ロバート・F・ケネディ暗殺から40年

45分
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放送日: 
2008/6/5(木)

1968年6月5日、公民権運動指導者のキング牧師暗殺から約2カ月後、ロバート・F・ケネディ上院議員が暗殺されました。カリフォルニア州の大統領候補予備選に勝利して、民主党の候補指名への道を固めた直後の悲劇でした。死去から40周年を記念し、ロバート・ケネディ暗殺の謎に迫る記録映画『RFK死すべし-ボビー・ケネディ暗殺』(RFK Must Die: The Assassination Bobby Kennedy シェーン・オサリバンShane O’Sullivan 監督)を紹介し、ケネディと縁のあった3人のゲストにお話を伺います。

政治家としてのロバート・ケネディの経歴は矛盾に満ちたものでした。若き弁護士時代にはジョー・マッカーシー(Joe McCarthy)上院議員による赤狩りに協力、兄のジョン・F・ケネディ大統領時代には司法長官としてベトナム戦争への本格介入を推進し、キューバのカストロ政権転覆を画策。FBIにキング牧師を盗聴する許可を出したのもロバート・ケネディでした。しかし晩年はリベラル派の大統領候補として、ベトナム戦争に距離を置き、反戦派・人権派としての評価を得ました。

最初のゲストはベテランジャーナリストのジョン・ピルジャー氏。取材中で暗殺現場に居合せ、目撃者となったピルジャー氏は、ケネディを日和見主義者として批判的に語ります。ケネディの「反戦」の立場は、ニューハンプシャー州予備選でジョンソン大統領を急追して再選断念に追い込んだ、反戦候補ユージン・マッカーシー(Eugene McCarthy)上院議員が作った機運に乗っただけだとするピルジャー氏は、ケネディと現在のオバマ候補を重ね、両者に通ずる政策のあいまいさを批判します。また「暗殺犯は複数いた」とするピルジャー氏の回想に加え、映画『RFK死すべし』から、単独実行犯とされる終身囚サーハン・サーハンの弟のインタビューを紹介します。

2人目のゲストでマサチューセッツ州エマソン大のデビッド・エンブリッジ教授は、学生だった1966年に聴いたケネディの講演テープを保管していました。この講演でケネディは、米国の好戦的な外交戦略を当然の与件とし、ベトナム戦争の継続とさらなる戦力投入を熱烈に主張しており、2年後の「反戦」の立場との違いが際立っています。自身も良心的兵役忌避者として反戦運動に携ったエンブリッジ教授は、ケネディの政治意識を、当時の学生多数と比べて遅れたものだったと批判しつつ、その後のケネディの政策転換を肯定的に評価します。

3人目のゲスト、ドロレス・ウエルタ氏はシーザー・チャベスと共に全米農業労働者組合を結成した活動家です。貧しい労働者への支援を惜しまず、黒人やヒスパニックなど米国の少数派に寄り添った、誠実な政治家としてのロバート・ケネディの思い出を温かく語ります。(斉木)

ゲスト

*ジョン・ピルジャー(John Pilger) 英国のジャーナリスト。ロバート・F・ケネディ 暗殺の晩に現場に居合わせた。当時ピルジャーは全国を遊説するケネディの選挙運動を追いかけていた。ピルジャーは、ロバート・ケネディに対し、司法長官時代についても、大統領候補としても、批判的に書いている。

*ロバート・F・ケネディ (Robert F. Kennedy) 1966年2月14日にニューヨーク州カントンのセントローレンス大学の学生に向けて行われたロバート・ケネディの未公開の演説を放送。当時進行中だったベトナム戦争についての立場を問われて、ケネディははっきりと戦争支持の答えをしている。

*デイビッド・エンブリッジ(David Emblidge) エマーソン・カレッジでライティング、文学、出版を教える准教授。ロバートFケネディが1966年2月14日にセントローレンス大学で行ったスピーチを録音しており、デモクラシー・ナウ!で放送するために提供してくれた。

*ドロレス・ウエルタ(Dolores Huerta) シーザー・チャベスとともに全米農場労働者組合(United Farm Workers Union)を共同設立した長年の同士 ロバート・F・ケネディは、農場労働者の主張をおおやけの場で代弁してくれる、農場労働者にとっては非常に重要な政治的協力者だった。暗殺前の最後の演説で、ケネディはウエルタがカリフォルニア予備選挙での勝利に貢献したことを述べていた。

字幕翻訳:佐藤真喜子/校正:斉木裕明
全体監修:中野真紀子/高田絵里

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