メキシコ

国連の推計では、2007年末に世界の難民数は1100万人を超え、国内にとどまっている避難民は2600万人でした。ここには、経済や気候や生態系の変化などの理由で故郷を捨てざるを得なかった人々は含まれていません。今日のテーマは難民ですが、米国では「移民」と呼ばれています。よく使われる「不法移民」という言葉は、難民保護の責任を逃れるために政府がつくった用語であり、基本的人権である移住の権利を行使した者を犯罪扱いするものだとネビンズ教授は語ります。(22分)
北米自由貿易協定(NAFTA)発効から15年、当初約束された経済繁栄とは裏腹にメキシコは米国に安価な労働力を供給する移民工場になっています。それに追い討ちをかけるように、ここへきてNAFTA軍事化の動きが顕在化してきました。ブッシュ政権が2008年6月に打ち出した麻薬撲滅政策「プラン・メキシコ」は、社会経済対策をおろそかにして軍事方面ばかりに力を入れています。初年度予算4億ドルの大半は、米政府と契約する傭兵会社とメキシコ軍の手にわたります。国境管理の強化は、麻薬と移民の流入を防ぎたい米国、武器流入を防ぎたいメキシコ側の共通の要求です。しかし、その裏には別の思惑もあるようです。(26分)
 メキシコのオアハカ州では昨年6月14日、教員の座り込みストが大量の警官隊によって強制排除されたのをきっかけに、州知事ウリセス・ルイスの圧制に住民の怒りが爆発し、数ヶ月のうちに同知事の辞職を求める大規模な抵抗運動へと発展しました。10月27日の襲撃で殺された6人の中に、米国人インディメディア活動家ブラッド・ウィルがいました。ニューヨークではよく知られた活動家だった彼の訃報に、多くの仲間や友人たちが集まり、故人を追悼すると同時に、彼の死を更なる弾圧手段強化の口実に使おうとするメキシコ政府に抗議しました。デモクラシーナウは、この日の放送時間を丸ごと使ってブラッド・ウィルの活動家人生を伝えています。(14分)
 メキシコのオアハカ州では昨年6月14日、教員の座り込みストが大量の警官隊によって強制排除されたのをきっかけに、州知事ウリセス・ルイスの圧制に住民の怒りが爆発し、数ヶ月のうちに同知事の辞職を求める大規模な抵抗運動へと発展しました。10月27日の襲撃で殺された6人の中に、米国人インディメディア活動家ブラッド・ウィルがいました。ニューヨークではよく知られた活動家だった彼の訃報に、多くの仲間や友人たちが集まり、故人を追悼すると同時に、彼の死を更なる弾圧手段強化の口実に使おうとするメキシコ政府に抗議しました。デモクラシーナウは、この日の放送時間を丸ごと使ってブラッド・ウィルの活動家人生を伝えています。(11分)
 「ノーモア・デス」の救援活動は、長老派教会のジョン・ファイフ牧師が2002年に始めたサマリタン・パトロールを母体としています。ファイフ師は80年代中ごろにも、国境に滞留した大勢の難民たちを保護する「サンクチュアリー(避難所)」運動を始め、全米の教会やシナゴーグにネットワークを広げたため、当局ににらまれて密入国幇助の罪で有罪判決を受けたことがあります。彼の体験を通じて、国境での生死をかけた救済活動の今と昔が語られ、そこにはっきりした一筋の糸が通っているのが見えてきます。(14分)
 メキシコ国境では合衆国で働くため密入国する人々が増加し、砂漠を越える途中で衰弱し、死に至る事故があとを絶ちません。アメリカ政府はこの惨状を放置し、彼らの「死」を無許可の移民をけん制する抑止力として使っています。それどころか、このような非人道的な政策に対抗して移民たちの救助活動にあたるボランティアたちを、密入国幇助として重く罰しようとさえしています。このような政府の威圧政策にも屈せず救援活動をつづけ、オスカル・ロメロ人権賞を与えられた2人の若いボランティアが、国境の惨状を報告します。(12分)
 2006年のメーデーに大きな盛り上がりを見せた移民の権利要求運動ですが、150万人もの参加者が要求したのは、1986年の移民法改正時に行ったような「恩赦」による、無届の移民の即時合法化でした。でも議員たちの多くは、二大政党のいずれも「恩赦」には冷淡です。それに代わるものとして超党派で提案されているのがゲストワーカー制度ですが、どうやらこれは「外国人一時労働者」という底辺労働層を固定化するものです。その背後には、NAFTAに代表される米州自由貿易体制による構造的な貧困と移民流出、そのような人の流れに目をつけた大資本による、人の移動そのものの搾取という思惑が働いているようです。(10分)