チュニジア

コロンビア大学で中東現代史を教えるラシード・ハーリーディ教授が、エジプトとチュニジアの民衆蜂起が中東全体に与える影響について語ります。ハーリーディは2010年秋、米コロンビア大学が毎年開催しているエドワード・サイード記念レクチャー・シリーズで行なった講演で、「米国の中東政策を決定する政治プロセスがもたらす結果についての短期的な見通しは深い悲観論であり、パレスチナ・イスラエルの状況についても同様だ」と述べました。その数カ月後、エジプト蜂起がそれを変えることとなりました。アラブ諸国の中心的存在エジプトの既存体制が揺らぎ始めたからです。(13分)
ミシガン大学歴史学教授のフアン・コールは、チュニジア革命を1979年のイラン革命と比較し、「チュニジアで先頭に立っているのは労組やネット活動家です。世俗的な大衆蜂起です。米国の主要メディアはチュニジアを無視しました。しかし優れた情報がツィッターやフェイスブックで得られました」と言います。米国のメディアがチュニジア蜂起を無視した理由として「これは労働運動であり、米国の商業メディアは労働運動には神経質なのです」と言います。(9分)
チュニジアは紀元前にはカルタゴと呼ばれ、地中海貿易で栄えました。16世紀にオスマン帝国の属州となった後、19世紀にはフランスの保護領となり、1956年にフランスから独立しました。独立後ブルギバ大統領の政権が30年間続き、1987年以降、ベン・アリ大統領の独裁が続いていました。そのベン・アリ大統領の長期政権を崩壊させたのはクーデターではなく民衆のデモでした。(8分)