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第144号(2021.02.27)
『地球が燃えている』(2)(2019.09.17放送)
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グリーン・ニューディール(GND)の提言について。GNDは今や誰もが口にする流行語のようになりました。推進派も反対派も含めて、いろんな立場の人々がそれぞれのGNDを語っています。ではラインの主張するGNDはどんなものなのでしょうか? それは地球の危機に見合うような規模の大転換を迅速に行うアプローチです。ただし、単なるエネルギー転換とCO2の大削減だけではなく、それと並行して現在の社会経済全体のゆがみを是正し、より公正なものにする方策を同時に行います。そのためには賢明な政治リーダーに任せるだけではなく、グラスルーツの運動による強力なプッシュが必要です。それによって現行の経済システムで搾取され虐げられてきた地域や人々に対する賠償と回復の手助けをするものでなければいけません。(中野真紀子)
*ナオミ・クライン(Naomi Klein):ジャーナリスト、活動家、著述家。オンラインサイト『インターセプト』の上級特派員。ラトガーズ大学のメディア、文化、フェミニスト研究のグロリア・スタイナム基金教授。新著は『地球が燃えている~気候崩壊から人類を救うグリーン・ニューディールの提案』
第147号(2021.02.28)
『地球が燃えている』(4)(2019.09.17放送)
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パート(4)はエコファシズムです。極右白人至上主義の台頭は気候危機と関連しています。2019年3月15日、最初の世界的な学校ストが実施されたのと同じ日に、ニュージーランドのクライストチャーチで自称「エコ・ファシスト」の白人男性がモスクを襲撃し100人近くを殺傷しました。温暖化懐疑論は未曾有の自然災害の前に影が薄くなりましたが、今度は温暖化の事実を認識したうえで、それに対する防衛手段としての白人至上主義のテロが世界各地で台頭しているのです。彼らが恐れるのは、途上国に対する「気候債務」です。気候変動が事実なら、その原因を作った先進国は富を途上国に再分配しなければならないからです。だから災害で故郷を奪われた気候難民が激増することを見越して、国境から締め出し、自分たちの富を守ろうとしています。その根源にあるのは、自分たちだけが自然を無制限に搾取する権利を持つという考え、キリスト教の人間中心主義と植民地支配がつくりあげた、白人キリスト教徒が世界の頂点に君臨し、他の「劣った」人間たちは隷属させ、生き物も地球もすべて自分たちを養うために存在するという思想です。これを打破して、人類全体が運命共同体であると認め、力を合わせて危機に対処する方向に向かうことができるかどうかが、いま問われているとクラインは指摘します。(中野真紀子)
*ナオミ・クライン(Naomi Klein):ジャーナリスト、活動家、著述家。オンラインサイト『インターセプト』の上級特派員。ラトガーズ大学のメディア、文化、フェミニスト研究のグロリア・スタイナム基金教授。新著は『地球が燃えている~気候崩壊から人類を救うグリーン・ニューディールの提案』
第146号(2021.02.28)
『地球が燃えている』(3)(2019.09.17放送)
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パート3は、グレタ・トゥーンベリの特異な能力について。気候対策を求める運動に大きな弾みをつけた学校ストライキ「未来のための金曜日」を始めたスウェーデンの少女です。この運動は瞬く間に世界中の子供たちに広がり、2019年3月15日には世界130か国で160万人もが参加しました。自分たちの未来を消さないでほしいと訴える子供たちの声は、親たちの心に強く響きました。この運動をたった一人で始めたグレタには、ほかの子供たちにはない特別の才能が備わっていました。それは、自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)です。物事を白と黒にきっぱり分けて見てしまい社交的なかかわりは苦手となる独特な脳神経の働き方が、こと気候変動に関しては正しく危機をとらえる超能力となったのです。このことは逆に、なぜ普通の人々が理屈では理解していても危機感を抱いて行動することができないのかを示唆します。(中野真紀子)
*ナオミ・クライン(Naomi Klein):ジャーナリスト、活動家、著述家。オンラインサイト『インターセプト』の上級特派員。ラトガーズ大学のメディア、文化、フェミニスト研究のグロリア・スタイナム基金教授。新著は『地球が燃えている~気候崩壊から人類を救うグリーン・ニューディールの提案』
第145号(2021.02.27)
『地球が燃えている』(2)(2019.09.17放送)
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パート2は、グリーン・ニューディール(GND)の提言について。GNDは今や誰もが口にする流行語のようになりました。推進派も反対派も含めて、いろんな立場の人々がそれぞれのGNDを語っており、内容にはかなり違いがあります。クラインの主張するGNDはどんなものなのでしょうか? それは地球の危機に見合うような規模の大転換を迅速に行うアプローチです。ただし、単なるエネルギー転換とCO2の大削減だけではなく、それと並行して現在の社会経済全体のゆがみを是正し、より公正なものにする方策を同時に行います。そのためには賢明な政治リーダーに任せるだけではなく、グラスルーツの運動による強力なプッシュが必要です。それによって現行の経済システムで搾取され虐げられてきた地域や人々に対する賠償と回復の手助けをするものでなければいけません。(中野真紀子)
*ナオミ・クライン(Naomi Klein):ジャーナリスト、活動家、著述家。オンラインサイト『インターセプト』の上級特派員。ラトガーズ大学のメディア、文化、フェミニスト研究のグロリア・スタイナム基金教授。新著は『地球が燃えている~気候崩壊から人類を救うグリーン・ニューディールの提案』
第144号(2021.02.27)
『地球が燃えている』(1)(2019.09.17放送)
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オンラインサイト「インターセプト」で公開された、新著のプロモーション・ビデオです。新著の大きなテーマのひとつは、どうして私たちは気候危機をいつまでも直視できないのか? 焼却処分できないプラスチック・ストローに代えて環境に優しい紙製のストローの使用が広まっていますが、そんなのは欺瞞だと反発するトランプ陣営はロゴ入りストローを発表して大当たりをとりました。このトランプ・ストローが示唆するのは、有効な温暖化対策に踏み出すことを阻んでいるアメリカ人特有のメンタリティです。気候対策はやるつもりだけれど、それは現在のライフスタイルを変えないという条件付き。リベラル派の大統領候補も、こぞってチーズバーガーは死守するぞと表明します。その裏にあるのは、経済成長と消費拡大に限界があることを頑として認めない、建国以来の無限の成長神話です。
この放送の2019年9月の時点では、1年後の大統領選挙に向けて民主党では多彩な人々が立候補し、候補者討論会でしのぎを削っていましたが、オカシオ・コルテス議員ら進歩派が推すグリーン・ニューディール(GND)についての各候補の立場は、サンダースやウォーレンを除けばあいまいです。特に、党の中央執行部と彼らが一押しするジョー・バイデン候補はともにGNDに冷淡で、気候対策に的をしぼった候補者討論会の開催も拒んでいます。シングル・イシュー(単一の争点のみに的を絞る)の討論会は開けないというのが理由なのですが、気候危機は他の争点とは位相が違います。地球環境が安全に保たれていることは、すべての問題解決の前提なのですから。もはや、どんな個別の争点も、徹底した温暖化対策との組み合わせでしか成立しないのです。そんな状況で急いで出版された本書は、政治家にもっと危機感を持ってもらうため、みんなで力を合わせようという気合が感じられます。(中野真紀子)
*ナオミ・クライン(Naomi Klein):ジャーナリスト、活動家、著述家。オンラインサイト『インターセプト』の上級特派員。ラトガーズ大学のメディア、文化、フェミニスト研究のグロリア・スタイナム基金教授。新著は『地球が燃えている~気候崩壊から人類を救うグリーン・ニューディールの提案』
第143号(2020.10.02)
RBG 最強の85歳(2018.12.27放送)
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ルース・ベーダ―・ギンズバーグ最高裁判事はリベラル派のシンボルです。ラッパーの故ノートリアスB.I.G.(悪名高いビッグ)にちなんで、「ノートリアスR.B.G.」と呼ばれています。彼女が2018年末に入院したとき、過激な激励のツイートがあふれました。「RBGに私の肋骨をあげる。腎臓も肺もあげる。必要なら何でも。夫だって木曜なら貸すわ」。「私の肺をRBGにあげる。両方でもいいわ」。支持者がこんなに必死なのは、RGBが長生きすることが最高裁のバランス維持のため絶対に必要だと多くのリベラルが感じているからです。トランプ政権は就任当初から裁判所の右傾化をねらって、すごい勢いで保守派の裁判官を任命し続けています。総本山の最高裁の定数9人の判事のうち、すでに2人が保守派に置き換えられています。RBGの後任に保守派の判事が任命されれば、最高裁のバランスは決定的に変わってしまいます。
でもギンズバーグ判事に女性たちの熱烈な支持が集まるのは、彼女のこれまでの足跡が米国の女性の権利を法の下での平等(憲法修正第14条)にしっかり基礎づけた功績によるものです。その多くは、1993年にクリントン大統領によって最高裁判事に任命される前の弁護士時代、アメリカ自由人権協会(ACLU)に「女性の権利プロジェクト」を共同で立ち上げて、裁判で勝ち取ったものだと、ジュリー・コーエンは指摘します。1960年代の公民権運動に続き、女性の平等な権利も追求したRBGの地道な努力が、米国の女性にとっての世界を変えたのです。この重要な歴史が教科書からすっぽり抜け落ちていることが、彼女がベッツィ・ウエストと共同でドキュメンタリー映画『RBG 最強の85歳』を制作することにした動機なのだそうです。この2人の監督へのインタビューで、ギンズバーグ判事の人生や人柄、常にポジティブに物事を評価するアプローチなどが語られます。
女性たちの熱い思いもむなしく、ギンズバーグ判事は2020年9月18日すい臓がんのため帰らぬ人となりました。大統領選挙まで、あと2か月足らずです。亡くなる直前に判事が切望したのは、自分の後任が11月の選挙で選ばれた大統領によって指名されることでした。しかし、トランプ大統領は早々と保守派の女性判事を指名しています。司法が政治的な党派主義に乗っ取られるのを防ぐことは、果たしてできるのでしょうか?(中野真紀子)
*ジュリー・コーエン(Julie Cohen):ドキュメンタリー映画『RBG 最強の85歳』の共同監督・プロデューサー。映画は2018年サンダンス映画祭で初上映され内外のドキュメンタリー映画賞を多数受賞し、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門にもノミネートされた。
*ベッツィー・ウエスト(Betsy West ):同上
第142号(2020.6.20)
デュポンとの闘い-後半(2018.1.23放送)
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2020年4月10日、沖縄県の米軍普天間飛行場から有害な有機フッ素化合物PFOSを含む泡消火剤が基地の外に大量に漏れ、11日には宜野湾市の宇地泊川や付近の住宅街に風に乗って泡が広がる事件がありました。改めてフッ素化合物の危険性と行政の対処が問われる事態です。関連する2018年の動画の前半です。
2018年のサンダンス映画祭で初公開された記録映画『既知の悪魔』は、テフロン加工に使用される有機フッ素化合物C8(PFOS/PFOA)の有毒性と水質汚染の広がりを解明するため、製造元のデュポン社を相手取って住民が集団訴訟を起こし、被害を賠償させるとともに、国内での製造と使用の段階的終了を約束させたいきさつを描いています。
デュポンはPFOAの有毒性と広範な飲料水汚染を知りながらウエストバージニアの工場で長年にわたり製造と廃棄を続けていました。いまでは米国人の99%の血液の中に存在しており、そればかりか地球上のすべての生き物の体内に侵入しています。環境に放出されたC8は分解されることがなく、煙突の煙から雲の水滴として取り込まれ、世界中に汚染が広がっています。たとえ米国内での製造をやめても世界のどこかで製造すれば、汚染を免れることはできません。デュポンは2006年にPFOAの製造と使用を段階的に終了させると発表し、代賛物として、GenXという物質を2009年に導入しました。同じPFAS化合物でも毒性が少ないとされていますが、もちろん無害ではありません。製造のために自社のフッ素製品部門を分社化してケマーズという新会社を設立しました。この会社はオランダに製造工場を持っていますが、GenXの廃棄物をより規制の緩い他国に輸送して処分している疑いがあります。インターセプトの記事によれば、2017年ごろまではイタリアの会社に廃棄処分を委託していましたが、この会社は倒産し、現在は米国のノースカロライナ州に輸送している疑惑が浮上しています。欧州に比べて規制が緩いため、Uターンしてきた形です。これまで中国など第三世界の規制の緩い国々に汚染物をアウトソーシングしてきた米国が、いまはこのありさま。皮肉なものです。
ここで気になるのが日本の規制です。2019年4~5月に開催されたPOPs条約締約国会議(COP9)においてPFOA及び関連物質が製造使用の廃絶に取り組むべき物質に追加されたことを受け、日本でも規制強化への取り組みが始まりました。そんな中で、米軍基地のPFOS流出事件が起こりました。その量はドラム缶700本分以上にも上る模様で、事の重大さから米軍基地にはじめて日本側の立ち入り検査が行われましたが、米軍の情報開示は十分とは言えません。環境省は5月26日、河川や地下水などに含まれるPFOSとPFOAの合計で1リットル当たり50ナノグラムという指針値を発表しましたが、法的拘束力はありません。主要な汚染源が米軍基地となると、本当に規制できるのかどうか心配ですね。(中野真紀子)
*バッキー・ベイリー(Bucky Bailey):胎児のとき母親がウエストバージニア州のデュポンのテフロン製造工場で働いていた。深刻な身体欠損症を負って誕生し、30回以上の手術を繰り返しながら成長した。
*ジョー・カイガー(Joe Kiger):デュポン社を相手取った集団訴訟の原告代表を務めた。デュポンの工場のあるウエストバージニア州パーカースバーグの元教師で肝臓疾患を患う。
*ロブ・ビロット(Rob Bilott):デュポンとの訴訟を率いた弁護士
第141号(2020.6.20)
デュポンとの闘い-前半(2018.1.23放送)
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2020年4月10日、沖縄県の米軍普天間飛行場から有害な有機フッ素化合物PFOSを含む泡消火剤が基地の外に大量に漏れ、11日には宜野湾市の宇地泊川や付近の住宅街に風に乗って泡が広がる事件がありました。改めてフッ素化合物の危険性と行政の対処が問われる事態です。関連する2018年の動画の前半です。
2018年のサンダンス映画祭で初公開された記録映画『既知の悪魔』は、テフロン加工に使用される有機フッ素化合物C8(PFOS/PFOA)の有毒性と水質汚染の広がりを解明するため、製造元のデュポン社を相手取って住民が集団訴訟を起こし、被害を賠償させるとともに、国内での製造と使用の段階的終了を約束させたいきさつを描いています。
デュポンはPFOAの有毒性と広範な飲料水汚染を知りながらウエストバージニアの工場で長年にわたり製造と廃棄を続けていました。いまでは米国人の99%の血液の中に存在しており、そればかりか地球上のすべての生き物の体内に侵入しています。環境に放出されたC8は分解されることがなく、煙突の煙から雲の水滴として取り込まれ、世界中に汚染が広がっています。たとえ米国内での製造をやめても世界のどこかで製造すれば、汚染を免れることはできません。デュポンは2006年にPFOAの製造と使用を段階的に終了させると発表し、代賛物として、GenXという物質を2009年に導入しました。同じPFAS化合物でも毒性が少ないとされていますが、もちろん無害ではありません。製造のために自社のフッ素製品部門を分社化してケマーズという新会社を設立しました。この会社はオランダに製造工場を持っていますが、GenXの廃棄物をより規制の緩い他国に輸送して処分している疑いがあります。インターセプトの記事によれば、2017年ごろまではイタリアの会社に廃棄処分を委託していましたが、この会社は倒産し、現在は米国のノースカロライナ州に輸送している疑惑が浮上しています。欧州に比べて規制が緩いため、Uターンしてきた形です。これまで中国など第三世界の規制の緩い国々に汚染物をアウトソーシングしてきた米国が、いまはこのありさま。皮肉なものです。
