チョムスキー「ダーショウィッツはフィンケルスタインへの“聖戦”を始めた」

21分
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放送日: 
2007/4/17(火)

 米国を代表する反体制派知識人チョムスキーとハワード・ジンへのインタビュー第2弾。テーマは大学における言論統制です。

 ノーム・チョムスキーは、政治学者ノーマン・フィンケルスタインの終身在職権(テニュア)をめぐるデポール大学の騒動の背後には、ハーバード大学法学部教授アラン・ダーショウィッツの働きかけがあったと指摘します。

 フィンケルスタインを目の敵にするダーショウィッツは、ドポール大学の教員に手紙を書き、フィンケルスタインのテニュア獲得に反対するよう中傷キャンペーンを張ったそうです。他大学の人事に口を出すという常軌を逸した彼の行動の背後には、フィンケルスタインが新著『イスラエル擁護論批判』で、ダーショウィッツの著作は歴史の捏造であるとして、徹底的に反証したことへの恨みがあったようです。『イスラエル擁護論批判』の出版を指し止めようと、ダーショウィッツは版元のカリフォルニア大学に訴訟の脅しをかけたり、州知事に助けを求めたりしましたが、とうとう本は出版されてしまい、今度は本人に対する攻撃に切り替えた。ここまで嫌われるのも、裏を返せばフィンケルスタインの論証が非常に見事で、完膚なきまでにイスラエル擁護論を打ち砕いたということでしょう。

 ダーショウィッツという人物は、大学キャンパスでイスラエルを批判する言論を封殺するのを生きがいにしているような人で、最近では「イスラエル・ロビー」を書いたジョン・ミアシャイマーやスティーヴン・ウォルトにも噛みついているようです。当然ながらチョムスキーとも長年にわたる確執があったようで、この番組ではその端著がイスラエル人権協会の会長だった故イスラエル・シャハクの訪米に関係していたことが語られています。シャハク教授もフィンケルスタイン同様、イスラエルの欺瞞に対して徹底した批判を行ない、そのために発言の場を狭められた人物でした。チョムスキー、シャハク、フィンケルスタインと、一本の流れが通っているのだと感じさせられました。

 後半は、ハワード・ジンの登場です。彼も学園の中で主義を通し、その結果として学者としてのキャリアを危うくしたことがあります。ここでは彼が、ヘンリー・デイビッド・ソローによる「市民的不服従」のすすめを紹介するくだりが、なかなか感慨深いです。「国民が忠誠を拒絶し、役人が職務を辞したとき、革命は達成される」 (中野)

ゲスト

*ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky) マサチューセッツ工科大学(MIT)言語学名誉教授。言語学者としては1950年代に生成文法の提唱で言語学に革命をもたらしたことで有名だが、60年代にベトナム戦争に反対して政治活動に乗り出し、社会思想家、政治活動家としても合衆国の左派を代表する人物の一人となった。関連と米外交政策関連の著作ともに膨大な数に達する。メディアに関してもエドワード・ハーマンとの共著があり、その思想と生涯がカナダの記録映画「ノーム・チョムスキーとメディア」に詳細に描かれている。

*ハワード・ジン(Howard Zinn) ボストン大学名誉教授。アメリカで最も読まれている歴史学者。彼の古典的名著『民衆のアメリカ史』は150万部を売り、アメリカの歴史教育を変えたといわれる。

字幕翻訳:川上奈緒子
全体監修:中野真紀子 高田絵里

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