メキシコ

2016学生字幕翻訳コンテスト 課題3:「米国の移民選別の歴史」の受賞作です。 米国は「移民の国」です。一般に語られる移民の歴史は、こんな感じです。「最初に入植して国を築いたのは、英国人など白人プロテスタント(WASP)だった。その後さまざまなグループが渡ってきたが、19世紀末に南欧や東欧から工場労働者が大量に流入し、文化の違いから社会不安が増大した。新移民への排斥感情が高まり、ついに1924年、出身国別の移民枠が設けられ自由な移民の時代は終わった。しかし戦後の公民権運動の高まりで、1965年以降は国別の割り当てが撤廃され、誰にも平等に扉が開かれた」。中南米を専門とする歴史学者アビバ・チョムスキーは、この説明には「人種偏見」と「労働力需要」の視点が足りないと言います。(12分)
2012年メキシコ大統領に就任したエンリケ・ペニャニエト大統領は、ハンサムで華麗なイメージで欧米マスコミの寵児です。「メキシコを救う」政治家としてタイム誌の表紙を飾り、教育改革やエネルギー政策が絶賛されています。要するに新自由主義の性格であり、オバマ大統領とがっちり組んで多国籍企業の対外投資を保護する政策をメキシコで推進していることがマスコミ人気の秘訣のようです。しかし、ここへきて豪邸をめぐるスキャンダルが浮上し、学生失踪事件をめうる全国的な抗議行動が吹き荒れ、改革者のメッキも剥がれてきました。ローラ・カールセンによれば、メキシコ社会における暴力の拡大とまん延は、ペニャニエトが推進する新自由主義政策と表裏一体なのです。
学生43人の失踪事件と捜査当局の対応をめぐりメキシコ各地で抗議行動が起き、現体制への批判が高まっています。メキシコ南部のゲレロ州で2014年9月21日夜、教員養成学校の生徒が乗るバスがイグアラ市警察に襲撃され、6人が死亡、25人が負傷し、43人が行方不明となりました。アヨツィナパ師範学校は貧しい農村地帯の子弟から教員を育て地方の生活水準の向上を図るために設立された地方師範学校の一つですが、こうした地方の自助努力は連邦政府によって反体制運動の温床とみなされ、しばしば弾圧を受けてきました。この事件の捜査で70人以上が逮捕され、警察に襲撃を命じたとされるイグアラ市長も逮捕されましたが、捜査当局の説明には矛盾が目立ちます。7週間以上も経つのに学生たちの行方はわからず、挙句にヘスス・ムリリョ・カラム検事総長が、学生たちはコクラのごみ集積所で殺害され、死体は焼却されたという、またしてもいい加減な発表をしたことが、大規模な抗議行動につながりました。ゲレロ州では政府の建物に火がかけられ、主要道路がデモ隊により封鎖され、抗議行動はメキシコ各地に広がっています。現地で取材している独立ジャーナリストのジョン・ギブラーは、今回の学生失踪事件で露呈したのは、警察と麻薬ギャングの完全な融合だと指摘します。
NAFTAは米国、カナダ、メキシコの北米3カ国のあいだで結ばれた、TPPの元祖みたいな地域間自由貿易協定です。締結当時のうたい文句とは裏腹に、この20年で米国の雇用は失われ、メキシコではトウモロコシの生産が壊滅的な打撃を受けて農村地帯が困窮し、仕事を求めて米国に流入する無資格移民が百万人を超えています。自由貿易協定が引き起こすこのような悲惨な結果を当初から予測し、反対の声をあげて立ち上がったのが、メキシコの奥地の貧しい先住民たちだったことは、記憶に刻んでおきたいものです。NAFTAが発効した1994年1月1日、チアパス州の先住民が「NAFTAは自分たちへの死刑宣告だ」と訴え、自由貿易協定を推進するメキシコ政府に宣戦を布告しました。武装蜂起した農民中心のサパティスタ民族解放軍は、瞬く間にチアパス州の5つの主要な町を制圧しました。巧妙なメディア戦略も奏功して、この蜂起は世界に大きな衝撃を与えました。 あれから20年、サパティスタはチアパス州のおよそ3分の1を掌握し、サパティスモ(サパタ主義)と呼ばれる独自の方法論に基づいた自治を確立しています。(12分)