ここで気になるのが日本の規制です。2019年4~5月に開催されたPOPs条約締約国会議(COP9)においてPFOA及び関連物質が製造使用の廃絶に取り組むべき物質に追加されたことを受け、日本でも規制強化への取り組みが始まりました。そんな中で、米軍基地のPFOS流出事件が起こりました。その量はドラム缶700本分以上にも上る模様で、事の重大さから米軍基地にはじめて日本側の立ち入り検査が行われましたが、米軍の情報開示は十分とは言えません。環境省は5月26日、河川や地下水などに含まれるPFOSとPFOAの合計で1リットル当たり50ナノグラムという指針値を発表しましたが、法的拘束力はありません。主要な汚染源が米軍基地となると、本当に規制できるのかどうか心配ですね。(中野真紀子)
*バッキー・ベイリー(Bucky Bailey):胎児のとき母親がウエストバージニア州のデュポンのテフロン製造工場で働いていた。深刻な身体欠損症を負って誕生し、30回以上の手術を繰り返しながら成長した。
*ジョー・カイガー(Joe Kiger):デュポン社を相手取った集団訴訟の原告代表を務めた。デュポンの工場のあるウエストバージニア州パーカースバーグの元教師で肝臓疾患を患う。
*ロブ・ビロット(Rob Bilott):デュポンとの訴訟を率いた弁護士
第140号(2020.4.10)
監視資本主義の時代(2019.3.1放送)
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フェイスブックの個人データが選挙結果に影響を与えるため利用されたケンブリッジアナリティカ社のスキャンダルで、巨大プラットフォーム企業が私たちのプライバシーを無断で盗み取っており、それをもとに複雑な演算処理を施して生成された個人の行動予測が商品として売られている実態が明るみに出ました。こうした行為はグーグルとフェイスブックが二大巨人ですが、いまやIT業界はおろか、それ以外の一般産業にも広く浸透しています。ショシャナ・ズボフこれを「監視資本主義」と名づけ、資本主義の新段階と位置づけています。人間の行動予測を売り買いする新たな「市場」が成立しており、そのために個人の日々の生活における行動や判断や価値観のすべてが原材料としてあますところなく収集されると彼女は指摘します。
恐ろしいことに、売買される人間の行動予測は客観的に集めたデータを分析した結果とはかぎりません。売り手が予想の的中確率を競いあう中で、確率を上げるための最も有効な手段は、狙った結果になるように個人の行動を「誘導」することだからです。そのために、潜在意識に働きかけるような合図を送り、一定の行動を取るように促します。こうした「行動修正」技術の脅威は、私たちを取り巻くすべての機器がデジタル環境でつながろうとする中で強大なものとなり、人間の自立性や意思決定、個人の主権を深刻に脅かしています。
ズボフによる重要な指摘の一つは、「プライバシーの消滅」はあくまで監視資本主義の経済論理の帰結であって、デジタル技術の宿命ではないということです。インターネットの便利さと引き換えに個人情報を差し出すというのは単なる経済論理の要求にすぎず、けっして不可避なことではないと認識することが重要です。インターネットが、人間を解放し、人々に力を与える手段というかつての理想の姿を取り戻すために、それを乗っ取った経済論理を引きはがす必要があります。(中野真紀子)
*ショシャナ・ズボフ(Shoshana Zuboff):ハーバード・ビジネススクール名誉教授、話題の新刊The Age of Surveillance Capitalism: The Fight for a Human Future at the New Frontier of Power(『監視資本主義の時代~~権力の新たなフロンティアにおける人類の未来のための闘い』)の著者
第139号(2020.3.30)
彼らが逃げて来た場所(2018.11.2放送)
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中米から米国をめざして移動してくる難民集団(キャラバン)の数はどんどん膨れ上がっています。これに対しトランプ政権は彼らの入国を断固阻止すべく国境に兵士を派遣すると脅しています。トランプ大統領は、キャラバンには犯罪者や中東テロリストが潜んでいるなどと根拠なく言い放ちますが、難民たちの多くは女性や子供です。彼らが逃れて来たのは、ホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラといった国々で、いずれも長年にわたる米国の内政干渉の結果として社会の崩壊、テロと極度の貧困が蔓延しています。米国の外交政策の犠牲者といえる哀れな難民たちをテロリスト呼ばわりするなんて、なんとも下劣なふるまいです。
でも長年、米国と中南米の関係を見て来たチョムスキーには、これも既視感のある光景のようです。親米政権の暴政と虐殺には目をつむり、米国の言うことを聞かない政権は極悪非道として描き出す、マスメディアを使った外交プロパガンダのお決まりのパターンなのです。(中野真紀子)
*ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky):言語学者、反体制派知識人。半世紀あまり教鞭を取ったマサチューセッツ工科大学(MIT)を離れ、現在はアリゾナ州立大学で教えている。
第138号(2020.2.10)
バンダナ・シバ(2)1%のマネーマシン(2019.2.22放送)
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種子法の改定や水道ガス事業民営化推進など、日本でもグローバル資本主義の脅威が実感されるようになってきました。こうした動きと闘いづづけてきた大先輩、インドの環境活動家バンダナ・シバの発言に、いまこそ耳を傾けましょう。新著の紹介にからめて、彼女が30年ほど前に創始したナブダーニャ(9つの種)運動やモンサントがインドで引き起こした惨状、進化したグローバル資本主義の現状などが語られます。後半は「1%」のマネーマシンについて。
新著『ワンネスと1%の対決』で、シバは株式や所有権について考察しています。今日の世界を牛耳る巨大企業はすべて、投資ファンドが過半数の株式を握っています。投資ファンドは大金持ちから資産を預かって運用する会社です。ゆ7う76最大手のブラックロックがリーマンショック後に急成長した会社であることが示すように、世界的な金融危機の後に急速に肥大化した金融バブルがグローバル企業の収益を増幅させ、各国の主権を踏みにじるほどの力を与えています。でも、もともとは特許権に寄生するレント(使用料)収集ビジネスであり、実際の生産はしない虚業です(シバはこれをマネーマシンと呼んでいます)。マイクロソフトやアマゾンはその究極形です。生身の人間の生活や地球環境を犠牲にしながら拡大するマネーマシンが、政治機構をコントロールしているため、気候変動にも大量の種の絶滅にも有効な手が打てず、わたしたちは急速に破滅に向かって進んでいるとシバは警告します。このような企業支配にとって代わる、オルターナティブなシステム(食糧民主主義)こそが人類を救うと彼女は言います。(中野真紀子)
*バンダナ・シバ(Vandana Shiva):インドの学者、環境活動家、食糧主権や種子の自由を唱道している。グローバル化の別のあり方についての著書多数。最近著はOneness vs. the 1%(『ワンネスと1%の対決』)
第137号(2020.2.5)
バンダナ・シバ(1)毒のカルテル(2019.2.22放送)
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種子法の改定や水道ガス事業民営化推進など、日本でもグローバル資本主義の脅威が実感されるようになってきました。こうした動きと闘いづづけてきた大先輩、インドの環境活動家バンダナ・シバの発言に、いまこそ耳を傾けましょう。新著の紹介にからめて、彼女が30年ほど前に創始したナブダーニャ(9つの種)運動やモンサントがインドで引き起こした惨状、進化したグローバル資本主義の現状などが語られます。前半と後半に分けてお届けします。
始まりは種子の支配をめぐる戦いだったとシバは言います。生き物である種子に特許権を主張し、農民の生産活動に対して使用料を要求するような仕組みが作られていることへの危機感でした。在来品種の自家採取を阻害し、世界の種子の支配を企む巨大企業に抗して、シバは在来種の保護と生物多様性の維持、自然の循環を大事にする農業の重要性を訴えました。モンサントが導入した遺伝子組換え綿花「Btコットン」の浸透によって、インドでは膨大な数の農民が借金を背負いました。GMO種子が綿花作付けの99%を占めるという独占状態の中で、毎年高額の種子を買わされ、セットになった除草剤の使用も増えたからです。灌漑設備のない天水農業地帯ですから、いったん干ばつに襲われれば借金が返せず、綿花地帯を中心に数十万の農民が自殺に追いやられました。単一種子を大規模に栽培する手法の脆弱性がもたらした悲劇です。しかもモンサントは、インドの国内法を踏みにじって特許使用料を徴収していたことが裁判によって明らかになったのに、マスコミを操って正確な情報の伝達を妨げているとシバは指摘します。モンサントを買収したバイエルをはじめとする3つの巨大化学企業連合を、シバは「毒カルテル」と呼んでその汚いやり口と毒性化学兵器を作っていた過去をあばきます。(中野真紀子)
**バンダナ・シバ(Vandana Shiva):インドの学者、環境活動家、食糧主権や種子の自由を唱道している。グローバル化の別のあり方についての著書多数。最近著はOneness vs. the 1%(『ワンネスと1%の対決』)
第136号(2019.12.10)
未来を抹殺する者(2019.7.30放送)
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アマゾンの森林火災の頻発に世界の注目が集まったことによって、ブラジルのボルソナロ政権の性格が露呈しました。森林火災は毎年起きていますが、急増の原因は気候ではなく農牧業者による野焼きの延焼や放火だというのですからびっくりです。農牧業に利用したり鉱山開発をするために保護区の森林がどんどん破壊されています。先住民の土地に不法に侵入し、土地を強奪したり、違法な伐採や採鉱を行うことは、もちろん違法行為ですが、政府が取り締まろうとしないので、やりたい放題です。
2019年1月に就任して以来、ボルソナロ大統領は従来の環境保護政策を反転させ、アマゾンの熱帯雨林を伐採や鉱山開発掘に開放する方向を打ち出しました。バックにいるのはアグリ企業の利益を代弁する農牧族議員(バンカータ・ルラリスタ)です。農牧族議員はブラジルの連邦議会(国民会議)の最大勢力であり、自分たちの息のかかった人物を、環境大臣や法務大臣に就けています。ボルソナロ大統領が環境大臣に抜擢したリカルド・サレスの役割は、環境を保護することではなく、規制を撤廃して保護地区の開発を推進することです。
このような動きが始まったのは、労働者党のジルマ・ルセフ大統領が理不尽な汚職容疑で弾劾され、副大統領のテメルが大統領に昇格したときからです。テメル自身も汚職疑惑を抱えていたのですが、農牧族議員の力で訴追を免れ、その見返りに環境規制を緩めました。最終的にはテメルも汚職スキャンダルで辞任に追い込まれ、2018年10月に大統領選挙が行われましたが、最有力候補と目されていたルラ元大統領は汚職などの罪で有罪とされて収監されてしまいます。本命不在の選挙で急速に人気を集めて当選したのがボルソナロ大統領でした。彼はルラ政権・ルセフ政権と続いた労働者党政権の環境保護政策をひっくり返すことを掲げて当選し、全力を挙げて公約の実現に邁進しているところです。
アマゾンの森林破壊はブラジルだけの問題ではなく、地球温暖化を助長し世界全体を一層の危機に陥れます。ボルソナロ大統領は「アマゾンは我々のものだ」と国際的な非難をけん制します。自国の国益が優先と言いたいのでしょうが、この「我々」というのはブラジルの国民よりはむしろアグリビジネスで儲けるグローバル企業のことに聞こえちゃいます。(中野真紀子)
*カルロス・リティール(Carlos Rittl):ブラジルの市民社会の諸団体が参加するネットワーク「気候監視団」の事務局長を務める
第135号(2019.10.31)
グリーンな未来からの伝言(2019.4.18放送)
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グリーン・ニューディールは、連邦政府による大胆な再エネ投資と大規模な雇用の創出によって迅速に経済システムを転換させ低カーボン社会を実現しようという民主党の政策です。2030年までにゼロ炭素社会を実現させるという意欲的なグリーン・ニューディール決議案が、2019年2月に議会に提出されましたが、民主党内でも賛否が分かれ否決されてしまいました。しかし法案提出の立役者となった新人議員アレクサンドリア・オカシオコルテスを主役にしたアニメ『未来からのメッセージ』がオンラインサイト『インターセプト』から発表されると、24時間のうちに4百万人がアクセスし、大きな反響を呼びました。このアニメ動画を紹介し、制作に携わったアーティストや脚本家の話を聞きます。
この映画が多くの人々の心に刺さった理由は、これまでさんざん描かれてきた残酷な未来像、黙示録的なディストピアではなく、そこに住みたくなるような美しい未来社会を見える形で示し、そこに導く解決策を説得力をもって提示したからだと、ナオミ・クラインは言います。「人は見えないものにはなれないが、見る勇気さえあれば何にでもなれる」、目標が明確になればおのずと潜在的な政治力が動き出します。だから最初の大きな一歩は、目を閉じて想像することなのだと。そこで大きな役割を果たすのは、理想の未来を視覚化してくれる芸術家です。アニメを担当したモリー・クラブアップルは、これまでも政治社会問題にコミットした映像作品をつくり、麻薬撲滅運動と人種差別的な法執行に人々の意識を向けさせるなど、実際に世論に影響を与えてきました。女にとっては、それが芸術家の大きな役割です。「アートは長い間世界から切り離されてきました。標本箱の蝶のように美術館に閉じ込められて、死んだもののように扱われています」。日本では政治色のある作品を忌避する傾向が強まっているようですが、芸術だけの狭い世界に作品を閉じ込めておこうとするのは芸術の持つ潜在的な力への恐れなのかもしれません。(中野真紀子)
*モーリー・クラブアップル(Molly Crabapple):アーティスト、作家。
*アビ・ルイス(Avi Lewis):ジャーナリスト、映画作家。気候、格差、人種差別の複合危機に対処するための団体「リープ」(The Leap)の共同設立者
第134号(2019.9.30)
経済制裁は政権転覆の道具(2019.5.1放送)
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著名な経済学者のジェフリー・サックスが、ベネズエラに対する米国の経済制裁措置は「一般市民に対する集団懲罰」にあたり、国際法にも国内法にも違反すると論じています。これは『集団懲罰としての経済制裁 ~ベネズエラの事例』という『集団懲罰としての経済制裁 ~ベネズエラの事例』という経済政策研究所の報告書の中の主張です。米国政府が2017年8月からベネズエラに課した経済制裁は、政府よりも一般市民が大きな影響を受けるもので、特に低所得層や社会的弱者が被害を受けています。摂取カロリーの低下で病気や死亡率が上昇し、経済崩壊で数百万人が国外に逃れました。経済制裁の被害は甚大であり、2017年から18年にかけて4万人以上の死者が出たと推計されます。このような制裁は、ジュネーブ条約やハーグ条約で禁止されている「民間人に対する集団懲罰」にあてはまるとサックスは主張します。国際法にも、米国が締結した諸条約にも違反しており、米国の国内法に照らしても違法であると。
事態をさらに悪化させているのが、2019年1月28日以降に発せられた大統領令による追加制裁措置と、大統領を自称する野党代表を米国が承認したことです。これにより、も新たな金融貿易制裁体制が築かれ、ベネズエラは国際資本市場から締め出され、政府資産は没収され、石油収入が激減して食糧も医薬品も買うことができません。ハイパーインフレが起き、経済は崩壊しました。このような措置は、圧力を加えるというよりは、わざと社会の混乱を引き起こそうとするものです。目的は最初からマドゥーロ政権を倒すことだと、サックス教授は指摘します。米国の制裁は、いまや外国政府を倒す道具になっているのです。米国の経済制裁はイラン経済に大打撃を与えており、ニカラグアやキューバにも圧力をかけています。しかし、このような米国の力づくの外交は決して思い通りの結果をもたらすことはなく、いたずらに相手国に荒廃をもたらすだけに終わっています。もはや同盟国にも迷惑がられている愚劣で違法で非人道的な経済制裁は、はやく終わりにすべきです。(中野真紀子)
