9.11のTVニュース・アーカイブ: 3000時間分の映像がオンラインで

テレビ報道は私たちの現実認識に大きく影響し、集団的記憶として刻み込まれます。でも、そうしたメカニズムは十分に解明されてきたとはいえません。実際に過去のTVニュースを参照して比較検証するためのツールがなかったからです。米国テレビ報道は私たちの現実認識に大きく影響し、集団的記憶として刻み込まれます。でも、そうしたメカニズムは十分に解明されてきたとはいえません。実際に過去のTVニュースを参照して比較検証するためのツールがなかったからです。米国では9.11同時多発テロから10年目に、インターネット・アーカイブ事業の先駆者2人が野心的なプロジェクトを立ち上げました。『9/11理解 テレビ報道アーカイブ』(Understanding 9/11: A Television News Archive)は、2001年の9月11日から15日まで放送された米国内外20局の延べ3000時間にわたるニュース映像を集め、さまざまな角度から検証できるように重層的にカタログ化して、インターネットで公開されています。(12分)

英国のウォーターゲート「マードック盗聴スキャンダル」

ルパート・マードックのメディア帝国に逆らえば当選できないと悟った始めての英国首相は、マーガレット・サッチャーだったと言われます。遠路はるばるオーストラリアまでご挨拶に出向き、マードック氏の新聞サン紙を手にチェシャ猫のような笑顔で写真に収まったトニー・ブレア、おそらくやばいことになるとわかってはいながら、盗聴や賄賂による取材にまみれたマードック帝国の元編集幹部を広報担当者として雇わざるをえなかったキャメロン。マードック盗聴スキャンダル暴露の渦中にリリースされた、このウェブエクスクルーシブ・セグメントの中で、ゲストでアルジャジーラのメディアウォッチ番組「リスニングポスト」の司会者、リチャード・ギズバードは、マードック帝国に戦々恐々とする歴代の首相の姿を語っています。(34分)

盗聴スキャンダルに揺れるマードック帝国 地道な調査報道の成果

2011年7月に英国を揺るがしたマードック帝国スキャンダル事件。だが、この事件が国をあげての調査と告発の対象になるまでには、3年間にわたる事件記者の地道な調査活動が必要だった。書かれた記事は、75本。英ガーディアン紙で仕事するニック・デイビス記者の快挙だった。(19分)

すべての人のためのニュース:米国メディアと人種の相関

デモクラシーナウの共同司会者フアン・ゴンザレスが、数年間にわたる調査を経てメディアに関する画期的な新著を共著で刊行しました。News For All the People: The Epic Story of Race and the American Media(『すべての人々のためのニュース 人種と米国メディアのかかわりについての壮大な歴史物語』)は、米国における人種偏見の持続にメディアが中心的な役割を果たしてきたことを検証します。 白人所有のメディアにはびこる悪質な人種差別に挑戦した黒人、ラティーノ、アメリカ先住民、アジア系アメリカ 人など非白人の先駆的なジャーナリストたちの生涯という、これまでほとんど語られることのなかった歴史を掘り起こします。(44分)

ジョン・ピルジャー「大メディアの役割は人々の目をふさぐことだ」

アフガニスタン駐留軍を率いるスタンリー・マクリスタル司令官が、ローリング・ストーン誌に掲載された記事がもとでオバマ大統領に解任されました。側近たちと一緒になって大統領や政府要人らを笑いものにしたことが暴露されたからです。マスコミは現地司令官たちをかばい、記事を書いたマイケル・へイスティングス記者に激しい批判を浴びせました。「お国に尽くす軍人」が酒の席で口走った失言を暴き立てて、ジャーナリズムの"基本"を破り信頼関係をぶちこわしたと、袋叩きの様相です。しかしジョン・ピルジャーは、ヘイスティングス記者は本来ジャーナリストがやるべき仕事をしただけだと言います。(20分)

