2013年、連邦政府はグランド・キャニオンから約10キロの地点でのウラン採掘を許可しました。既にナバホ(別称ディネ)民族の土地では1944年から1986年までの期間に390万トンのウラン鉱が掘り出され、現在では千カ所を超えるウラン廃坑と4つの閉鎖されたウラン製錬所がありますが、放射性廃棄物は適切に処理されず、多くが住民の生活圏に放置されています。ウラン採掘のために強制移住させられたナバホ民族は2万人を超えています。(17分)
2011年3月、東日本大震災が起こった直後に、米軍は被災地での災害救助・救援・および復興支援を目的とした援助活動を開始しました。一連の活動は「トモダチ作戦」と命名され、2万人を超える将兵に200機近い航空機、また24隻の艦艇が送り込まれました。それから3年後、作戦に参加して果敢に活動した海軍兵士や海兵隊員が、救援活動中の被ばくを理由に、東京電力を相手取って訴訟を起こしました。(29分)
著書『ファストフードが世界を食いつくす』で有名なエリック・シュローサー記者の新著<cite>Command and Control: Nuclear Weapons, the Damascus Accident, and the Illusion of Safety</cite>(『指揮と統制:核兵器、ダマスカス・アクシデント、そして安全幻想』)によると、米国はこれまで何度も、すんでのところで自国での核爆発事故を避けてきました。それどころか、考えられないような単純なミスが原因で、戦争勃発まで間一髪の状態になったことすらあるのです。(16分)
マイケル・シュナイダ―は、28年間エネルギー問題を追い続けている理由を「エネルギーの利用や生産が政治権力と結びついている」からだと説明します。もともとはドイツの反戦活動家で、良心的兵役拒否者だったと言います。社会奉仕活動を課せられた後、世界を渡り歩き、フランスに落ち着きます。しかし軍事問題への関心を持ち続けたシュナイダ―は、軍事用核と民生用核の問題に気づき、独自に調査を始めます。1992年以降、環境団体と協力して『世界の原子力産業現状報告』を発行、原発産業の動向を報告してきました。報告の中でシュナイダ―が一貫して指摘しているのは、原発産業は1980年代末にピークを迎えた斜陽産業だということです。しかし「原子力ルネサンス」は「安全神話」と共に世界中で喧伝されました。シュナイダ―は、「原子力ルネサンス」は権力構造を維持するための壮大な「誇大宣伝」であり「ペテン」だと言っています。効率的なエネルギー生産という名のもとに世界をだます「無用の長物」だと。半年後の2011年3月11日、日本でそれが証明されることとなりました。(17分)
3.11の福島原発事故は、核エネルギーを安全に使いこなせるという原子力「安全神話」をくつがえしました。原子力の平和利用という謳い文句の下、放射能への恐怖を軽んじたのは日本も米国も同じでした。あまりにも残虐な武器の使用を正当化するために、被爆者の惨状を隠そうとする動きは、終戦直後から始まりましたが、さらに冷戦下の核軍拡競争と原子力発電推進の中で、米国は原爆の全貌を国民の目から隠しました。ウソで固めた核の時代が始まったのです。(26分)
福島原子力発電所の事故は3カ月目を過ぎてようやく東京電力が原子炉3基で完全なメルトダウンがおきていたことを認め、最初の一週間で大気中に放出された放射性物質の推定量もいっきに2倍に訂正しました。政府や東電の情報隠しは犯罪的で、住民たちはやむなく自ら放射能の測定を始めています。事故は収束どころか悪化の一途で、現在は大量の使用済み燃料を抱える4号機の崩壊が心配されています。日本市民の反応、使用済み核燃料プールの危険性、原発推進をめぐる世界各国の思惑などについて、環境活動家アイリーン・スミス氏と米国の元エネルギー庁高官のロバート・アルバレス氏に聞きます。(29分)
東京電力の福島原子力発電所の壊滅的な事故に対し、広島市と広島市民は迅速にサポートに動きました。広島平和文化センターのスティーブン・リーパー氏が紹介します。リーパー氏は「原発ルネサンスの最期を目撃しているようだ」と語ります。
ナマケモノ倶楽部の世話人を務める辻信一(大岩圭之助)氏は、このインタビューで世界中の原発の停止を呼びかけました。また福島原子力発電所事故の背景には、民主主義の空洞化、企業と政府に巨大な権力が集中する社会構造があったことを指摘しています。今回の事故を教訓にし、自然と調和して生きるためのライフスタイルを模索することが大切だと言います。
福島第一原子力発電所の事故に関しては、被害の範囲をできるだけ小さく見せようとする報道がめだち、海外メディアの報道とは大きなずれを生じています。いちばん情報を持っているはずの政府と東京電力が発表することが信用されなくなれば、パニックがますます拡大します。責任問題は後日かならず追及されるべきですが、今はとにかく情報を隠さないでほしい。
環境に有害と見られてきた原発が、気候変動対策の選択肢として脚光を浴びています。オバマ政権は原子力発電所新設の助成に185億ドルの予算を組んでおり、2010年2月には合衆国では約30年ぶりになる80億ドルの債務保証を発表しました。合衆国では1979年にペンシルベニア州のスリーマイル島原発で2号炉が炉心溶融の大事故を起こし、これをきっかけに安全性に不安を抱く世論が高まり新規発電所の建設はストップしていたのです。2009年11月21日、このスリーマイル島原発で放射能漏れの事故が起こり、150人以上が退避する騒ぎとなりました。1970年代始めに建設された1号炉が、いまも稼働しているのです。しかし70年代の古い原発は設計耐用年数が40年程度であり、すでに寿命が尽きていると、ネイション誌のクリスチャン・パレンティ記者は言います。「でもゾンビは死なない、規制当局の怠慢のせいだ」。(9分)