*ジェフリー・サックス(Jeffrey Sachs):著名な経済学者。コロンビア大学持続可能開発センター所長
第133号(2019.8.31)
新疆のウイグル迫害(2018.12.6放送)
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中国政府によるウイグル弾圧の実態を告発したルシャン・アッバースへの単独インタビューです。それによれば、中国西端の新疆ウイグル自治区では、住民の半分近くを占めるウイグル人や他のイスラム教徒への迫害が激化しており、失踪者が相次ぎ、推定200万人ともいわれる人々が強制収容されています。中国政府は2018年になって施設の存在を認めましたが、これは収容所ではなく「過激主義者」を再教育するための職業訓練センターだとしています。しかし、過密状態で劣悪な環境におかれ拷問も行われているという証言もあるようです。また、収容者の子供たちも強制的に孤児院に入れ、非ウイグル化教育を施しているとの報告もあります。
監視体制の強化と収容所への収監が加速したのは、2016年に陳全国が自治区の党委書記に着任してからです。陳全国は前任地のチベットで分離独立運動を鎮圧するために同様な体制を築いた人物です。でも新疆における分離独立運動の弾圧は、イスラムに対する攻撃でもあります。新疆は東トルキスタンを中国側が呼ぶ名前で、1949年に中国共産党が征服してから漢民族が大量に移住して先住民を圧迫しています。当初ウイグル人の抵抗は「反革命」的な「民族主義」の分離独立運動だとして弾圧されましたが、2001年に米国で911テロ攻撃が起きて欧米で反イスラム的な風潮が高まると、中国政府もこれに便乗してウイグル弾圧を「テロとの戦い」と位置づけるようになったとアッバースは指摘します。イスラムへの敵視は食習慣や礼拝の取り締まりに発展し、中国の官吏が「親戚」としてウイグル人の家庭に住み込んで監視する「第二の家族」政策も始まりました。
ルシアン・アッバースは米国政府と緊密に協力してきた人物で、グアンタナモ収容所に収監されていたウイグル人たちの通訳を務めました。彼らはアフガニスタンで米国のアルカイダ狩りにひっかかり、テロリストの容疑は晴れても中国には送還できず、長い人は11年もグアンタナモに勾留されていました。アッバースは通訳の仕事を辞して、バミューダで彼らの定住を助ける活動をしたと言っています。中国政府のウイグル迫害は確かにひどいものですが、イスラムをテロリズムと結び付けて彼らの人権を踏みにじってもよいとする政策は、つまるところ米国政府が先鞭をつけたものということになります。現在は中国との関係が険悪になり、米国のメディアは最近、ウイグル問題をさかんに取り上げて中国政府の非人道的な政策を批判していますが、他国の非道ぶりを非難するなら同時に自分たちがグアンタナモでやったことも少しは反省してほしいものです。
(中野真紀子)
*ルシャン・アッバース(Rushan Abbas):新疆出身のウイグル系米国人で、ワシントンDCを拠点にウイグル米国協会(UAA)やラジオ・フリー・アジアなど、米国連邦議会から資金提供を受けている団体に深くかかわってきた。また、米国政府に雇用されてグアンタナモ収容所に長期勾留されていたウイグル人たちの通訳を務め、彼らの定住促進に尽力した。2018年に中国政府のウイグル弾圧について公開の場で話した直後に新疆にいる家族(おばと姉)が失踪した
第132号(2019.6.14)
「ピンクの潮流」のゆくえ(2019.1.25放送)
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ベネズエラでは今年1月、マドゥロ大統領の二期目就任からほどなくしてクーデタの試みが起こりました。1月24日に野党指導者のフアン・グアイド国民議会議長が、マドゥロの就任は正統性がないとして自ら臨時大統領を名乗り、米国は即刻グアイドを承認し、親米諸国もそれに続きました。しかし、グアイド議長の呼びかけに応じる国民は少なく、軍もマドゥロ支持を表明し、クーデターの試みは失敗しました。それでも主要メディアの注目と米国を後ろ盾にグアイドはマドゥロ政権への揺さぶりを続けており、こう着状態が続いています。マドゥロ大統領は、経済政策の失敗による物価急騰や公共サービスの低下によって急速に国民の不満が高まり、反民主的な姿勢もあって、チャベス政権を強く支持してきた人々も多くが離反しています。問題だらけなのは間違いないのですが、それでも野党側も人気がなく、グアイドが蜂起を呼びかけても誰も動きません。野党は一枚岩ではなく、伝統的な保守政党は穏健派でマドゥロ政権との話し合いに応じる構えでしたが、グアイドのような右翼の強硬派が交渉を拒否して対決を煽っているようです。
国民の不満は経済危機によるものですが、非人道的なまでの危機に陥ったのは米国主導の経済制裁が大きな要因です。制裁措置は2015年にオバマ政権の下で始まり、2017年以降に強化されました。米国の金融機関はベネズエラ政府や国営石油会社との取引を禁じられているため、米国での石油収益を本国に送金できません。また、ベネズエラ政府は対外債務の借り換えもできません。世界中のビジネスがベネズエラとの取引を手控えるようになり、事実上の経済封鎖に近い状態になっています。今回のクーデターは2017年頃から周到に準備が進められていたもので、米国側でこれを推進するのは、亡命ベネズエラ人が多く住むマイアミ(フロリダ州)が地盤のマルコ・ルビオ上院議員です。政権内ではネオコンのジョン・ボルトンやイラン・コントラ事件で有罪になったエリオット・エイブラムズです。この顔ぶれを見れば明らかなように、彼らは「ピンクの潮流」と呼ばれる左派寄りの政権の台頭で中南米が経済ナショナリズムと対米自立の動きを強めた時代からの巻き返しを図っています。チリのピニェラ、ブラジルのボルソナロのような右翼政権の誕生を背景に、「ピンクの潮流」の本丸であるベネズエラとキューバに攻撃を仕掛けているようです。キューバに対しても、ふたたび米国人の観光旅行を制限する措置がとられました。
しかし、一度「ピンクの潮流」を経た中南米諸国がそんなに簡単に「米国の裏庭」に戻るものでしょうか?メキシコのロペス・オブラドール大統領の誕生が「ピンクの潮流」の大きな支えになっていますし、中国やソ連も口を挟むようになっています。またつい最近、ブラジルのボルソナロ政権誕生の際に邪魔だったルラ元大統領の投獄が政治的動機によるものだと示す内部文書が「インターセプト」によって暴かれ、大きな政治スキャンダルなる可能性もあり、ますます目が離せません。(中野真紀子)
*アレハンドロ・ベラスコ(Alejandro Velasco):ニューヨーク大学准教授、専門はラテンアメリカ現代史。北米ラテンアメリカ会議(NACLA)の機関誌『南北アメリカ大陸レポート』の編集長で、Barrio Rising: Urban Popular Politics and the Making of Modern Venezuela『バリオの反乱~~都市部の大衆政治と近代ベネズエラの形成』の著者。ベネズエラで生まれ育った。
*スティーブ・エルナー(Steve Ellner):ベネズエラのオリエンテ大学で1977年から2002年まで教鞭をとり、現在はLatin American Perspectivesの編集次長。Latin America’s Radical Leftの編集者も務め、著書The Pink Tide Experiences: Breakthroughs and Shortcomings in Twenty-First Century Latin America(『ピンクの潮流の経験~~21世紀ラテンアメリカの大躍進と欠点』)を出版の予定。
第131号(2019.4.30)
ケンブリッジ・アナリティカと対決(2018.3.23放送)
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2017年3月に浮上した、選挙コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカによるフェイスブック個人情報の政治利用スキャンダルは、個人情報ビジネスに対する米国人の意識を大いに高め、EU並みのプライバシー保護の強化を求める世論が高まる転換点となりました。フェイスブックCEOのマークザッカーバーグは米国議会の公聴会で厳しい質問を受け、後にフェイスブックの個人データに関するポリシーを大幅に変更することを発表しました。ケンブリッジ・アナリティカは5月に破産を申告し、事業を終了しています。
スキャンダルに火が付いたのはクリストファー・ワイリーの内部告発をマスコミが大きく取り上げたからですが、その影に隠れた別のヒーローがいました。ケンブリッジアナリティカによる個人情報収集の全容を明らかにすべく英国の裁判所に提訴したアメリカ人の教授デイビッド・キャロルです。彼は2017年からCA社が収集した自分の個人情報をすべて引き渡すように求めてきました。会社側はその要求に応じて彼の個人データを送ってきましたが、それは全体の一部でしかないとわかり、会社が認めようとしないシャドウ・プロファイルの全貌を明らかにさせようと正式な訴訟に踏み切りました。結果的に裁判所の命令を引き出すことができ、相手方を追い詰めることに成功しましたが、これはとても勇気のいる行動です。なにしろ現職アメリカ大統領の戦略顧問が幹部を務める会社に対し個人がケンカを売るのですから、報復の可能性を考えれば生半可な覚悟ではできません。キャロル教授を突き動かしたものは、この問題が一個人の問題を超え、今日の世界で万人が直面する重大な脅威であるという認識だったことが、インタビューからうかがわれます。
こうしたキャロル教授の行動は急速に支持者を集めることになり、とうとう彼が登場するドキュメンタリー映画もできたようです(サンダンス映画祭で発表されたThe Great Hack)。なお、この動画は学生字幕翻訳コンテストの課題にも取り上げました。(中野真紀子)
*デイビッド・キャロル(David Carroll):パーソンズ美術大学の准教授。ケンブリッジ・アナリティカが収集した自分の個人データの完全開示を求めて英国の裁判所に提訴した。
第130号(2019.3.11)
湾岸戦争とプロパガンダの進化(2018.12.5放送)
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湾岸戦争は故ジョージー・H.W.ブッシュ大統領の負の遺産の一つです。形式的には1カ月で終結しましたが、米国のイラクへの攻撃は継続しています。50万人以上の子供が死んだとされる過酷な経済制裁のあげく、2003年に息子のジョージ・W.が再び軍事侵攻し、現在でも米軍や軍事請負業者が駐留しています。でも、湾岸戦争で注目されるのは、米国民に向けた大胆なプロパガンダです。ベトナム戦争の記憶がまだ残り、軍事介入に懐疑的な世論を転換させるため、ブッシュ政権は大芝居を打ちました。ナイラというクウェート人の少女を使って、サダムの軍の残虐行為を米国議会で証言させたのです。兵士が保育器の赤ん坊を殺したと証言したナイラは、じつは難民どころかクウェート大使の娘で、広告会社に振り付けされて真っ赤な嘘をついていたことが後に判明しました。しかし、当時はマスコミも国際人権団体も無批判にこれを喧伝し、軍事侵攻に議会の支持を取り付ける決め手となりました。ベトナム戦争を本格介入に導いたトンキン湾事件も嘘でしたが、ここまでのフェイクは初めて。このときから戦争プロパガンダが新ステージに進化しました。
「従軍取材」の端緒もここにあります。ベトナム戦争では記者が自由に戦場を動き回って取材し、生々しい戦争被害の映像が米国内のメディアに流れました。これが国民の戦意をしぼませ、戦争に敗ける要因になったと主張する人々も出てきました。そこで湾岸戦争では軍が大手メディアと協定を結び、戦場の取材を完全に管理下に置いたのです。リック・マッカーサーによれば、各社が共同派遣する記者たちの代表が、軍にエスコートされて最前線で取材し、その報告が、軍の検閲を通した後で、他の記者たちと共有され、プレスセンターに集まる記者たちが一斉に各自の記事を書くというスタイルで、取材競争などありません。これでは戦場の現実は何もわかりませんが、大手メディアの多くは抗議しませんでした。その一方で、軍は衛星放送など当時の最先端のメディア技術をつかって戦争の様子をライブ放送しました。国民はテレビ映像で米軍精密誘導爆弾の威力を見せつけられ、多国籍軍司令官のシュワルツコフ将軍が頻繁に開く「記者会見」で戦況の説明を受けました。こうしてつくり上げられた「クリーンなハイテク戦争」という虚構のイメージに、戦場を見ていない記者たちは太刀打ちできませんでした。
最新メディア技術を駆使して戦争の印象を操作し、民主政権の転覆や侵略を国民に喝采させる技をきわめた米国。いまではSNSも加わって、フェイクニュースが飛び交う中で軍事侵攻の是非が語られるようになってしまいました。(中野真紀子)
*ジョン・リック・マッカーサー(John R. MacArthur):ハーパーズ誌の発行人。Second Front: Censorship and Propaganda in the Gulf War(『第二の前線:1991年湾岸戦争の検閲とプロパガンダ』)の著者
第129号(2019.2.11)
ファシズムはこう機能する(2)(2018.10.12放送)
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世界的なファシズムの傾向に警鐘を鳴らすジェイソン・スタンリー教授の新著のインタビューの続きです(最後の10分は省略しました)。前半ではファシズムの政治手法の特徴として「10の柱」を列挙しましたが、後半ではそれぞれを具体的な事例に結びつけて説明し、それらが互いに補完しながらファシズムのイデオロギーを支えていることを示します。事例として挙がっているのは主にトランプ政権下の米国の出来事ですが、日本でも思い当たるふしはたくさんあります。
1920年代後半から30年代前半にかけても世界的ファシズム運動が広がり、極端な国家主義を唱える政治家が台頭しました。当時ような反対勢力の投獄やジェノサイドが、現在の独裁政権で行なわれているわけではありませんが、典型的なファシズム話法やプロパガンダはそこら中に氾濫しています。複数政党制の原則を踏みにじり、党利党略に走って議会政治を踏みにじる政治家たちによって、実質的な一党支配体制がすでに出現しているとスタンリー教授は指摘します。1930年代と現在の世界を比較して、ファシズムを生み出した要素の類似性を指摘する声は少なくありません。特に、グローバリゼーションへの反発という視点は説得力があります。最初のグローバリゼーションは19世紀末から20世紀初頭にかけて出現し、1929年に始まる世界金融恐慌により前代未聞の経済荒廃をもたらしました。当時の世界的ファシズム運動は、それに対する反発だったとして、2度目のグローバリゼーションへの反発としての現在の超国家主義の台頭との類似性が指摘されています。
ファシズムの政治手法の具体例は番組を聞いていただければよいと思いますが、一応ここに「10の柱」を列挙しておきます。国民を「われわれとやつら」に分断し、権力を保持するための10の柱とは、1)神話的な過去、2)プロパガンダ、3)反知性主義、4)非現実性、5)ヒエラルキー、6)被害者意識、7)法と秩序、8)性的不安、9)ハートランド、10)公共の福祉や結束の解体、です。(中野真紀子)
*ジェイソン・スタンリー(Jason Stanley):イェール大学哲学教授。How Fascism Works: The Politics of Us and Them(『ファシズムは、こう機能する~~われわれv.s.やつらの政治』)が出版されたばかり。前著はHow Propaganda Works(『プロパガンダはこう機能する』)。"How Fascism Works"
第128号(2019.1.16)
ファシズムはこう機能する(1)(2018.10.11放送)
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ファシズム的な傾向は世界各国で見られるユニバーサルな現象になっていますが、この傾向について米国人が見落としがちな視点を提供するタイムリーな書籍が出版されました。著者のイエール大学の哲学教授ジェイソン・スタンリーはホロコースト難民の子で、母親が長年ニューヨークの刑事裁判所に勤めていたことから黒人の大量収監の実態についても子供の頃から知っていました。そんな彼には、トランプ政権下の米国が従来の社会規範から大きく逸脱しているようには見えないのです。
米国にはもともとファシズム傾向があったと彼は指摘します。第二次世界大戦前の米国は露骨な人種差別がピークに達しており、アドルフ・ヒトラーも米国の南部同盟や黒人隔離政策(ジム・クロウ法)からインスピレーションを受けたと言っているくらいです。トランプの台頭で「フェイクニュース」がキャッチワードになり、従来の報道の規範が大きく揺らいでいると捉えられていますが、それを逸脱とみるのはメインストリームの錯覚です。少数派から見れば、偽ニュースは何も目新しいものではありません。非白人、特にアフリカ系住民を貶める人種偏見に満ちた偽ニュースは長年にわたって垂れ流されており、誰も問題にしません。国民の一部を偽ニュースで攻撃することが当たり前になった社会では、それを一歩進めて、誰でも攻撃対象にするフェイクニュースがでてきても驚くに足りません。道徳的に異常なことが繰り返されるうちに、それが普通の状態となり、かつては許しがたかったことも受け入れられるようになる。それがファシズムの蔓延をもたらします。