米国ジャーナリズムの起死回生

独占構造で守られた日本の大手新聞とは違い、米国の新聞業界はビジネスモデルが破綻して退潮が著しく、廃刊や事業縮小が相次ぎ絶滅の道をまっしぐらです。2009年度には142紙が廃刊し、報道編集部の大幅縮小で出版・新聞業界で推定9万人が失職しました。こうした新聞業界の惨状を踏まえ、メディア改革運動の2人の旗手が新著『米国ジャーナリズムの起死回生-世界を再生するメディア革命』で、公益事業としてのジャーナリズムを公的な助成によって救えと提唱しています。とかく保護主義には手厳しい米国ですし、しかもメディアへの助成となると政府の干渉も心配です。でも歴史をひも解けば、南北戦争のころまでは報道出版事業の育成に手厚い保護が与えられ、教育や軍隊に匹敵するほどの予算が振り向けられていたのだそうです。どうしてこの歴史が忘れ去られたのか?(16分)

女性メディア基金 2009年の生涯功労賞をアミラ・ハスに

アミラ・ハスはイスラエルの日刊紙「ハアレツ」のコラムニストです。イスラエル人ジャーナリストでは唯一、ガザや西岸地区に住み込んで占領の実態を報道してきました。その功績をたたえて、国際女性メディア基金が2009年度の生涯功労賞を彼女に贈りました。ハスの受章スピーチを録画で聞いたあと、スタジオで話を聞きます。(27分)

アメリカの急進派 I・F・ストーンの生涯とその時代

「急進派ジャーナリスト」を自称したI・F・ストーンは、20世紀アメリカを代表する調査報道ジャーナリストでした。学問的ともいえるような緻密で徹底した調査手法でスキャンダルを鋭く暴く独特のスタイルによって、アメリカの報道界に大きな影響を残しました。60年にわたる活動期間を通じて取り上げた問題は、ニューディール政策から、第2次世界大戦、マッカーシズム、冷戦世界大戦、イスラエル=パレスチナ問題、公民権運動、ベトナム戦争と多岐にわたります。 有名な自費出版の個人ジャーナル『週刊I・F・ストーン』を始めることになったきっかけは、マッカーシー時代の言論統制の中で、公的医療保険の導入を阻む医療業界のボスを果敢に批判したためマスコミを追放されたからでした。(50分)

アメリカの急進派 I・F・ストーンの生涯とその時代

「急進派ジャーナリスト」を自称したI・F・ストーンは、20世紀アメリカを代表する調査報道ジャーナリストでした。学問的ともいえるような緻密で徹底した調査手法でスキャンダルを鋭く暴く独特のスタイルによって、アメリカの報道界に大きな影響を残しました。60年にわたる活動期間を通じて取り上げた問題は、ニューディール政策から、第2次世界大戦、マッカーシズム、冷戦世界大戦、イスラエル=パレスチナ問題、公民権運動、ベトナム戦争と多岐にわたります。 有名な自費出版の個人ジャーナル『週刊I・F・ストーン』を始めることになったきっかけは、マッカーシー時代の言論統制の中で、公的医療保険の導入を阻む医療業界のボスを果敢に批判したためマスコミを追放されたからでした。(50分)

「利益至上主義が新聞を殺した」非営利ジャーナリズムの提案

ネットによる情報配信は民主的であり、無料で情報にアクセスできるのは素晴らしいのですが、ブログの情報には実際の取材によるものはほとんどなく、たいていは他所の情報の寄せ集めです。一次情報を提供するコストを無視すればやがては取材をする者はいなくなり、信頼できる情報がなくなり、最終的には社会全体が損失をこうむります。しかし米国の新聞の凋落が始まったのは、じつはネットやデジタル技術が台頭するずっと前でした。(10分)

ロッキーマウンテン・ニューズ紙が廃刊に

新聞業界は大手新聞の休刊や売却が相次ぐ米国の新聞業界で、2月末には米デンバーに本社を構える老舗ロッキーマウンテン・ニューズ紙が2月27日付けの発行をもって廃刊となりました。親会社であるE.W.スクリップス社が、売却先が見つからなかったため、創刊150周年を2カ月先に控える同紙の廃刊を決定したのです。(4分)

