歴史

今回は、米国史上最悪と言われる最高裁判決が下された「バック対ベル訴訟」を取り上げます。1927年、米国の連邦最高裁は、精神病または知的障害と言われている人々に対し、州が不妊手術を強制することを可能とするバージニア州の法律を支持する判決を下しました。この訴訟の原告は、何の障害も持っていないにもかかわらず州の隔離施設に収容されていた、キャリー・バックと言う若い女性でした。判決は、バージニア州はバックに不妊手術を施す権利があるとするもので、判決文を書いたオリバー・ウェンデル・ホームズ・ジュニア判事は、「知的障害が3代も続いたなら、もう十分だろう」と締めくくっています。この判決により、子孫を残すには「不適格」とされた6~7万人の米国人に強制的に不妊手術が行われました。この裁判について本を書いたアダム・コーエンに話を聞きます。(20分)
かつて米国に「強制収容所」が存在し、移住した日本人(一世)や、その子や孫の世代までが収容されていたことは、米国人のあいだで正しく認識されているのでしょうか?どうやらその答えは否、のようです。米国史の「恥」であるその事実はあまり語られる機会はありません。シリア人の定住拒否の正当化に在米日本人・日系米国人の強制収容を持ち出すバージニア州ロアノーク市の市長の発言のように、収容されたのは「在米日本人」すなわち日本国籍を保有する者だけであったという誤った発言も取り上げられています。
いよいよリオ五輪の開幕です。『悪魔と踊るブラジル』の著者デイブ・サイリンと『パワー・ゲーム オリンピックの政治史』の著者ジュールズ・ボイコフ氏をゲストに迎え、オリンピックの歴史にまつわる興味深い事実や変質について話します。近代オリンピックの父クーベルタンは「愛と平和と環境保護」という理念を掲げましたが、その一方で巧妙に仕組まれたショーであり、排除のゲームであるという側面も浮かび上がります。
デイビッド・タルボットに新著『悪魔のチェスボード:アレン・ダレス、CIAとアメリカの隠された政府の隆盛』について聞きます。後半のインタビューでは、アメリカ近代史最大の謎、ケネディ大統領暗殺にも踏み込んで触れています。アイゼンハワー大統領時代にCIA長官に任命されたアレン・ダレスは、ケネディ政権の下でもその地位にとどまり、若い大統領をないがしろにして暗殺や破壊工作を続け、次第に疎まれるようになりました。(17分)
1950-60年代、というと、遠い過去のことのように感じるでしょうか。しかし、この時代にCIA長官アレン・ダレスが行ったことは、現在のアメリカそして世界に暗く長い影を落としています。米国諜報機関による自国民や同盟国民の盗聴、監視活動、マインドコントロール、拷問、誘拐−これらのことは、911以降に始めたものだと私たちは捉えてしまいがちですが、実はダレス長官時代、1950-60年代にすでに政権転覆のために行われていました。デイビッド・タルボットに新著『悪魔のチェスボード:アレン・ダレス、CIAとアメリカの隠された政府の隆盛』について聞きます。(10分)
今でこそアメリカの知と良識の府として尊敬を集めているアイビーリーグの名門大学ですが、創立期から19世紀半ばにいたるまで、アメリカの負の歴史にどっぷりと関わっていました。MITの米国史教授のクレイグ・スティーブン・ワイルダーの上梓までに10年をかけた労作、Ebony & Ivy: Race, Slavery, and the Troubled History of America’s Universities. (『エボニーとアイビー:人種、奴隷制、そしてアメリカの大学の問題ある歴史』)は、ハーバード、イェール、プリンストンを初めとする東部名門校が、奴隷貿易で財をなした実業家たちの富を財源とし、北米大陸はもちろん、西印度諸島のプランテーションで大もうけした人々の子供たちを学生としてリクルートし、大学としての基盤を築いていった歴史を跡づけます。
フアン・ゴンザレスが著書Harvest of Empire: A History of Latinos in America(『帝国の収穫:米国のラティーノの歴史』)の全面改訂を記念し、米国のラティーノ系移民の歴史を語ります。ゴンザレスによると、2050年には米国に住む人の3人に1人がラティーノ系になると予想されています。1960年から2008年まで合法非合法合わせて4千万人を超える移民が米国に流入、その半数がラティーノ系だと言います。(15分)
ロサンゼルスで「寛容の博物館」を運営し、人種差別をなくすための啓蒙教育を行っているユダヤ系人権団体サイモン・ウィーゼンタール・センターは、日本では雑誌『マルコポーロ』の廃刊事件のおかげで、「ホロコースト否定論」や「ユダヤ陰謀説」に目を光らせて取り締まる圧力団体のイメージの方が強いかも知れません。この団体は今、エルサレムにも「寛容の博物館」を建てる計画を進めていますが、その予定地には十字軍の時代に遡るパレスチナのイスラム教徒の墓地(マミラ墓地)があります。何世代にもわたる歴史的な墓地をつぶして、いったいどうして「寛容」という名の博物館が建つのでしょう。この事件に象徴されるイスラエルによるパレスチナ人の存在の末梢と歴史の書き換えについて話を聞きます。(10分)
現在の状況と1930年代との比較から、フランクリン・デラノ・ルーズベルト 大統領のニューディール政策が再び注目されています。金融業の規制や思い切った公共事業投資による需要と雇用の創出に加え、公的な社会保障のプログラムを導入したことも画期的でした。社会保障政策の検討にあたりルーズベルト政権内で最も影響力のあった人物は、米国史上初の女性閣僚であるフランシス・パーキンス労働長官だったと論じる本が最近出版されました。著者のカーステイン・ダウニーは、パーキンスの精力的な働きの原点にあるのは、1911年ニューヨークの工場火災で150人の子供たちが犠牲になった悲惨な事件だったと言います。(19分)
アフガニスタンとイラクの戦争を契機に米軍では拘禁者に対する拷問が広く行われるようになり、国際的な問題になっています。米政府の立場は、このような尋問方法は拷問にあたらないというものですが、今年3月、民主党が多数を占める連邦議会は水責め禁止の法案を可決しました。しかしブッシュ大統領はこれに拒否権を行使し、民主党は法案の再可決に必要な3分の2の賛成を集めることができませんでした。また4月には、このような尋問方法をCIAが採用することを当時の安全保障担当の政府高官が合議の上で許可したことを、承知していたと大統領自身が認めて物議をかもしました。民主主義のチャンピオンを自負する米国で、政府高官が率先して拷問を推進するという事態は、どう理解したらよいのでしょうか?リード大学で政治学を教えるダライアス・レジャリ氏に拷問の歴史と民主主主義の関係について聞きました。(15分)