こうしたファシズムの一歩手前の現象を、現代社会の中に見出すことは難しくありません。ロングインタビューの導入にあたる第一部では、歴史的なファシズムの特徴をファシズムの「10の柱」として列挙しています。これらの要素は互いに補完し合いながら、ファシズムのイデオロギーを作り上げています。この兆候が見られたら要注意ですが、かなり思い当たるふしがありますね。(中野真紀子)
*ジェイソン・スタンリー(Jason Stanley):イェール大学哲学教授。How Fascism Works: The Politics of Us and Them(『ファシズムは、こう機能する~~われわれv.s.やつらの政治』)が出版されたばかり。前著はHow Propaganda Works(『プロパガンダはこう機能する』)。"How Fascism Works"
第127号(2018.12.12)
マーク・トウェインと本当の旗(2018.3.12放送)
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20世紀への変わり目の時期に米国の領土拡張政策は岐路を迎えていました。北米大陸の制覇は完了し、カリブ海や太平洋のスペイン領に触手を伸ばし、米西戦争中にプエルトリコ、フィリピン、グアムなどを占領しました。このとき海外領土を持つ世界帝国へと発展するか、それとも拡大はここで打ち止めにして、北米大陸内部の支配を強固にすることに専念べきか、選択を迫られたのです。海外への領土拡張に反対する勢力の中心となったのが反帝国主義連盟でした。中心メンバーにはアンドリュー・カーネギーのような実業家やジェイン・アダムズ、サミュエル・ゴンパーズ、ブッカー・ワシントンなどの社会活動家、元大統領のグローバー・クリーブランドなど幅広い著名人が名を連ねていました。スペイン領の割譲を盛り込んだパリ講和条約の批准は上院で30日以上も激烈な討議が闘わされ、他国への干渉の是非を問う今日まで続く全ての論点が出尽くしたそうです。反帝国主義連盟で、とりわけ舌鋒するどく帝国主義を批判したのがマーク・トウェインでした。現在の彼のイメージとはかけ離れた戦闘的な発言に驚かされます。トウェインの伝記や作品集からは毒のある部分を取り除き、愛すべきユーモア作家に仕立てあげたことが端的に示すように、反帝国主義連盟の存在はその後の歴史の教本から綺麗に排除されてしまいました。
米国による他国の選挙への干渉は現在も絶え間なく続いています。とはいえ、1970年代に非合法活動が明るみに出て以来、CIAは昔のような活動が難しくなりました。そこで今ではCIAに代わって他国への選挙干渉を行う機関として、1983年に全米民主主義基金(NED)が創設されました。他国の民主化を支援するという名目で、年間1億7千万ドルを上回る資金が米国の国家予算から提供され、共和党系の国際共和研究所(IRI)、民主党系の全国民主国際研究所(NDI)などが仲介して関連組織に分配され、他国の野党や反体制運動などの支援に使われています。理事会には2014年のウクライナ政変で反体制デモを激励したビクトリア・ヌーランド国務次官補や、イラン・コントラ事件にかかわった外交官のエリオット・エイブラムズなどがいて、警戒が必要です。(中野真紀子)
*スティーブン・キンザー(Stephen Kinzer) :元ニューヨークタイムズ紙の海外特派員、現在はボストン・グローブ紙で国際問題のコラムを担当。『転覆~ハワイからイラクまで米国によるレジームチェンジの世紀』、『シャーの手下たち~米国による政権転覆と中東のテロの根源』、グアテマラのクーデターについての『苦い果実』など、著書多数。最新作『本当の旗~セオドア・ルーズベルト、マーク・トウェイン、米帝国の誕生』は最近ペーパーバック版が出た
第126号(2018.12.10)
体制転覆と内政干渉の100年史(2018.3.12放送)
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トランプ大統領の言いなりに、あまり役に立ちそうもない米国製兵器を法外な値段でどんどん買いこむ日本の総理大臣。この人物が米国の要求に一度でも「ノー」と言ったことがあったでしょうか。アメリカ帝国主義の歴史をみれば、ノーと言えない理由が想像できます。過去100年の米国の外交政策のキーワードは「レジーム・チェンジ」、すなわち米国の意に沿わない他国の指導者をCIAがクーデターを画策して倒し、親米体制に替えることです。この政策がもっとも露骨に現れているのが、グアテマラ、ニカラグア、ハイチ、ドミニカ共和国など、カリブ海や中南米の国々です。20世紀初頭のグアテマラ大統領ホセ・サントス・セラヤが独自外交の姿勢を鮮明にしてつぶされたように、この地域では対米自立はご法度です。米国は民主主義の保護者を標榜しながら、選挙の結果、自国の利益を優先する指導者が出現した時には卑劣な手段で民主主義もろとも葬り去り、都合の良い独裁者を押し付ける。このパターンは現在も続いており、2009年のホンジュラスの軍事クーデターでも民主政権が倒され、独裁体制の下で暴力が蔓延し、ホンジュラスから逃げ出した人々が難民キャラバンとなって大挙して米国を目指しています。
トランプ大統領は今年になってイラン核合意から一方的に離脱し、イランへの経済制裁を同盟国にも押し付けて困惑させています。イランに対する米国の猜疑心は尋常ではありませんが、その背景には長年にわたる両国の強烈な相互不信の関係があります。その端緒は1953年に石油資源の国有化を宣言したモサデク大統領を英米がクーデターを画策して倒し、イランに芽生えた民主主義をつぶしてしまったことにあります。CIAの秘密作戦で長期的影響など考えもしなかった米国ですが、やがてイランで起きたイスラム革命が米国の安全保障の大きな脅威として成長してきました。このように、身勝手で卑劣なレジームチェンジの乱発は、最終的には米国自身にしっぺ返しがくるもののようです。(中野真紀子)
*スティーブン・キンザー(Stephen Kinzer) :元ニューヨークタイムズ紙の海外特派員、現在はボストン・グローブ紙で国際問題のコラムを担当。『転覆~ハワイからイラクまで米国によるレジームチェンジの世紀』、『シャーの手下たち~米国による政権転覆と中東のテロの根源』、グアテマラのクーデターについての『苦い果実』など、著書多数。最新作『本当の旗~セオドア・ルーズベルト、マーク・トウェイン、米帝国の誕生』は最近ペーパーバック版が出た
第125号(2018.10.31)
オピオイド蔓延の元凶(2018.6.1放送)
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米国では今、オピオイド系鎮痛剤の濫用が急速な広がりを見せ、トランプ大統領は公衆衛生上の危機を宣言しました。オピオイドの過剰摂取による死者の急増で、ついに平均寿命が50年ぶりに短縮しました。この危機の元凶となったのはオキシコチンという鎮痛剤の急激な流通です。他のオピオイド系鎮痛剤に比べて濫用や依存症のリスクが少ないという触れ込みで大々的に医療現場に売り込まれ、医師の処方箋を通じてとんでもない量が薬局に供給されました。これが正規ルートを外れて取引されるようになり、薬物濫用の温床になったのです。後に製造元のパーデュー・ファーマ社は、認可された内容を大胆にねじまげた虚偽の宣伝を行ったかどで罰金を支払いましたが、それを命じた経営幹部たちは重罪を免れました。オキシコンチンの問題を初期段階から追ってきたバリー・マイヤー記者は、司法省の上層部が介入して企業幹部たちの訴追を止めたことが、「下手をこいても罰金さえ払えばオッケー」という合図を医薬品業界に送ることになり、歯止めのない販売につながったと指摘します。
この問題は、パーデュー社が実は発売の初年度からオキシコンチンの濫用の実態を把握していたのに、それを隠して猛烈な販売攻勢をかけていたことを示す司法省の報告書が最近になって明るみに出たことで、あらためて脚光を浴びました。パーデュー・ファーマ社の所有者サックラー家は、医薬品業界が現在のような形に発展したことに大きな責任があります。増補版が発売されたマイヤーの著作から、オピオイドまん延の背景にある製薬業界と司法の闇が浮かび上がります。(中野真紀子)
*バリー・マイヤー(Barry Meier):Pain Killer: An Empire of Deceit and the Origin of America’s Opioid Epidemic (『ペインキラー ~詐欺の帝国と米国のオピイド蔓延の起原』)(2003年初版、2018年改訂版)の著者。オキシコンチンの濫用に初めて全国的な注目を喚起したジャーナリスト。元ニューヨークタイムズ記者
第124号(2018.9.10)
地方ニュースの大量生産(2018.4.3放送)
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あなたの地元放送局のローカル・ニュースが、じつは遠く離れた別の都市にあるスタジオで大量生産されているとしたら、ぞっとしませんか? シンクレア・ブロードキャスト・グループは、全米に173もの地方局を所有する巨大メディア企業です。傘下の地方局のニュースキャスターたちに、ほぼ同一のニュース解説の読み上げを強要したことを暴くビデオがネットで急拡散し、大きな批判を浴びました。「フェイクニュースは民主主義への脅威」という、トランプが気に入らないメディアを攻撃するときの文句を、各局のキャスター達が一字一句おなじに読み上げるのも不気味ですが、さらに怖いのは、それを強要しているシンクレアは表に出ず、あくまで地方局のロゴとチャンネル名だけが表示されていることです。大手ネットワーク加盟の地方局も多く、視聴者の知らないところで一定の「放送必須」番組が、こっそり忍ばされています。テロの脅威を煽ったり、政権擁護のプロパガンダのような政治解説コーナーが毎日必ず流れる仕組みです。シンクレアは大統領選挙でトランプを応援して以来、現政権と親密な関係を築いているのです。
このシンクレアが勢力拡大を狙ってトリビューン・メディアの買収を企てました。トリビューン・メディアは全国に39局の地方局を所有する米国有数の大手放送事業者です。買収が成功すれば、シンクレアは未開拓の3大市場に進出の足場を築き、地方メディア業界を制覇するという野望に王手をかけるでしょう。シンクレアのビジネスモデルは容赦ない経費削減と合理化の徹底によって収益を拡大し株価を押し上げるもので、ニュース番組制作を部分的に外注し、各地のニュースを一箇所のスタジオで大量生産するのもその一環です。こんな会社が勢力を伸ばせば、ローカル放送の独立性や地域ジャーナリズムの多様性は消滅してしまいそうです。幸い、今回のトリビューン買収計画は司法省の介入で頓挫しましたが、シンクレアを贔屓するトランプ政権の下では今後も安心はできません。そもそも一国の大統領が自分に好意的なメディアを褒め上げ、批判的なメディアを攻撃すること自体があってはいけないことです──米国でも、日本でも。(中野真紀子)
*アンディ・クロール(Andy Kroll) : マザージョーンズ誌の上級記者。シンクレア・ブロードキャスト・グループについて数多くの記事を書いた。最新記事は「シンクレアはCNNよりずっと優秀とトランプがツイート」。
第123号(2018.8.24)
挑発的な軍事演習は止める(2018.6.12放送)
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6月にシンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談は、いろいろと衝撃的なことづくめでした。そもそも直前に和平ムードをぶち壊すような米韓合同軍事演習が行われ、北朝鮮側が反発してあわや取りやめかと思われたのですが、米国が譲歩してB-52の参加を見送りようやく実現したものです。トランプ政権内にはジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官のような超タカ派がいるので横やりが入ることが危ぶまれるのですが、当日の記者会見の様子を見る限り大統領は本気です。特に、米韓合同軍事演習を「挑発的」と評したことは、朝鮮問題専門家のティム・ショロックさんも椅子から転げそうなくらいびっくりしたと言っています。トランプ大統領は記者会見で、合同軍事演習はとにかく金がかかり過ぎると彼らしい批判をした後、「それに加えて、挑発的だと思う」と、わざわざつけ加えたのです。70年代から始まったこの軍事演習は、韓国との軍事均衡を保つだけで精一杯の北朝鮮にさらに大きな圧力をかけて、結果的に核やミサイルの開発に走らせることになりました。現職の米国大統領が、この構造を率直に認めてしまうなんて!金委員長に接するときの気遣いぶりを見ても、和解への本気度が伝わってきます。共同声明には中身がないなんて言われてますが、重要なのは現職トップが話して、署名したことです。日本の報道はとかく安倍内閣の方針に絡めた評価に陥りがちで視野の狭さはお話になりませんが、米国のマスコミにしたところが、この期におよんでも「北朝鮮の人権問題はどうよ」ってことばかり質問していたようで、長年こり固まった思考から抜けられません。とりあえず核戦争の危機を回避してくれただけで、素晴らしい人権への貢献なんですけどねえ。(中野真紀子)
*ティム・ショロック(Tim Shorrock):ワシントン在住の調査報道ジャーナリスト。東京とソウルで育ち、1970年代から朝鮮半島における米国の役割について書いている。現在はネイション誌やソウルの挑戦調査調査報道センター(Korean Center for Investigative Journalism)の特派員を務める。
第122号(2018.7.28))
ホワイトハウスの入植者(2017.12.7放送)
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トランプ大統領が12月に、エルサレムをイスラエルの首都と認め、米国大使館の移転に着手すると宣言したことは、大きな国際的反発を招きました。実は米国ではすでに1995年、大使館のエルサレム移転は議会で決議されていました。でも当時のクリントン大統領は、中東和平の仲介者として1993年にオスロ合意をとりつけた立場上とても実施はできず、半年ごとに実施を先延ばしする道を選びました。その後ずっと大統領が交替しても先送りされ続けてきたのですが、2017年6月に上院が再び大使館移転を求める決議をしたため、トランプは実施を判断しました。どこまで結果を見通してのことなのか、はなはだ疑問ですが、とにかくこれでイスラエル・パレスチナ関係は新段階に進みます。
トランプ政権で中東和平交渉を率いるのはジャレッド・クシュナーです。外交の経験も知識もない人物が、大統領の娘婿というだけで中東和平交渉のキーマンを任されていること自体が疑問ですが、ここへきて極右シオニストとの親密なつながりが明らかになってきました。クシュナー・カンパニー慈善基金は、西岸地区にあるイスラエル入植地ベイト・エルにある極右シオニストの宗教学校に寄付をしていたことが報道されました。過去にも資金援助はありましたが、今回のものは大統領上級顧問として和平交渉を仲介する立場にありながらの大口寄付です。駐イスラエル大使のデイビッド・フリードマンも同様に寄付をしています。トランプ政権の中東和平チームは、過激なシオニズム思想に染まった人々ばかりで、中立を装うこともなくイスラエルに肩入れしていることが明白です。
パレスチナ側にとっては、米国の本音と和平交渉の正体がさらけだされたことはむしろ歓迎です。オバマ政権でも末期には380億ドルもの軍事援助をイスラエルに約束していたのですが、そうした政策はあまり目立ちませんでした。ある意味でトランプは正直です。これを契機に、二国家解決を掲げたオスロ合意以来の虚構の和平交渉は完全に終了しますが、それに代わる政治的な方針や制度改革を早急に作り上げる必要があります。当面はイスラエルの抑圧の矢面に立つ東エルサレムやガザの住民の自然発生的な抵抗運動が事態を動かしていくのでしょう。(中野真紀子)
*デイモン・モグレン(Damon Moglen):?レベッカ・ビルコマソン(Rebecca Vilkomerson):米国のユダヤ人団体「平和を求めるユダヤ人の声」の事務局長
*ブドゥール・ハッサン(Budour Hassan):パレスチナ人作家、JLAC(法務支援と人権のためのエルサレムセンター)のプロジェクトコーディネーター
*ハナン・アシュラウィ(Hanan Ashrawi):パレスチナの政治家、学者。1987年に起きた第一次インティファーダの重要指導者で、1991年からの中東和平交渉においてパレスチナ側代表団の報道報官を務めた。2009年に女性として初めてPLOの執行委員に選出された。パレスチナ立法評議会(PLC:自治政府の立法機関)の議員。
第121号(2018.5.29)
カリフォルニアが示す脱原発の道(2016.6.22放送)