ブログによる革命 各国のオンライン・ジャーナリスト弾圧

世界各地のジャーナリスト弾圧の実態を調査した「ジャーナリスト保護委員会」(Committee to Protect Journalists)によれば、様々なメディアの中でもインターネットを使って報道しているジャーナリストの投獄件数が、現在もっとも多いのだそうです。2008年に初めて新聞を抜き、トップに躍り出ました。これらの国々では、政府によるメディア統制が厳しいので、ブログがさまざまな意見を伝える場となっています。弾圧を受けるということは、それだけ旺盛なネット社会が存在していることでもあります。(5分)

ホワイトハウスのベテラン記者へレン・トーマスが語るブッシュ政権

ブッシュ大統領の最後の記者会見は、ホワイトハウス担当記者団との和気あいあいの雰囲気のなかで終了しました。質問の機会を与えられなかった最古参のヘレン・トーマス記者が切り込んでいれば、そんな馴れ合い的な雰囲気では収まらなかったかもしれません。ケネディ以降の9人の大統領すべてに質問してきた「報道界のファーストレディ」による鋭い質問を敬遠して、ジョージ・W・ブッシュは歴代大統領の慣行を破って長いあいだ彼女に質問の機会を与えませんでした。不遇の時期が続きましたが、いま去り行くのは大統領の方で、報道業界のファーストレディは健在です。さっそくオバマ新大統領にも、「中東の核保有国はどこか?」と鋭い質問をあびせました。(23分)

ビル・モイヤーズ メディア改革の必要を語る

2008年6月ミネソタ州ミネアポリスで第4回メディア改革全国大が開催され、米国各地から3500人以上の人々が集まりました。主催はメディア改革推進団体のフリープレスです。無数のパネルディスカッションやワークショップが行われ、メディア統合が進む現状にどのように対抗し、放送用周波帯使用の民主化を実現するための方策を練りました。放送界の巨星ビル・モイヤーズが行なった、感動的な基調講演をお送りします。(41分)

大統領候補者討論会に議論がない理由

米国大統領選挙のクライマックスは、主要候補者が公開の場で意見を戦わす公開討論会です。その歴史は案外新しく、一般向けに公開放送されるようになったのは1960年のケネディ対ニクソンの対決からです。しかし討論に参加するのはたいていの場合、民主党と共和党の候補であり、第3勢力の候補が招かれることはまれです。討論会に招かれるのは誰なのか、どのような話題が話されるのかを決めているのは、いったい誰なのでしょう?大統領候補の討論会をモニターする非営利団体「オープンディベート」のジョー ジ・ファラー氏に話を聞きます。2008年大統領選挙においては、民主党オバマ陣営と共和党マケイン陣営が密かに談合し、すべての公開討論の内容について細かな取り決めを行っていたと告発します。(13分)

ペンタゴンの御用「軍事専門家」 国防省のプロパガンダ策を検証

ニューヨークタイムズ紙は、米国防総省がイラク戦争開戦前、イラクを差し迫った脅威として描き出すために、いわゆる軍事アナリストとしてテレビ出演させる目的で75人以上の元米軍仕官を雇ったことを明らかにしました。国防総省は、ブッシュ政権の戦時演出に有利なニュース報道を生み出す宣伝攻勢のために、こうしたアナリストたちを使い続けていると同紙は報じています。元空軍大佐のサム・ガーディナーと、フェアネス・アンド・アキュレシー・イン・レポーティング(報道の公正と正確さを追求する会)のピーター・ハートから話を聞きます。(25分)

新聞に未来はあるか?人員削減、部数縮小、広告減少の負のスパイラル

リストラの嵐が吹き荒れる米国の新聞業界。何千人ものジャーナリストが職を失い、新聞社の株価は急落、発行部数も激減しています。10月末にはついに老舗の一流紙クリスチャン・サイエンス・モニターが、紙媒体を捨ててネット展開だけにすると宣言しました新聞というメディアは、ついに終わりを迎えるのでしょうか?新聞の未来をめぐるディスカッションをお聞きください。(30分)