2012年7月1日、メキシコで大統領と上下両院議員の選挙が実施され、大統領選では、制度的革命党(PRI)のエンリケ・ペニャニエト候補が勝利を収めました。国際選挙監視団などによる、大規模な不正選挙を告発する指摘をものともせず、1929年の結党後さまざまに名前を変えつつ2000年まで国政を独占したPRIの復権について、学生を始めとする広範な市民層が反対の声を上げる中、左派の民主革命党(PRD)の大統領候補であるアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドル元メキシコ市長は、選挙戦の後半で急速に支持を伸ばしたものの、2006年に続き苦杯を舐める結果となりました。開票作業が進むなか、メキシコ国立自治大学のジョン・アッカ―マン教授(ラテンアメリカ史)にお話を伺います。教授は今回の選挙結果が、2000年に制度的革命党から政権を受け継いだ右派国民行動党(PAN)と守旧派PRIによる政権たらい回しにすぎないと指摘し、PANのフェリペ・カルデロン現大統領の下で強引に推進され、膨大な数の市民を犠牲にし続けている米国による「麻薬戦争」戦略が継承されることを懸念します。一方で、学生たちの運動の中から世界中の「オキュパイ」運動に呼応する「私は132番目」運動が生まれるなど、民主的で清潔な政治を求める勢力も力を蓄えていることを指摘し、ロペスオブラドルに投じられた1500万に代表される民意が今後の強力な対抗軸になって右派の暴走に歯止めを掛ける可能性に期待を述べています。
メキシコ, 移民
テキサスオブザーバー誌に掲載された調査報道記事"Children of the Exodus”(大量移送される子供たち)は、米国の現在の移民法によって引き起こされる二次的な被害に光をあてました。毎年数万人もの子供たちが親族から引き離され、同伴者もなしにメキシコ国境の向こうに追放されます。そうした子供たちの多くは米国との国境に近いメキシコの都市の街頭に置き去りにされ、麻薬と暴力が猛威を振るう荒廃した土地でシェルターに収容されることになります。 合衆国の家族に会いたくて密入国を繰り返す者も多いといいます。(7分)
詩人で活動家のジョン・ロスがメキシコを語ります。ビート・ジェネレーションの文学活動に参加していたロスは青年時代にメキシコを旅し、山中の原住民と7年間生活を共にしたり、サパティスタ運動にもかかわっていた経歴の持ち主です。1985年のメキシコ大地震に遭遇したロスは、被災住民が主体的になって救援活動を行なうのを目撃し、やがてそれが政治的な大衆運動になる様子に感銘を受けます。メキシコ・シティに移住したロスは地域に根を下ろし、住民の集会に参加してきました。そこでは多くの重要な社会問題が活発に議論され、暮らしをよくする地域運動があるといいます。
8月にメキシコを訪れたオバマ大統領は、メキシコのフェリペ・カルデロン大統領とカナダのスティーブン・ハーパー首相と初の北米自由貿易協定(NAFTA)首脳会談を行ないました。オバマは選挙中にNAFTA見直しを約束していましたが、就任後は世界的経済危機を理由に実行を先送りしています。NAFTAの軍事同盟化をねらうブッシュ時代の構想は首脳会談の表舞台からは消えましたが、メキシコ社会の統制強化と軍事化は進んでいるようです。一握りの企業と政治指導者だけが密室で物事を決める体質は変わらず、労働団体や人権団体から批判が上がっています。(16分)
米国にはびこる麻薬犯罪の元凶とされるメキシコの麻薬カルテル。麻薬カルテル撲滅に乗り出したメキシコ政府に、米国が毎年5億ドル近い犯罪対策支援をしています。しかし、メキシコ政府の犯罪対策は人権侵害がはなはだしく、それを理由に米国からの支援も一部が凍結されました。メキシコを訪問したオバマ大統領はカルデロン大統領の麻薬戦争への対応を称賛しましたが、メキシコの麻薬戦争の影響を取材してきたチャールズ・バウデン記者は、それはでたらめだと言います。(14分)
2008年11月4日の夜、歴史的勝利が判明すると、次期大統領バラク・オバマに世界中から続々と祝辞が寄せられました。米国民のみならず世界の多くの人々にも、オバマ選出は時代の画期ととらえられました。しかし実のところオバマの外交政策の姿勢とはどのようなものなのでしょうか?また米国の外交政策の戦略ポイントに位置づけられる国々の住民は、新政権に何を期待しているのでしょうか?(46分)