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2016年6月カリフォルニア州の最大手電力会社PG&E(Pacific Gas and Electric)が、最後の原子力発電所ディアブロキャニオンの運転認可の更新を申請しないと決定しました。これにより、2025年までにカリフォルニア州は原発ゼロとなり、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの開発に拍車がかかります。州としてはすでに、2030年までに再生可能エネルギーの比率50%の達成を義務づけていますが、PG&E社はそれを超える55%をめざします。ベースロードに位置づけられる原発がなくなったことで、自然エネルギーへの転換が加速するという証明です。
ディアブロキャニオン発電所は地震の起きやすいカリフォルニアで活断層の近くに建っていることから、FoE(フレンズ・オブ・ジ・アース)などの環境保護団体が何十年も前から閉鎖を求めてきました。それがここへ来て、にわかに進展したのは、合意の背景に労働組合と環境団体の連携があったからです。両者が協力して要望書をとりまとめ、会社側と交渉したことが決め手でした。原発を閉鎖すれば、地元労働者の雇用問題と、膨大な核廃棄物の処理という課題が残ります。現在の従業員を再雇用し、廃炉処理をうために再教育を保証するために何億ドルもの予算を確保できたことが大きかったようです。 経済規模で世界第6位の大国に匹敵するカリフォルニア州が、化石燃料にも原子力にも依存しない、再生可能でクリーンなエネルギーの経済に舵を切ったことは、大きな影響力があります。米国内のみならず世界に対し未来のエネルギー社会の青写真を示すものとして期待されます。(中野真紀子)
*デイモン・モグレン(Damon Moglen):環境保護団体FoE(フレンズ・オブ・ジ・アース)のシニア戦略アドバイザー
第120号(2018.4.100)
「長き一夜」強制収容所の歴史(2017.9.21放送)
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強制収容所(Concentration Camp)というと真っ先に浮かぶのはナチの絶滅収容所でしょう。第二次大戦中にドイツ支配地域で多数のユダヤ人や同性愛者、マイノリティが抹殺されました。西洋文明の中心部でこのような野蛮な企てが起きたことは世界を震撼させ、徹底的な追及と断罪が行われました。しかし、この悪夢のような歴史の一幕は、それ以外の強制収容所の存在を矮小化することにもなりました。強制収容所はどのようにして始まったのか?いまはもう存在しないのか?アンドレア・ピッツァーは、強制収容所とは「民間人を裁判なしに大量に拘禁すること」だとして、その包括的な歴史の記述を試みました。強制収容所は植民地支配の一環として誕生しました。ピッツァーによれば、19世紀末、植民地の反乱に手を焼いたスペインがキューバ植民地に最初に導入しました。ゲリラ軍に利用されないように農村の人々を強制移住させ収容所に押し込めたのです。でも収容所の環境は劣悪で死者が続出しました、当時、米国の新聞はこの惨状を大々的に報じてスペインを非難し、米西戦争に導く世論を醸成しました。でも、スペインから引き継いだフィリピン殖民地では、米国自身が同じような強制収容所を建設することになりました。植民地の抵抗に悩む他の国々もこの手法を取り入れ、世界各地に広がることになりました。イギリスはケニアで、フランスはアルジェリアで、米国はベトナムで村人の強制収容を行いました。一方、これと対となるものとして、ピッツァーは共産圏の強制労働収容所を挙げています。第一次世界大戦後は欧州にも強制収容所が広がりました。ロシアで革命政府がつくった強制収容所が後にグラークに発展しソ連各地で膨大な数の人々が収容されました。そして第二次大戦後は東欧にも類似のシステムが広がりました。現在も強制収容所に相当するものは見つかります。ピッツァーはその事例として、グアンタナモ収容所やミャンマー(ビルマ)のロヒンギャ難民キャンプの実態を挙げています。今日、移民排斥やマイノリティ憎悪が世界中で高まる中で、異質な集団とされる人々の強制収容を許容するような風潮が懸念されます、(中野真紀子)
*アンドレア・ピッツァー(Andrea Pitzer):ジャーナリスト、作家。One Long Night: A Global History of Concentration Camps(『長き一夜 強制収容所の全貌』)の著者
第119号(2018.2.28)
トランプランドのマイケル・ムーア(2016.11.4/7.放送)
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トランプ政権の下で行政システムの混乱と破壊が続いています。トランプの人格問題は枚挙に暇がありませんが、そもそもなんだってこんな人物が大統領に選ばれてしまったのでしょう? 2016年の選挙の直前に映像作家のマイケル・ムーアが語った、トランプ当選の決め手になったといえる米国の「ブレグジット州」有権者の心情は、いま聴き返しても本当に説得力があります。米国の大統領選挙で勝敗を決めるのは少数のスウィング・ステートの投票結果ですが、2016年の選挙では、ミシガン、オハイオ、ペンシルバニア、ウィスコンシンが鍵を握りました。これらの州はラストベルトと呼ばれる脱工業化の進んだ地域です。かつては自動車産業など製造業と重工業で繁栄していましたがグローバル化の影響を受けて急速に衰退し、白人労働者たちは中流層から転落しました。失業と貧困、家庭崩壊、社会保障の破綻、都市のスラム化と、散々な目にあってきたのです。彼らはトランプ候補の乱暴な主張に従来の政治家とは違うものを感じ取り、その破壊力を使って自分たちの人生を台無しにした現行システムへの恨みを晴らしたいのだとムーア監督は言います。選挙制度を使って合法的に「人間火炎瓶」トランプを投げつけ、システムごとぶっとばせ! もちろん結果が出た後は、彼らも英国の有権者と同じように後悔しますが、もう手遅れです。民主党は、ロシアの選挙介入なんて話のすり変えはやめて、この敗北の意味をきちんと受け止めるべきです。(中野真紀子)
*マイケル・ムーア(Michael Moore): アカデミー賞受賞の映画作家。最新の作品は『トランプランドのマイケル・ムーア』
第118号(2018.1.31)
トランプ政権は人類存続への脅威(2017.1.2放送)
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一年前に放送されたお正月特番です。デモクラシー・ナウ!は2016年に20周年を向かえ、12月5日に盛大な記念行事を行いました。ノーム・チョムスキーとハリー・ベラフォンテという超大物アクティビストが初めて同じ舞台にのぼって対談し、パティ・スミスが歌で盛り上げるという豪華な催しでした。チョムスキーの講演は大番狂わせの大統領選挙から1カ月も経たない時期で、来るべきトランプ政権にみな戦々恐々としていました。そんな中でいち早くチョムスキーが指摘したのは、トランプと共和党が気候変動という科学的事実を否定し、前年にようやく合意に漕ぎ着けた国際的取り組みを台無しにして、人類全体を存亡の危機に陥れることの危険性でした。気候変動が引き起こす異常気象や自然災害は世界中で多数の人々の生活圏を奪います。大量の難民の発生や、水資源をめぐる国家間の争いは、インド・パキスタン間の緊張のように核保有国が絡む場合、世界全体を巻き込む終末的な破局をもたらしかねません。自然環境の崩壊と核戦争という人類の存続を脅かす二大リスクが一点に収斂するのです。巨視的に見れば、ここ数十年で顕著になった米国の国際的な孤立が加速しているのだとチョムスキーは指摘します。講演から後の一年は、チョムスキーの指摘が極めて正しかったことを証明するものとなりました。自由世界の盟主として世界一の富と武力を誇ってきた米国の覇権は、もはや見る影もありません。中国の封じ込めに失敗し、頑なに中国やキューバに敵対することは従来の同盟国の離反を招きそうです。経済的にも米国の優越性は低下しています。しかし、国家としての米国の力が衰える一方で、米国の民間企業はいまだに世界の富の半分を所有しています。民間企業の所有者だけが豊かになり、その活動を支える国や国民はどんどん落ちぶれていく21世紀のグローバル資本主義の姿がそこに浮かび上がります。(中野真紀子)
*ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)世界的に有名な反体制政治活動家、マサチューセッツ工科大学(MIT)名誉教授、言語学者、著述家
第117号(2017.12.31)
反基地から脱植民地へ(2017.8.311放送)
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米朝間の軍事緊張の高まりで、ミサイルの標的として名指しされた西太平洋の島グアムでは、米軍基地を抱えることのリスクが浮き彫りになり、島の要塞化への反発、ひいては自分たちの不完全な法的地位についての不満が増大しています。グアムも沖縄も第二次世界大戦の戦場となり、日本軍を駆逐した後に米国の大規模な基地が築かれました。太平洋の諸島部は米軍にとって東アジア全域における優位を確保するために不可欠の重要拠点なのです。しかし沖縄と違って、グアムは米国の領土です。それなのに住民の意思を連邦政府に反映される手段はほとんどありません。大統領選挙には投票できず、連邦下院に一人だけ送られるグアムの代議員には票決を左右する力がありません。要は海外領土という名の植民地支配が続いており、完全な統合も、独立も許されないのです。グアムの非民主的な状態は、米国にはずいぶんと都合の悪い秘密です。米国が世界中に展開する海外基地は自由と民主主義を守るためのはずですが、その基地は民主主義の圧殺によって維持されています。沖縄も同様に、何度選挙で拒絶の意思を示しても、中央政府の方針は変わらず、不平等感のみが募ります。民主主義を守るために民主主義を殺すという自家撞着に陥っているようです。(中野真紀子)
*リサリンダ・ナティビダド(LisaLinda Natividad):グアム平和正義連合会長、グアム脱植民地化委員会のメンバーでグアム大学の教授
*デイビッド・バイン(David Vine):『米軍基地がしてきたこと』の著者。アメリカン大学の准教授、文化人類学
第116号(2017.11.3)
NOでは足りない(2) 下からの反乱(2017.6.13放送)
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ナオミ・クラインの新著『NOでは足りない』のインタビュー、パート2です。このところ幾つかの国の選挙で、従来の候補者とは違い明白な反緊縮政策を掲げた候補が、下からの民衆運動に押し上げられる形で予想外の大健闘を見せました。米国では民主党大統領候補の指名をめぐって本命とされるヒラリー・クリントンと熾烈な戦いを繰り広げたバーニー・サンダース上院議員。選挙後は民主党の執行部に入り、草の根キャンペーンで培ったネットワークを生かした活躍が期待されていますが、ここに来てトランプ政権の出現を許したのは民主党上層部の「完全な失敗政策」と明白に批判し始めました。英国ではメイ首相が仕掛けた不意打ち総選挙で、ジェレミー・コービンの労働党が若者から熱烈な支持を受けロックスター並みの選挙戦を繰り広げて大幅に議席を伸ばし、保守党を過半数割れに追い込みました。フランスの大統領選挙では左翼党のジャンリュック・メランション候補が、ラディカルな富の再分配を唱えて急速に支持を集め、極右の国民戦線を率いるマリー・ルペンに2ポイント差まで迫りました。いずれも政権には手がとどかなかったものの、この何十年「この道しかない」としてたとえ政権が変わっても続いてきたネオリベ政策に対し、ようやく本物の選択肢が明確に示されたことは大きな希望です。それを支えたのは既存の政党政治にうんざりした民衆の下からの反乱です。日本でも遅まきながらようやく市民の力で押し上げられた政治勢力が生まれてきました。希望の種は蒔かれましたが、与党の圧勝でまだ等分は国会も国民も無視した国の破壊が続く見込みです。クラインも指摘するように、このまま経済や社会の破壊が進めばネオナチが台頭する土壌が整うことが心配です。(中野真紀子)
*ナオミ・クライン(Naomi Klein):ジャーナリスト、『インターセプト』のシニア・コレスポンデント。『ブランドなんか、いらない』、『ショック・ドクトリン──参事便乗型資本主義の招待を暴く』、『これが世界を変える──資本主義VS.気候変動』などの著者。この番組が放送された2017年6月13日に新刊No Is Not Enough: Resisting Trump's Shock Politics and Winning the World We Need(『NOでは足りない──トランプのショック政治に抵抗し我々に必要な世界を勝ち取るために』)をリリースした。
第117号(2017.12.31)
反基地から脱植民地へ(2017.8.11放送)
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米朝間の軍事緊張の高まりで、ミサイルの標的として名指しされた西太平洋の島グアムでは、米軍基地を抱えることのリスクが浮き彫りになり、島の要塞化への反発、ひいては自分たちの不完全な法的地位についての不満が増大しています。グアムも沖縄も第二次世界大戦の戦場となり、日本軍を駆逐した後に米国の大規模な基地が築かれました。太平洋の諸島部は米軍にとって東アジア全域における優位を確保するために不可欠の重要拠点なのです。しかし沖縄と違って、グアムは米国の領土です。それなのに住民の意思を連邦政府に反映される手段はほとんどありません。大統領選挙には投票できず、連邦下院に一人だけ送られるグアムの代議員には票決を左右する力がありません。要は海外領土という名の植民地支配が続いており、完全な統合も、独立も許されないのです。グアムの非民主的な状態は、米国にはずいぶんと都合の悪い秘密です。米国が世界中に展開する海外基地は自由と民主主義を守るためのはずですが、その基地は民主主義の圧殺によって維持されています。沖縄も同様に、何度選挙で拒絶の意思を示しても、中央政府の方針は変わらず、不平等感のみが募ります。民主主義を守るために民主主義を殺すという自家撞着に陥っているようです。(中野真紀子)
*リサリンダ・ナティビダド(LisaLinda Natividad):グアム平和正義連合会長、グアム脱植民地化委員会のメンバーでグアム大学の教授
*デイビッド・バイン(David Vine):『米軍基地がしてきたこと』の著者。アメリカン大学の准教授、文化人類学
第115号(2017.10.30)
NOでは足りない(1) ホワイトハウスのブランド化(2017.6.13放送)
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6月に緊急出版されたナオミ・クラインの新著は、トランプ政権の誕生という米国社会の一大ショックに対する危機感から大急ぎで執筆されました。トランプのショック政治について理解し、これから起きるはずのことにどう身構えるべきかを説いたタイムリーな一冊です。新著を紹介する長編インタビューを、2回に分けて紹介します。パート(1)は、トランプ大統領がやっているのは「政治ではなく、ブランド作りです」と看破する、政権の本質にするどく迫る部分です。クラインの出世作『ブランドなんか、いらない』で展開された「中身のない空洞ブランド」の考えが応用されています。1980年代から登場するスーパー・ブランドは、大企業が製品で勝負するのをやめ、ひたすらブランド価値を追求する事業モデルであり、この切り替えが製造業を空洞化させたと彼女は指摘しました。同じようにドナルド・トランプも、ある時から旧来の不動産ビジネスをブランド・ビジネスに転換し、「おれ様がボスだ」のトランプ・ブランドの構築にまい進してきました。この転機となったのが、テレビのリアリティー番組『アプレンティス』への出演だとクラインは指摘します。弱肉強食のネオリベ資本主義の非情な格差ドラマをテレビで放送するという着想で、「権力には富がついてくる」という基本理念をぶち上げたトランプの番組は、彼が世界最強の権力を手にしたことで、シュールな現実を生み出しました。現職大統領の地位とトランプ・ブランドが融合し、ホワイトハウスが完全な金儲けの手段と化しています。(中野真紀子)
*ナオミ・クライン(Naomi Klein):ジャーナリスト、『インターセプト』のシニア・コレスポンデント。『ブランドなんか、いらない』、『ショック・ドクトリン──参事便乗型資本主義の招待を暴く』、『これが世界を変える──資本主義VS.気候変動』などの著者。この番組が放送された2017年6月13日に新刊No Is Not Enough: Resisting Trump's Shock Politics and Winning the World We Need(『NOでは足りない──トランプのショック政治に抵抗し我々に必要な世界を勝ち取るために』)をリリースした。
第114号(2017.9.6)
この旗は今日、降ろされる(2015.7.6放送)