「20世紀のメディア王」ルパート・マードック

2007年8月、ルパート・マードック率いるニューズ・コープ社が、米国でもっとも信頼されてきた大手新聞の一つ、ウォールストリート・ジャーナル紙を所有するダウジョーンズ社の買収に成功しました。この時点でニューズ・コープ社は世界中で176の新聞を所有したことになります。米国ではここ数年、マードックのような“メディア王”による報道機関の占有が進んでいます。報道の公正さと質の低下を危惧するジャーナリストたちは、利益追求を優先させる企業家によってメディアが売買される状況を深刻な危機であると声を上げています。(24分)

ジョン・ピルジャー「リベラルな報道機関によるプロパガンダと沈黙、民主主義の圧殺」

 オーストラリア出身の著名なドキュメンタリー作家、ベトナムや東チモールやなどで数々の真実を暴いてきたジョン・ピルジャーは、2007年8月にシカゴの社会主義会議で行った講演で、企業利益を代弁する商業メディアの支配にいつになく痛烈な批判を浴びせています。その論調は、N・チョムスキー&E・ハーマンのメディア論を髣髴とさせます。「リベラル・デモクラシーは、しだいに企業による独裁政治の一形式へと変容しつつある。この歴史的な大転換が進むとき、外見を繕い真実を隠蔽する道具としてメディアが機能するのを許してはならない。メディアそのものが、大衆的な関心を呼ぶ緊急の大問題として論争にさらされ、直接行動のまとになるべきだ。「大多数の人々が真実を知らされず、真実という観念を奪われたなら、その時には"言葉のバスティーユ監獄"が襲撃される、と米独立革命の思想家トマス・ペインは警告しました。その時は、今です」(46分)

ペンタゴン・ペーパーズ(ベトナム機密文書)を世に出した3人の男たち 3:ロバート・ウェスト

「ペンタゴン・ペーパーズ」とは、ベトナム戦争に関してアメリカ政府がどのように政策決定を行ってきたかを第二次大戦直後からの歴史をたどって分析した国防総省の7000ページにわたるベトナム機密文書の俗称です。そこには米国政府が不拡大を約束しながら、じつはトンキン湾事件をでっちあげて直接介入を始め、北ベトナムだけでなくラオスやカンボジアも爆撃して故意に戦線を拡大したことなど、歴代の政権が国民を欺いて"泥沼"の戦争に引きずり込んでいった経緯が如実に記されています。この最高機密文書の一部を、1971年6月13日ニューヨーク・タイムズ紙がスクープしました。 (15分)

ペンタゴン・ペーパーズ(ベトナム機密文書)を世に出した3人の男たち 2:マイク・グラベル

「ペンタゴン・ペーパーズ」とは、ベトナム戦争に関してアメリカ政府がどのように政策決定を行ってきたかを第二次大戦直後からの歴史をたどって分析した国防総省の7000ページにわたるベトナム機密文書の俗称です。そこには米国政府が不拡大を約束しながら、じつはトンキン湾事件をでっちあげて直接介入を始め、北ベトナムだけでなくラオスやカンボジアも爆撃して故意に戦線を拡大したことなど、歴代の政権が国民を欺いて"泥沼"の戦争に引きずり込んでいった経緯が如実に記されています。この最高機密文書の一部を、1971年6月13日ニューヨーク・タイムズ紙がスクープしました。 (19分)

ペンタゴン・ペーパーズ(ベトナム機密文書)を世に出した3人の男たち 1:ダニエル・エルズバーグ

「ペンタゴン・ペーパーズ」とは、ベトナム戦争に関してアメリカ政府がどのように政策決定を行ってきたかを第二次大戦直後からの歴史をたどって分析した国防総省の7000ページにわたるベトナム機密文書の俗称です。そこには米国政府が不拡大を約束しながら、じつはトンキン湾事件をでっちあげて直接介入を始め、北ベトナムだけでなくラオスやカンボジアも爆撃して故意に戦線を拡大したことなど、歴代の政権が国民を欺いて"泥沼"の戦争に引きずり込んでいった経緯が如実に記されています。この最高機密文書の一部を、1971年6月13日ニューヨーク・タイムズ紙がスクープしました。 (17分)
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