アラブ世界の「民主化」を本当は望まない米国とNATO

米国のメディア監視団体FAIR(Fairness and Accuracy in Reporting)は大手メディアを25年にわたって監視し、少数者や反体制派の意見を排除しようとする報道に批判を加えてきました。ノーム・チョムスキーが25周年イベントに招かれ、アラブの春に対する欧米政府の反応、主要メディアの報道について話しました。

殺人と汚職をめぐるムバラク裁判に沸くエジプト

民衆革命から半年、エジプトでは長期にわたる独裁政権を敷いてきたムバラク元大統領の公判が開かれました。カイロ郊外の警察学校に置かれた法廷に、入院先から担架で運びこまれた元大統領は、二人の息子とともに、在職中の汚職や革命中の市民虐殺などの罪状で裁かれます。初公判が開かれた8月3日には大勢の群集が敷地を取り囲み、スクリーンに映し出される法廷の様子を固唾を呑んで見守りました。「今後何が起ころうと、今日はエジプト革命の決定的な瞬間です」と、昨年来カイロに居を移した元デモクラシー・ナウ!のプロデューサー、シャリーフ・アブドゥル=クドゥースは言います。(8分)

アラブ人作家2人の共同インタビュー アラブの春とイスラエル=パレスチナ

ジャーナリストで作家のルーラ・ジブリールと、エジプトの著名ブロガーのイサンドル・アル・アムラニが、アラブの春とパレスチナについて話します。エジプトの民衆蜂起のさなかに行われたこともあり、アラブの春への二人の期待が伝わるインタビューとなっています。(21分)

ジュリアン・アサンジとスラボイ・ジジェクの対談 Part 2 新マッカーシズムの台頭、コミュニケーションの権利、アラブの春へのウィキリークスの影響、クレジット会社提訴など

2010年12月ロンドンの監獄からは保釈されたものの、以来ずっとノーフォークの邸宅に軟禁状態に置かれてきたジュリアン・アサンジが、スウェーデンへの身柄引き渡しに抗告する上訴審を間近に控えた7月2日、初めて公開の場に姿を見せました。スラヴォイ・ジジェクと長時間の対談を行い、司会はエイミー・グッドマンという、たいへんに珍しいイベントです。会場を提供したフロントライン・クラブは、最前線で命を落とした戦争ジャーナリストを記念して設立された団体です。二時間に及ぶ興味深い対話を2回に分けてお送りします。(55分)

セイモア・ハーシュ 「アラブの春」と湾岸諸国、サウジアラビア、米国

米国政府はありもしない核兵器開発疑惑を煽り立ててイランを叩こうと一生懸命ですが、アラブ世界の各地に民衆蜂起が吹き荒れる中、むしろ注意すべきはサウジアラビアだとシーモア・ハーシュは言います。この専制的な神権国家は、アラブの春に対して心底怯え、反革命に走っているのだと。例えば隣国のバーレーンはペルシャ湾岸の小さな島国ですが、ここではスンニ派の政府が住民の多数を占めるシーア派にひどい弾圧を加えていますが、同じようにシーア派住民を弾圧しているサウジはバーレーン政府の弾圧を支援しており、バーレーンに第五艦隊の基地をおく米国も弾圧は見てみぬふりです。(17分)

フアン・コール エジプトの指導者は軍が決める

ホスニ・ムバラク大統領が去った後、エジプトの実権を握ったのは軍でした。軍政の強固な支配をつきくずすことができるかどうか、エジプトの民衆革命は正念場を迎えています。ムバラク退陣を求める大規模な抗議運動が全土に広がりつつあった頃、ミシガン大学の歴史学教授フアン・コール氏にエジプト情勢の背景について聞きました。(12分)

ゆらぐ米国中心の中東地域体制 ラシード・ハーリーディ

コロンビア大学で中東現代史を教えるラシード・ハーリーディ教授が、エジプトとチュニジアの民衆蜂起が中東全体に与える影響について語ります。ハーリーディは2010年秋、米コロンビア大学が毎年開催しているエドワード・サイード記念レクチャー・シリーズで行なった講演で、「米国の中東政策を決定する政治プロセスがもたらす結果についての短期的な見通しは深い悲観論であり、パレスチナ・イスラエルの状況についても同様だ」と述べました。その数カ月後、エジプト蜂起がそれを変えることとなりました。アラブ諸国の中心的存在エジプトの既存体制が揺らぎ始めたからです。(13分)