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8月半ばシャーロッツビルの白人ナショナリストの大集会でカウンター・デモ参加者に死傷者が出た事件は、双方に問題があったとするトランプ大統領の発言への反発もあって、余波が続いています。事件の直接のきっかけは、南北戦争時の司令官ロバート・リー将軍の銅像を市の公園から撤去するという計画への反発です。銅像の撤去は、このところ米国の各地で起きている、南部連合の旗や肖像を公共の場から撤去する動きの一環です。その背景には警察官による黒人への不当な暴力や殺人が繰返され、処罰されずにまかりとおってきたことに業を煮やした人々の。人種差別の染み付いた制度への怒りがあります。それは2014年のファーガソンの騒乱や2015年のボルチモアの暴動となって爆発し、「黒人の命も大切」という持続的な運動も生まれました。トランプ大統領はリー将軍像の撤去に「国家の歴史と文化がずたずたにされる」と嘆いていますが、南部連合を称える旗や銅像は歴史の記念物などではなく、1880年代以降の人種隔離政策とともに設置されるようになった白人至上主義とシンボルであり、人種融合を訴える運動を恐怖によって押さえつける道具として使われてきたと認識されているのです。2015年6月にサウスカロライナ州議会の議事堂に掲揚されていた南軍旗を、旗竿によじ登って引きずり降ろした黒人女性ブリー・ニューサムのインタビューが、なぜ旗や銅像が撤去されなければならないのかを明確に説明しています。(中野真紀子)
*ブリー・ニューサム(Bree Newsome):2015年6月27日、サウスカロライナ州の州議事堂の敷地内に掲げられた南軍旗を約9メートルの旗竿によじ登って引き降ろした後、逮捕された黒人女性。
*ジェイムズ・タイソン(James Tyson):ブリー・ニューサムが南軍旗を引き降ろすのを手伝った男性。ニューサムと共に逮捕された。
第113号(2017.8.28)
超秘密主義のサービス貿易協定(2014.6.20放送)
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新サービス貿易協定(TiSA)は、2013年からWTOのあるジュネーブで協議されているサービス貿易に関する多国間協定です。TPPに輪をかけた秘密主義で、あまり知られていませんでしたが、2014年6月にウィキリークスが金融関連部分(金融サービス付帯条項)の秘密草案を公開したことで関心が集まり、同月28日には日本の外務省も交渉の概要を公開しました。TPPは環太平洋の17カ国ですが、TISAにはEU28カ国を含め約50カ国が参加しており、世界貿易の7割を占める極めて重要な貿易協定です。この交渉の狙いはなんなのでしょうか?パブリック・シチズンのロリ・ウォラックの見方によれば、今回のリークで明らかになった金融サービス条項の狙いは、たんに各国が今後は新たな金融規制を設けることをいっさい禁止するだけではありません。2008年の世界金融危機を受けて再び強化された各国の金融規制を反故にして、それ以前の規制緩和のピークの状態に引き戻し、永遠にその状態で固定することを企んでいるのだそうです。当時のゆるゆる規制が金融市場をギャンブル場に変え、世界中を金融危機と景気後退に陥れたというのに、再びそこに戻そうとするとは、まったく懲りない人たちです。おまけに彼らは責任を取りません。そんな危険な提案をしておきながら、交渉の中でどの国がなにを提案したのか、それぞれの条文をどのように解釈したのかなど具体的な経緯については、合意が成立してから5年の間は公開されません。いきなり最終版が提示されるだけで、そこにいたる議論も知らされぬまま、個別の文言の解釈についてのはWTO法廷にゆだねられ、ここで協定違反と判断されれば各国の規制は変更させられます。このような秘密主義で覆われた主権の侵害の企ては、参加国のすべての住民の基本的権利を脅かすものです。TPPは米国の離脱で頓挫したように見えますが、米国の産業界があきらめるとはとうてい思えません。まだまだ要注意です。(中野真紀子)
ロリ・ウォラック(Lori Wallach): パブリック・シティズンのグローバル・トレード・ウォッチ代表。The Rise and Fall of Fast Track Trade Authority(『貿易促進権限の盛衰』)の著者。
第112号(2017.7.25)
リベラルのジレンマ(2016.8.4放送)
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連日「危機」が報道されるトランプ政権ですが、それに対抗するリベラル陣営は昨年の選挙戦での亀裂がいまだに尾を引いているといわれます。選挙当時を振り返ってみましょう。主党の予備選は当初から本命視されてきたヒラリー・クリントン候補を、傍系のバーニー・サンダース候補が「革命」を標語に草の根運動を起こして激しく追い上げ、最後まで撤退しませんでした。結局ヒラリーが勝利を収めましたが、党執行部が最初からヒラリーに肩入れして不正工作をしていたことが告発されるなど、バーニー支持者の間には敗北を受け入れ難い気持ちが強く残りました。7月月26日~28日に行われた党大会では、バーニーがヒラリー支持で一致団結しようと呼びかけましたが、既存支配体制を代表し好戦的な外交政策を展開するに違いないヒラリーを積極的に支持する材料はありません。あるのはただ、リベラル派にとってはトランプ候補が掲げる政策がヒラリーよりも受け入れがたいという、より悪い事態を避けるための戦術的な選択のみです。思えば、こうした構図はいま始まったものではなく、二大政党の枠組みの中でつねに繰り返されてきたものです。リベラル陣営が陥っているジレンマについて、ジャーナリストのクリス・ヘッジズと、元労働長官ロバート・ライシュがするどい討論を交わします。。(中野真紀子)
*クリス・ヘッジズ(Chris Hedges):ピュリツァー賞受賞ジャーナリスト、作家、活動家。最新作はWages of Rebellion: The Moral Imperative of Revolt (『反逆の対価 反抗の道徳的必要性』)
*ロバート・ライシュ(Robert Reich):ビル・クリントン政権で労働長官を務め、現在はカリフォルニア大学バークレー校の教授。新著はSaving Capitalism (『資本主義を救済する』)
第111号(2017.5.25)
学生ローンは第二の住宅バブル(2013.8.20放送)
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米国の大学の学位取得のための費用は過去30年で1120%も高騰し、食品や医療、住宅など他の生活必需品の物価上昇率をはるかに上回っています。学生向けの教育費ローン(学生ローン)の貸付総額は1兆3000億ドル近くにも達し、第二の住宅バブルとまで呼ばれて経済を脅かす要因になっています。増え続ける学生ローン貸出額は、大学の授業料の高騰と裏腹の関係です。政府による学生への直接貸し付けが始まって以来、打ち出の小槌のような無限の信用供与が歯止めのない学費の引き上げを可能にしてきました。あまりの学費の高騰は、卒業後の就職と収入の見込みと比較してもはや合理性のないレベルに達しており、すでに2012年に連銀が指摘していたように、バブルの兆候を示しています。学生ローンバブルが若者を食い物にし、国の教育制度そのものを脅かしている状況は、動画「大学は行く価値があるのか? 新作映画が描く高等教育機関の持続不能の支出と学生ローン」で取り上げましたが、今回は問題の根源である政府の直接貸し付けの問題点を取り上げてみました。(中野真紀子)
*マット・タイビ(Mat Taibi):『ローリングストーン』誌の政治記者
第110号(2017.4.23)
移民が「不法」になったわけ(2014.5.30放送)
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米国は「移民の国」です。なのに、なぜ今これほど多くの人々が「不法移民」として国外退去処分におびえながら暮らしているのでしょうか。20世紀前半には新移民への排斥感情が高まり、出身国別の移民枠が設けられた時期もありましたが、60年代には公民権運動の高まりを反映して人種を理由にした制限枠は撤廃されました。しかし、それと入れ替わるようにして、「不法移民」の激増が大きな問題として浮上してきました。その大半はメキシコ国境を越えてくるラティーノです。いまや1200万人に達するといわれるラティーノ移民は米国経済を支える不可欠の労働力ですが、その多くが正式な滞在許可を持っていません。中南米を専門とする歴史学者アビバ・チョムスキーは、メキシコ人移民が「不法」になった経緯を、米国の移民政策の人種偏見と安価な労働力を求める経済圧力の視点から、明瞭に解き明かしてくれます。とりわけ鋭いのは、不法滞在のレッテルを張ることで犯罪者の立場におかれ、諸権利を奪われているラティーノ労働者の状態を、ちょうど大勢の黒人が麻薬所持などの微罪で投獄され、犯罪歴を理由に市民権を奪われているのにそっくりだと指摘しているところです。3年前のインタビューですが、これを聞くと、メキシコ国境に壁を築くなんていうトランプの無茶な公約も、これまでの一貫した「移民の犯罪化」政策の流れにそった単なるワルノリのように見えてきます。(中野真紀子)
*アビバ・チョムスキー(Aviva Chomsky):マサチューセッツ州のせーラム州立大学の歴史学教授で、ラテンアメリカ研究コーディネーター。Undocumented: How Immigration Became Illegal(『在留資格なし──移民はいかにして非合法になったか』)の著者。同じ題材の前著は"They Take Our Jobs!" and 20 Other Myths about Immigration(『職を奪われる!に始まる移民に関する21の神話』)
第109号(2017.3.31)
大麻ビジネスに乗り遅れる黒人(2016.4.22放送)
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日本では医療用も含め大麻はご法度ですが、世界のトレンドは取締りを止めようという方向です。特に米国では、昨年11月の総選挙と同時に行われた各州の住民投票で合法化が一気に進み、現在は28の州と首都ワシントンで大麻が解禁され、うち9の州では嗜好品としての大麻もOKです。娯楽目的の大麻を最初に合法化したコロラド州では、大麻薬局が大賑わいで、いまや大麻は国内屈指の成長分野と目されています。これを見て複雑な思いを抱くのは、長年にわたり麻薬取締りの標的にされてきた黒人たちです。膨大な数の黒人の若者が薬物などを理由に投獄され、その後の人生を二級市民として送る現状を、刑務所の形を借りた奴隷制度だと看破した人々は、大麻ビジネスで白人たちが大儲けを狙う一方で、黒人の参入には、薬物犯罪の履歴があれば門前払いな上に、これまで植えつけられてきた大麻への否定的なイメージなど、大きな障壁があることに憤りを禁じえません。またもや繰り返される社会的不正を、コロラド州初の黒人女性の大麻薬局オーナーであるワンダ・ジェイムズが鋭く指摘します。(中野真紀子)
*ワンダ・ジェイムズ(Wanda James):カリフォルニア州デンバーの大麻薬局シンプリー・ピュアの最高経営責任者で大麻グローバルイニシアチブの代表
第108号(2017.2.27)
アメリカの急進派 I.S.ストーン-2(2009.6.18放送)
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アップリンクで上映される新作カナダ映画『すべての政府は嘘をつく』の公開に併せて、この映画の基調に据えられた調査報道ジャーナリスト、I.F.ストーンについて、彼の生涯、時代背景、思想をたっぷり語った番組を、2部に分けてお届けします。
稀代の調査報道ジャーナリスト、I.F.ストーンを語る2009年の長編インタビューの後半です。ここではストーンの思想がより深く掘り下げられています。ベトナム戦争における政府の嘘の暴露、公民権運動との関わり、イスラエル・パレスチナ問題との関わりと、いずれも問題に対する彼の立ち位置や報道に対する考え方がよく示される例です。また、最後には本人が語る古い映像をパシフィカ・ラジオのアーカイブから紹介しています。告発ジャーナリズムが米国における「言論の自由」の伝統に根ざしていること、巨大な軍事機構を持つことが米国が戦争をする原因になっているという指摘など、現在にも通用する鋭い指摘をしています。「急進派ジャーナリスト」を自称したI.F.ストーンは、20世紀アメリカを代表する調査報道記者でした。学究的とさえいえる緻密で徹底した調査によって政治スキャンダルを暴く独特のスタイルで、報道界に大きな影響を与えました。60年にわたる活動を通じて取り上げた問題は、ニューディール政策、第二次世界大戦、マッカーシズム、冷戦世界大戦、イスラエル=パレスチナ問題、公民権運動、ベトナム戦争と多岐にわたります。ストーンの伝記を上梓した作家 D.D.ガッテンプランに、この稀代のジャーナリストの生涯について訊きます。(中野真紀子)
*D.D.ガッテンプラン (D.D. Guttenplan) ネイション誌のロンドン特派員で、I.F.ストーンの伝記American Radical: The Life and Times of I.F.Stone(『アメリカの急進派 I.F.ストーンの生涯とその時代』)を書いた。
第107号(2017.1.31)
アメリカの急進派 I.S.ストーン-1(2009.6.18放送)
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アップリンクで上映される新作カナダ映画『すべての政府は嘘をつく』の公開に併せて、この映画の基調に据えられた調査報道ジャーナリスト、I.F.ストーンについて、彼の生涯、時代背景、思想をたっぷり語った番組を、2部に分けてお届けします。
「急進派ジャーナリスト」を自称したI.F.ストーンは、20世紀アメリカを代表する調査報道記者でした。学究的とさえいえる緻密で徹底した調査によって政治スキャンダルを暴く独特のスタイルで、報道界に大きな影響を与えました。60年にわたる活動を通じて取り上げた問題は、ニューディール政策、第二次世界大戦、マッカーシズム、冷戦世界大戦、イスラエル=パレスチナ問題、公民権運動、ベトナム戦争と多岐にわたります。有名な自費出版の個人ジャーナル『週刊I.F.ストーン』を始めたきっかけは、マッカーシー時代の言論弾圧の中で、公的医療保険の導入を阻む医療業界のボスを果敢に批判してマスコミから追放されたことでした。その結果は、先進国で唯一、今日に至るまで公的医療保険制度を持てない不幸な米国市民です。ストーンのような忌憚のない報道を主流メディアから排除することが、いかに危険であるかを、これがよく物語っています。たった一人の手で4千部から出発した『週間IFストーン』は、最盛期の1960年代には発行部数約7万のを記録するまでになりました。しかし、そのあいだ中ずっと、ストーンにはFBIの尾行がついていたのです。ストーンの伝記を上梓した作家 D.D.ガッテンプランに、この稀代のジャーナリストの生涯について訊きます。(中野真紀子)
*D.D.ガッテンプラン (D.D. Guttenplan) ネイション誌のロンドン特派員で、I.F.ストーンの伝記American Radical: The Life and Times of I.F.Stone(『アメリカの急進派 I.F.ストーンの生涯とその時代』)を書いた。
第106号(2016.12.31)
アイスランドの海賊党(2016.4.6放送)
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租税回避地に置かれた隠し資産が記された「パナマ文書」の報道は世界を震撼させましたが、真っ先に辞任に追い込まれたのがアイスランド首相だったことは、この国の過去と密接に関係しています。極北の国アイスランドは金融立国をめざし、高金利を餌に外国資本を呼び込んで金融部門を異常に肥大させました。アイスランドの銀行が扱うハイリターンの金融派生商品は、租税回避地の存在と表裏一体のハイリスク投資でした。それゆえ2008年のリーマンショックと国際金融危機の影響をモロに受け、まっ先に通貨暴落と金融危機で国家経済が破綻しました。この危機に際してアイスランドが選択した道はギリシャとは異なり、税金を使った銀行救済を拒絶し、銀行を破綻させて納税者を守ることでした。債権者の多くが外国人投資家であり、彼らの資産をアイスランドの納税者が肩代わりするいわれはないからです。これは国際的な非難を浴びましたが、わずか数年でアイスランド経済は復活し、この方法の正しさを証明することになりました。こうした措置を可能にした背景には、経済破綻をきっかけにウィキリークスによる不正暴露で目覚めた市民たちの大規模な抗議運動があり、グローバル金融体制と結んだ既存の政治を追い払ったのです。今回の首相の辞任劇は、そうした一連の経緯に対する裏切りとみなされ市民の怒りを買いました。一方、アイスランド海賊党は、市民の抗議運動の中から生まれました。民衆の手に権力を取り戻し、政府情報の開示を推進し、ネット社会の現実に即した政治の仕組みを築くための根本的な変革を求める未来志向の政党です。10月の選挙では第一党にはなれませんでしたが、着実に勢力を伸ばしました。海賊党に支持が集まるアイスランドは、世界の最先端を走っているようです。(中野真紀子)
