエル・ベリガン神父と弟の故フィリップ・ベリガン神父をはじめとするカトリックの平和運動家 9人が、メリーランド州ケイトンズビルにある徴兵委員会のオフィスに侵入し、ベトナムに派兵される予定の若者たちの徴兵ファイルを外に持ち出して、手製のナパーム弾で焼き払いました。(14分)