「ウォール街を占拠」2週目に突入 非暴力デモで80人逮捕

とうとうウォール街にも「アラブの春」が飛び火。「ウォール街を占拠せよ」キャンペーンが始まって10日目の現場ルポです。9月17日以降、金融機関が集中するウォール街に数千人の若者が集まり、人間より利益を優先する拝金主義に抗議しています。24日土曜日には、デモ参加者80人以上が逮捕されました。現場にいた人々の証言では、非暴力のデモ参加者に対してNY市警がトウガラシスプレーを使ったり、髪をつかんで地面を引きずりまわしたりの暴行を働きました。「私たちを守るはずの警察が彼らを守っています。こんな不正に抗議しているのです」とデモ参加者の一人は言います。(6分)

公共支出の大幅削減にロンドンで50万人が抗議デモ

3月26日ロンドンで50万人を超えるデモ行進が行われ、戦後最大となる公共支出の削減に抗議しました。英国では昨年5月に13年ぶりの政権交代で保守党と自由民主党の連立政権が成立しました。新政権がまっ先に掲げた重要課題は、GNP比で1割以上に達した財政赤字への取り組みでした。そのために政府が打ち出した大胆な緊縮政策は、医療も教育も社会福祉もあらゆる公共サービスを縮小し、30万に及ぶ公共部門の雇用をカットするというものでした。デモの引き金となったのは、このような計画を進める一方で、法人税の減税試算が示されたことでした。問題は緊縮財政だけではなく、負担の不公平と極端な富の集中です。中流階級から下の人々には社会福祉の削減と増税が重くのしかかりますが、企業や投資家は税負担を軽減されるのです。大金持ちは税金を払っておらず、金融危機を引き起こして財政危機の原因を作った人々がますます富を溜め込む仕組みになっています。

ナワル・エル・サーダウィ「私たちの希望は日に日に大きくなる」

長年女性の権利を訴えてきたナワル・エル・サーダウィがムバラク政権崩壊を熱く語ります。サーダウィは1931年、エジプトの小さな農村で生まれました。カイロ大学医学部を卒業、故郷の村で医者として働いた後、エジプト保健省に勤務。女性の権利を訴え体制批判を続けたため、保健省を解雇され、サダト政権下では政治犯として1981年に3カ月間投獄されました。発行していた雑誌や著作が発禁処分になるなどさまざまな抑圧を受けながらも生涯、フェミニスト、人権活動家として第一線にいます。

【Express】ムバラク後:民主化のゆくえは

ムバラク大統領辞任後、エジプトは軍部の暫定統治に入りました。エジプト軍は国民の要求に応える形で憲法の停止、議会の解散などを国営テレビで発表しました。ムバラク後の民主化運動をどう進めるべきなのか、デモ参加者の間でも意見が分かれています。 デモクラシー・ナウ!やアルジャジーラが放送しつづけたタハリール広場の人々は、独裁下でこれまでなかなか顔の見えてこなかった一般市民です。米国に支援されたアラブ諸国の独裁体制が崩れれば、中東和平にも大きく影響するでしょう。一般民衆の力でムバラク政権は崩壊しましたが、憲法がどう改正されるのか、民主的な選挙が行なわれるのか、軍部から国民へ本当に権力が移るのかが注目されます。

【Express】「夢が実現した」ムバラク辞任を祝うエジプト国民

デモクラシー・ナウ!の特派員アンジャリ・カマトが、ムバラク大統領辞任のニュースを聞いた後のエジプト・タハリール広場の人々にインタビューしました。市民たちの喜びが生き生きと伝わってきます。ムバラク大統領は辞任したものの、民政移行にはまだ多くの課題が残っています。デモ参加者たちは、30年間続いている非常事態法の解除や憲法改正あるいは新憲法の制定も求めています。軍最高評議会が暫定統治するなか、エジプト国民の要求はどこまで実現するでしょうか。

【Express】シャリフ・アブドゥル・ク ドゥースのエジプト報告第一弾

デモクラシー・ナウ!のシニアプロデューサー、カイロ出身のシャリフ・アブドゥル・クドゥースのエジプト報告第一弾です。ある市民は、治安部隊を撃退した様子をこう語りました。「催涙ガスにやられた市民が出ると、他の市民がすぐ来て警察を食い止めた。その彼らがやられると、そのまた次が後をひきうけた。市民はお互いから勇気をもらっていた」。この勝利で得た自信が、とどまることを知らない市民の抵抗のうねりを作ったようです。

【Express】エジプト蜂起の火付け役アスマ・マフフーズのYouTubeビデオ

26歳のエジプト人活動家、アスマ・マフフーズは2011年1月18日、1月25日にタハリール広場に集まって、ホスニ・ムバラクの“腐敗した政府”に抗議するよう人々に求めるビデオをインターネット上に投稿しました。彼女の感動的な呼びかけは、最終的にエジプトの蜂起を奮い立たせることになりました。
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