*アイスランド国会議員、海賊党の代表。ウィキリークスに協力し、米軍ヘリによるイラク民間人銃撃ビデオの公開に尽力。米捜査当局がツイッター社に彼女のアカウント情報を請求したことを知り、捜査情報の開示を求め、2013年国防権限法に異を唱える著名人の集団訴訟に参加。先端的な情報公開法制IMMIについては、DVD17巻の「アイスランドは情報天国を目指す」に収録
第105号(2016.11.17)
優生保護運動の先駆者は米国(2016.3.17放送)
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ドナルド・トランプが大統領選を制した直後から、米国各地でマイノリティに対するヘイトクライムが急増しています。民主党が自滅ともいえる大敗北を喫し、これまでリベラルに抑え込まれていた白人至上主義が一気に噴出した感があります。グローバル化で転落する白人中流層の不満を移民叩きによってすくい上げるトランプの手法が招いたものではありますが、その背景には米国社会に根深く染み付いた人種差別主義の伝統があることも忘れてはいけません。優生学といえば悪名高いナチスの断種法と人種政策が真っ先に思い浮かべがちですが、じつは他に先駆けて断種法を成立させ、数万人の人々に不妊手術を強制した国は米国でした。米国は当時の優生学の中心地であり、推進者の中にはナチの科学者と密接に連絡を交わし、彼らの人種政策に助言を与えていた者もいたのです。1920年代から30年代にかけて、優生学思想は米国のエスタブリッシュメントのあいだに広く浸透し、大統領や最高裁判事といった指導的立場にある人々にも熱心に支持されていました。このような過去の事実が現在あまり知られていないのは、都合の悪い過去については口をつぐむという「臭いものに蓋」的な態度のせいです。それを端的に示すのが、断種法を合憲とした1924年の最高裁判決に関与したエリート裁判官たちや、この恥ずべき判決についての、その後の扱いです。この判決が今も正式には覆されておらず、口に出せない本音として温存されていることが、米国社会の病根の一つにつながっているようです。現在の米国の状況を考える上で、たいへん示唆的なインタビューです。(中野真紀子)
*アダム・コーエン(Adam Cohen):Imbeciles: The Supreme Court, American Eugenics, and the Sterilization of Carrie Buck(『知的障害者:米最高裁、米国の優生学とキャリー・バックへの不妊手術』)の著者で、元ニューヨーク・タイムズ紙の編集委員、元タイム誌の特別編集員。現在は、TheNationalBookReview.comの共同編集者
第104号(2016.9.30)
日系米国人強制収容の記憶(2016.4.11放送)
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知っているようで知らない日系アメリカ人の歴史。第二次大戦中の強制収容がいかに不当なものであったかは、一般のアメリカ人はもとより、日本に住む我々の多くも詳細は知りません。じつは日系アメリカ人にとっても、被害に遭った親の世代が口を閉ざしてしまったせいで過去は闇に葬られてしまったようです。三世や四世の時代になってようやく本格的な過去の掘り起しの気運が起こり、何が本当に起きたのかを開明すべく忌憚のない議論が始まりました。「アメリカの強制収容所」と題する展覧会の記録を見ると、第二次大戦中の欧州のユダヤ人の体験と米国の日系人の体験を重ね合わせるような企画もあったようです。ユダヤ系の人々が強制収容所の体験に強烈な執着を示すのとは対照的に、日系の人々は過去の迫害体験を忌み嫌うあまり、冷淡と忘却に逃げ込んだようです。体験そのものを知ることも重要ですが、それに対峙する姿勢について比較してみることも、自分たちが何者かを知る手がかりですね。一方、軍事的脅威をでっちあげて通常の司法手続きを回避し、少数移民の財産を奪った暴挙を推進した張本人が、進歩的な政策で知られるフランクリン・ルーズベルト大統領だったこと、それを支えたのがアメリカ自由人権協会の重鎮ロジャー・ボールドウィンだったことなどは、アメリカのリベラル派が後世に遺した負の遺産になりかねません。(中野真紀子)
*カレン・イシズカ(Karen Ishizuka):ロサンゼルスでアジア系アメリカ人の運動にかかわる日系三世。全米を巡回した"America’s Concentration Camps: Remembering the Japanese-American Experience"(アメリカの強制収容所:日系アメリカ人の体験を語り継ぐ)展のキュレーターを勤めた。Lost and Found: Reclaiming the Japanese American Incarceration(『遺失物 日系アメリカ人強制収容の記憶を取り戻す』)の著者。近著はServe the People: Making Asian America in the Long Sixties(『人民のために尽くす:怒涛の60年代におけるアジア系アメリカ人の誕生』)。
*リチャード・リーブズ(Richard Reeves):The Shocking Story of the Japanese-American Internment in World War II(『汚点:第2次世界大戦中の日系アメリカ人収容をめぐる衝撃の真実』)をはじめ多数の著作を持つベストセラー作家。南カリフォルニア大学のアンネンバーグ・コミュニケーション学部の上級講師。
第103号(2016.8.29)
祭りをダシにする惨事資本主義(2016.6.1放送)
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現代のオリンピックは開催都市にとって悪魔の抱擁。お祭り騒ぎに税金を蕩尽した後には、巨額の赤字と公共サービスの低下、経済の停滞が待ち構えています。ブラジルの場合はすでに経済が危機的状況に陥り、政治は大統領弾劾で大混乱、おまけにジカ熱が猛威を振るうという最悪の状態ですが、それでも競技は敢行されました。どうして国民をほったらかしてまで五輪を成功させなければならないのか、この理不尽を回避する手だてはないのか、とっても気になります。明日はわが身の東京ですから。二人のゲストを迎え、オリンピックの歴史を検証しながら、近年における変質の本質と、将来に向けた変革の可能性について語り合います。特にジュールズ・ボイコフが唱える「祝典便乗型資本主義」という説明は、ナオミ・クラインの「惨事便乗型資本主義」論を一歩進めた補完理論として、たいへん説得力があります。すでに惨事便乗型の略奪で緊縮財政を強いられ、しみったれた生活にうんざりした人々は気晴らしを必要とします。そこで気分がぱっと明るくなるような巨大スポーツイベントが提供されるのですが、そこには、またしても企業が群がり、公金で賄われるおいしい受注のつかみ取りが始まり、当初の予算はすっかり別のものに書き換えられてしまいます。膨大な借金で財政はさらに逼迫し、破綻すればはげたかファンドの餌食。こんな、ぞっとするような構図には陥らないように、しっかり見張っていかなければ。必見のインタビューです。(中野真紀子)
*デイブ・ザイリン(Dave Zirin):雑誌『ネイション』のスポーツ欄編集主任。Brazil’s Dance with the Devil: The World Cup, the Olympics, and the Fight for Democracy(『悪魔と踊るブラジル:ワールドカップ、オリンピックと民主主義への闘い』)の著者
*ジュールズ・ボイコフ(Jules Boykoff):オレゴン州のパシフィック大学の政治学教授。Power Games: A Political History of the Olympics(『パワー・ゲーム オリンピックの政治史』)の著者。
第102号(2016.7.10)
1兆ドルの核兵器刷新計画(2016.4.13放送)
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オバマ大統領の歴史的な広島訪問に先立ち、4月11日ジョン・ケリー氏が現職の米国国務長官としてはじめて原爆被災地の広島を訪問しました。ケリー氏も「核なき世界」の実現に向けて力を尽くすという決意を語りましたが、実際の政策を見ると、米国のやっていることは新たな軍拡競争の幕開けにつながりかねません。今後30年間で1兆ドルをつぎ込み、保有核兵器を小型化し、精度を上げて、実戦に使えるものに置き換えていく計画です。しかし、被害が局地的に限定されるからといって核戦争の危険は減少するとは限りません。破壊力の大きさゆえに「張子の虎」だった大型核兵器よりも、実際に使用できる小型核兵器のほうが、報復攻撃や先制攻撃の可能性を考えれば何倍も危険ではないでしょうか。米国の核兵器刷新計画について報告書を出した「核の説明責任を求める市民団体連合」から、著者の一人マリリア・ケリーに聞きます。(中野真紀子)
*マリリア・ケリー(Marylia Kelley):トライバレー・ケアーズ(Tri-Valley CAREs:放射能環境に反対するコミュニティ)の代表。同団体は最近、Alliance for Nuclear Accountability(核の説明責任を求める市民団体連合)と連携してTrillion Dollar Trainwreck(1兆ドルの大惨事) という報告書を発表し、オバマ政権が30年間で1兆ドルをかけて米国の核兵器庫を全面的に刷新する計画を進めていることを明らかにした。
第101号(2016.6.30)
人権とジェンダーが気候対策の鍵(2015.12.10放送)
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昨年12月にパリで開催された気候変動サミットは、2020年に失効する京都議定書の後を継ぐ新たな枠組みを定める超重要な会議でした。さまざまな対立はあったものの、最終的には「歴史的な合意」とメディアが絶賛するパリ協定が全196カ国の承認を得て採択されました。とはいえ会議の終盤に持ち上がった協定文中の「人権」と「ジェンダー平等」への言及をめぐる駆け引きは、合意の成立を危うくするような事態を招きました。最後の最後に妥協が成立し、両方の文言は前文に残ることになりましたが、この問題が紛糾したおかげで、「人権」と「ジェンダー」という文言がなぜ国際的な気候変動対策の基本原則として決定的に重要なのかが明快にされました。優れた気候対策は、単にCO2を効率的に削減すればよいということではなく、気候変動の被害に苦しむ地域の人々の生活環境全体を立て直す方向でなければいけません。特に見過ごされがちだった「ジェンダーの平等」という視点の重要性を中心に、元アイルランド大統領メアリー・ロビンソンが、パリ会議で議論された最新の論点を語ります。(中野真紀子)
*メアリー・ロビンソン(Mary Robinson):アイルランド共和国第7代大統領(1990~97)、国際連合人権高等弁務官(1997~2002)などを経て、2010年にメアリー・ロビンソン気候正義基金を設立。
第100号(2016.5.31)
租税回避が招く大惨事と対処法(2015.11.03放送)
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パナマ文書の衝撃以来、タックスヘイブンに注目が集まっています。そんな中で非常にタイムリーな映画が『我々が支払う代償』です。グローバルな租税回避システムの問題を深く掘り下げたこのドキュメンタリー映画を基に、さまざまな角度から問題を考察します。前半部分は企業の租税回避をめぐる英米の議会における聴聞会の様子です。アップル、グーグル、アマゾンといった名だたる巨大ネット企業の税金逃れの実態が追及されていきます。合法性を強調するのがこれらの企業の常套手段ですが、公共サービスは享受しながら税金は払わないという行為の反社会性は隠しようがありません。経済学からモラルの観点が消滅して久しいようですが、道徳哲学のない経済学はいったい何のために存在するのかが問われる時期にきたようです。放送時間からはみ出した第二部は、まだ字幕動画はありませんが、重要性に鑑み先に翻訳してしまいました。映画に登場する経済学者のトマ・ピケティ、社会学者のサスキア・サッセン、タックスヘイブンについての第一人者ニコラス・シャクソンなど、興味深い面々のコメントを手がかりに話を進めます。租税回避と格差拡大の関係、特に累進課税制度の衰退が中産階級や社会保障制度の崩壊を招き、19世紀のような階級社会への逆戻りが始まっているという考察、社会契約の崩壊、グローバルなタックスヘイブン・ネットワーク形成の歴史など、奥の深い話題が続きます。そして最後に、この状況に対処するため、いま何をすべきかという切実な問題提起も盛り込まれています。現代版の産業革命で産業構造は激変し、もはや20世紀と同じ徴税システムに戻ることはできません。21世紀の世界に通用する別の形の税制で累進課税を再建し、平等な社会を復活する必要があります。その決め手はロビンフッド税、すなわち金融取引税です。重要なことは、普通の人々が新税制について考え、要求する運動を作っていくことだと監督は言い、この映画をつくった動機をほのめかします。(中野真紀子)
*ハロルド・クルックス(Harold Crooks):・新作ドキュメンタリー映画『我々が支払う代償』の監督
*ジェイムズ・ヘンリー(James Henry):経済学者、法律家、タックス・ジャスティス・ネットワークの上級顧問。元マッキンゼー・アンド・カンパニーの主任エコノミスト。映画『我々が支払う代償』にも登場した。
第99号(2016.4.10)
市民が守る「ネットの中立」(2015.2.6放送)
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インターネットが企業利益の追求のために二層化してしまうところだったのを、反対する大勢の市民の声が止めました。インターネットを根本から変えることになる、この問題の深刻さや、ここに至るまでの紆余曲折については、この2014年の動画「マイケル・パウエルの置き土産とネット中立性を守るバトルの再開」を見るとよくわかります。オバマ大統領が任命した新FCC委員長トム・ウィーラーは、ケーブル業界やワイアレス業界を代表する大物ロビイストを務めた人物だったため、もはやネット中立性の原則は風前の灯火と思われていました。ところが、そのウィーラー委員長が2015年2月、180度の方向転換を見せ、「インターネットの中立」原則を守るためFCC史上最強の規制を導入する方針を打ち出しました。まさかの手のひら返しの背景には、FCCに殺到した400万人もの市民からのパブリックコメントがありました。かつてマイケル・パウエルFCC委員長がメディア所有規制の大幅緩和によるメディアの大統合を企てたときも、200万人の市民が反対意志を表明したため撤回に追い込まれました。今回はなんとその倍の数の市民が行動を起こし、業界の圧力を覆したのです。さすがアメリカだ、などと関心しているだけではいけません。米国だって普通の人には、「ネットの中立性」なんて抽象的すぎて魅力のない言葉です。こんな注目されにくい観念をわかりやすく説明し、ことの重大性を大勢に知らせる努力があってこそ、これだけの動員ができたのです。短期間のうちに大規模な運動を全国に巻き起こしていったメディア活動家や改革団体の努力には学ぶことが沢山あります。キャンペーンを組織してきた主要団体の一つ「フリープレス」のティム・カーは、ここ5年ほどでメディア改革運動は大きな盛り上がりをみせ、いまや米国のネット市民は一つの運動母体を形成するようになっていると指摘しています。マスコミ批判の一方で、こうした新メディアの支持母体を作り上げていく努力も重要ですね。(中野真紀子)
*ティム・カー(Tim Carr):メディア改革団体「フリープレス」の戦略担当シニア・ディレクター。FCCがネット中立性保護規制をめぐる採決を予定する2月26日に向け、「インターネット・カウントダウン」運動を、他の団体と共に組織した。
第98号(2016.3.30)
アレン・ダレスと米国の影の政府(2015.10.13放送)
字幕動画(第一部)
字幕動画(第二部)
第二次戦後のアメリカの国家体制で特徴的なのは「国家安全保障体制」、すなわち国家安全保障委員会(NSC)、CIA、国防総省、統合参謀本部といった新しい官僚機構がつくりだす半永久的な軍事動員体制です。アメリカという国家に脅威をもたらす可能性のあるものは全て先制攻撃で排除しなければなりません。国家安全保障の範囲も、最初は領土や軍事的なものでしたが、次第に経済的な安定や資源供給の確保、環境保全なども含むようになり、仮想敵とされるものも国家だけではなく、麻薬カルテルやゲリラに拡大しています。今日ではテロリストがそれに追加されました。しかし、こうした脅威に対抗する措置は、しばしば個人の自由や知る権利を侵害します。民主主義の国を守るために、極めて非民主的な影の要素が肥大していくのは奇怪なことですが、これが今現在も民主的に選出された大統領の手足を縛っているようです。このような体制が築かれることになったのは、どういう経緯によるのでしょうか。この過程に大きな役割を果たしたと見られるのが「CIAの育ての親」アレン・ダレスです。ダレス長官時代にCIAは大統領も手玉にとる強大な組織に成長しました。国の法規を無視し、議会や大統領にも従わず、自前で予算を調達し非合法活動に走るという暴走ぶりで、まさに影の政府です。1950年代の出来事をいま一度ふり返り、権力の内部に別の指揮系統を作り上げることになった具体的な経緯と、ケネディ政権とダレスの確執、さらには主流マスコミが忌避するケネディ暗殺の黒幕についても、興味深い洞察が示されています。(中野真紀子)
*デイビッド・タルボット(David Talbot):Salon.comの創設者、元CEO・編集長。新刊The Devil’s Chessboard: Allen Dulles, the CIA, and the Rise of America’s Secret Government(『悪魔のチェスボード アレン・ダレスとCIA、米国の影の政府の出現』) の著者。Brothers: The Hidden History of the Kennedy Years(『兄弟 ケネディ時代の秘史』)はベストセラー
第97号(2016.2.28)
まやかしのイデオロギー対立(2014.4.28放送)
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最近よく再生されるこの動画。2年近く前のものなのですが、今の日本の状況に重なるところがあるのでしょう。今年の米国の大統領選挙は民主党も共和党も党の上層部に挑戦するようなアウトサイダー的な候補が大きな支持を集めているのが特徴です。背景にあるのは大企業の暴挙を許している既存の政治体制への不満です。二大政党の上層部はいずれも選挙資金源である巨大資本にひれ伏していますが、大企業優遇の政策を露骨に進めれば選挙民の不興を買ってしまいます。そこで彼らの注意を逸らすために、保守派の政治家は「家族制度を守れ」といったような伝統的価値の危機を訴え、リベラル派はその逆をはって対抗し、表面上は社会問題をめぐるイデオロギー対立が繰り広げられています。その影で大企業に有利な政策がさしたる対立もなく粛々と進められるという悪辣な構図。でも実は、その足元では地方政治のレベルで左派と右派の連携が全米各地に広がっているのだと、ラルフ・ネイダーは指摘します。最低賃金の引き上げ、刑事司法の改革、危険なグローバル貿易協定の拡大阻止、エネルギー政策の転換など、数多くの分野で左派と右派の共闘が生まれ、下からの突き上げによって議員やマスコミを動かしているのだそうです。そうした下からの動きを押さえつけてきた党中央への反発が、現在の選挙戦にも反映されているのでしょう。日本の政治も今が正念場。イデオロギー対立に惑わされることなく、真の問題点を見据えた団結が望まれます。(中野真紀子)
*ラルフ・ネイダー(Ralph Nader):米国の消費者運動に火をつけ、パブリック・シチズンなどの組織を発足させ何世代にもわたる活動家を輩出させた。1996年以降は、二大政党政治に異を唱え、第3極の候補として大統領選挙に4回出馬した。2014年の新著は、Unstoppable: The Emerging Left-Right Alliance to Dismantle the Corporate State(『もうとまらない 企業国家をぶっつぶす右派・左派連合の台頭』)で左右両派の共闘を訴えた。
第96号(2016.1.28)
パリ襲撃で蘇る9.11(2015.11.19放送)
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11月13日金曜日に起きたパリの襲撃で、世界が一気にキナ臭くなってきました。フランスのムスリムたちは1月のシャルリエブド襲撃事件に続いて再びイスラム憎悪の高まりに怯えています。各国で移民への反感も露骨になってきました。フランスでは非常事態が宣言され、デモも禁止されています。フランスやベルギーの当局が国家権力の拡大に走る中、米国の諜報機関や治安関連のトップもこの事件に便乗して国民監視の正当化を図っています。コーミーFBI長官は、スマートフォンの暗号化情報にアクセスする権限が必要だと言い、ブレナンCIA長官は、NSAの監視体制が暴露された為にテロリストの発見が困難になったと言いました。ウールジー元長官にいたっては、エドワード・スノーデンの手はパリ襲撃の犠牲者の血で汚れているとまで言います。このような政府高官の放言を無批判に報道し、イスラム憎悪と戦争拡大を煽る米国のメディアの体質、「イスラム国」の出現と勢力拡大に最も大きな責任のある米国の侵略と中東政策、そして軍事行動の拡大で、暴利をむさぼるのは誰なのかを、グレン・グリーンウォルドが明快に語ります。パリ襲撃後の初取引となる週明けの株式市場では、低調な市場のなかで軍需関連株だけがほぼ垂直に値を上げました。投資家は、欧米諸国の空爆拡大によって大量の税金が彼らの懐に入ることをよく知っています。(中野真紀子)
*グレン・グリーンウォルド(Glenn Greenwald):ピュリツァー賞受賞のジャーナリスト。オンライン調査報道サイト『インターセプト』の共同創設者。
第95号(2015.12.26)
ギリシャの悲劇は世界の鏡像(2015.8.21放送)
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大統領選挙で民主党の指名を争うバーニー・サンダース議員はグラスルーツの強い支持を集めてヒラリー・クリントン候補を猛烈に追い上げています。選挙集会には全国どこでも多数の支援者がつめかけています。選挙献金も230万ドルを超え、大統領候補としては史上最高額に達しています。でもメディアには、そんなことは取り上げられません。大手メディアの世界では、金融業界を中心に巨大企業の利益を代弁するヒラリーがあくまでも「本命」でなければいけないからです。おまけに、民主党の全国委員会さえもサンダース議員の足を引っ張るようなことをしています。メディアがサンダース候補を取り上げたがらない理由は、彼の主張を聞けばわかります。バーニー候補の面目躍如というようなスピーチをお届けします。今年7月にワシントンの上院議員会館に経済専門家を集めて行われたフォーラムのもので、主要なテーマはギリシャの債務危機です。ギリシャの話が中心ですが、問題はギリシャにとどまるものではなく、世界の多くの国々が共有するものです。重過ぎる債務と極端な格差に苦しむ国が、債権者の強要する緊縮政策のために所得も経済もますます低迷し、社会的弱者が追い詰められ、民主主義も人権も踏みにじられていきます。ギリシャで起きていることは、いま世界中で起きている不条理な構造を、この上なく鮮明にみせてくれる鏡なのです。(中野真紀子)
*バーニー・サンダース(Bernie Sanders):バーモント州選出の無所属の上院議員。民主党と院内会派を組み、2016年の大統領選挙に民主党から出馬した。
第94号(2015.11.22)
司法を蘇らせた砂粒の力(2011.9.15放送)
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中央アメリカの国グアテマラは1950年代前半の民主化が米国の干渉で阻止されて以来、軍の親米派と反米派や左派の対立が続き、1960年に始まった内戦が96年の和平合意まで36年間も続きました。親米軍事政権は反体制派のゲリラ戦に対抗するため、ゲリラや左派が潜入していると見られるマヤ系先住民の村を襲撃して焼き払い、住民を大量虐殺しました。この内戦で推定20万人が殺害または失踪させられましたが、その多くは1982年に軍事クーデターで権力を掌握したエフライン・リオス・モントの1年半の親米独裁政権の時代に集中しています。このすさまじい大量虐殺については内戦終結後だれも責任を問われることなく、政府は事実を否定しつづけました。下手人たちが権力の中枢に居座りつづけ、人々は恐怖で口を閉ざし、司法は無力化しました。極悪な犯罪を免責してきたことが、麻薬組織が幅を利かせ暴力事件が日常化する今日の状況を招いたと法医人類学者フレディ・ベチェリは指摘します。ところが、そんなグアテマラで、2013年5月に驚くべき事件が起こりました。グアテマラの裁判所がリオス・モント元将軍に対し、ジェノサイドと人道に対する罪で、80年の刑を宣告したのです。中南米はもちろん、世界中を見渡しても元国家元首が自国の司法制度の中でジェノサイドの罪で裁かれるなんて初めてのことです。しかも有罪判決が出たのです。死んだかのように思われていたグアテマラの司法が息を吹き返した背景には、重大犯罪に断固として裁きを求める人々の地道な活動と国際ネットワークの働きがありました。この映画に描かれているのはその第一歩。闇に葬られた過去を掘り起こし、記憶の断片を拾い集めて証拠を積み上げる丹念な作業が裁判所を動かしたのです。(中野真紀子)
*パメラ・イエーツ(Pamela Yates): 映画『グラニート 独裁者を追え』(Granito: How to Nail a Dictator)の監督。
*フレディ・ペチェレリ(Fredy Peccerelli): グアテマラ法医人類学基金のディレクター。
第93号(2015.10.13)
コービンが示す本物の選択肢(2015.9.14放送)
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英国の野党労働党の新党首は筋金入りの社会主義者ジェレミー・コービン議員。泡沫候補と見られていたのに、反戦、反緊縮、移民保護を掲げて圧勝し、国内外に大きな衝撃を与えました。これで労働党に政権奪還の芽はなくなったとメディアはけなしますが、マスコミの意見にひれ伏すような政治家にろくなのはいません。政治評論家タリク・アリは、新党首の誕生は労働党がニューレイバー路線と決別し、国民に本物の選択肢を提供する政治的大転換だと大喜びです。「ニューレイバー」は1994年に党首に就任したトニー・ブレアが、左派路線を中道寄りに修正し、上中流階級の支持獲得を狙って採用した新ブランドです。ニューレイバーはマスコミにもてはやされ、労働党は1997年の選挙に圧勝し、17年ぶりに保守党から政権を奪還しましたが、その政策は、サッチャー政権以来の市場原理主義の継承でした。若者の政治離れは英国でも深刻ですが、彼らが無関心なのは誰に投票しても同じだからです。でも泡沫候補だったコービンに、まさかの地すべり的勝利をもたらしたのは、彼の主張に共感して熱烈な声援を送った若者たちでした。振り付けどおりに動くだけの信念のない議員ではなく、本当に自分たちの声を代弁してくれる政治家が見つかれば、彼らは本気で動くのです。長年の国民不在の選挙にがまんできなくなった人々が、自分たちの運動で政治家を動かし始めたようです。日本でも反原発、反安保の抗議運動が政治運動に変わろうとしている今、タリク・アリの分析は必読です。(中野真紀子)
*タリク・アリ(Tariq Ali):パキスタン出身の英国の政治評論家、歴史家、活動家、映像作家、小説家、『ニュー・レフト・レビュー』の編集委員。最新の著作はThe Extreme Centre: A Warning(『中道急進派に ご注意』)。
第92号(2015.9.13)
変わりゆくキューバ (2015.6.2放送)
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昨年12月、オバマ大統領とラウル・カストロ議長が国交正常化に向けて交渉を開始すると発表して以来、両国の関係改善は着々と進み、米国からの旅行者の殺到でキューバの観光業は大賑わいです。一見、オバマの大英断のように映るのですが、じつは追い込まれた末の苦渋の選択だったようです。冷戦はとうに終わり、もはや脅威でも何でもないキューバを執拗に敵視し続ける米国に、他の中南米の国々が痺れを切らし、2009年にキューバの米州機構(OAS)復帰を求める決議をしました。カストロが来るなら出席しないとオバマは抵抗しましたが、中南米諸国は再度の決議を行って公然と反旗を翻し、米州機構に対抗する中南米カリブ諸国共同体(CELAC)を結成して軸足を移し、気がつけばキューバではなく米国のほうが米州で孤立していたのです。そこでようやく、50余年ぶりに米国の扉が開く運びとなり、キューバの人々は期待に胸を膨らませています。ここ10年弱の規制緩和で勃興した民営の小規模事業が、新しい経済機会の拡大で飛躍的に成長すると期待されています。しかし、米国企業側ももちろんキューバ市場への参入を狙っています。米国流の資本主義が押し寄せる中で、キューバの小規模ビジネスはどう変質するのでしょう。また、90年代に導入されて大きな成功を収めている都市部の有機農業も、米国のアグリビジネスとの競争が始まる中で生き残ることができるのでしょうか。そうした懸念に応えて、映像による現地報告が、変わりゆくハバナの街から届きました。(中野真紀子)
*ジェイン・フランクリン(Jane Franklin): キューバ史研究家、作家。Cuba and the United States: A Chronological History (『キューバと米国~年代記』)、Cuban Foreign Relations: A Chronology, 1959-1982(『キューバの外交関係 1959~82年の年代記』)などの著作がある。
第91号(2015.8.10)
極限の証言者 ロバート・J・リフトン (2015.5.7放送)
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ナチの強制収容所で処刑に直接関わったり人体実験を行った医師たちは、極悪非道な特殊例とみなされがちです。しかし、広島の被爆者へのインタビュー調査を行いその精神的側面に初めて光をあてた記念碑的著作『ヒロシマを生き抜く─精神史的考察』の著者で、戦争をはじめとする極限状況における人間の心理の徹底した批判的分析で知られる精神医学者ロバート・J・リフトンによれば、どんなジェノサイドにも専門家の存在は欠かせません。人間誰しも、集団の規範に自分を適応させようとする傾向があり、医者や心理学者を含め、知的職業につく専門家であっても、その点で何の違いもありません。たとえ倫理に反する行為であっても、上からの命令や承認、仲間内での容認があれば、自分の役割だとして受け入れ、実行してしまう、というのです。9.11多発テロ事件後、ブッシュ政権による拷問の正当化に権威ある「アメリカ心理学会」が加担したことがスキャンダルになりました。が、これまた同じ根をもつできごとだとみられます。社会が悪を遂行するとき、その規範にのまれず、個人としての倫理観をどう保ち、行動するか。リフトンの問いかけは、現代社会に生きるすべての人に課された問いなのです。(大竹秀子)
*ロバート・J・リフトン(Robert Jay Lifton) 米国の代表的な精神医学者で著書多数。ニューヨーク市立大学の精神医学・心理学の名誉教授。国内外で多数の賞や名誉学位を受けている。『広島を生き抜く』
、The Nazi Doctors: Medical Killing and the Psychology of Genocide(『ナチスの医師たち 医療殺人とジェノサイドの心理』)など多数の著書がある。最近、Witness
to an Extreme Century: A Memoir(『極限の世紀の証言者 ~回想録』)というメモワールを出した。
第90号(2015.7.10)
ナオミ・クライン : これがすべてを変える(2014.9.18放送)
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2007年刊のベストセラー『ショックドクトリン 惨事便乗型資本主義』で民主主義を破壊する新自由主義批判の旗手になったナオミ・クライン。2014年に出版された待望の新著This
Changes Everything: Capitalism vs. the Climate(『これがすべてを変える~資本主義と気候の対決』)でいかにも彼女らしい大胆な解決策を打ち出しました。惨事に便乗してはびこり民衆をグローバルに抑圧し格差を広げる市場原理主義に対抗するには、民衆の側が気候変動という災厄に「便乗」、いやそれを「活用」して破滅的な気候変動と不平等の拡大という二大危機にみまわれた現代の世界を一挙に打ち壊してしまおう。世界経済の根幹を支えている一握りの人々が牛耳る中央集権型の化石燃料依存構造を打ち壊し再生可能なエネルギーを基盤した経済に作り直すことで富や権力が分散化された新たな世界も可能になると呼びかけています。環境危機解決の障害となっている世界各地の大小さまざまな事象の緻密な取材・分析に基づいたナオミ・クラインのパワフルな声をお聞きください。(大竹秀子)
*ナオミ・クライン(Naomi Klein): カナダ人ジャーナリスト。『ブランドなんか、いらない』、『ショックドクトリン~惨事便乗型資本主義』はベストセラーになった。新著は、This
Changes Everything: Capitalism vs. the Climate(『これがすべてを変える~資本主義と気候の対決』)
第89号(2015.6.10)
米国 ベネズエラ敵視で威信失墜 (2015.3.11放送)
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2014年12月、キューバとの歴史的な関係修復で脚光を浴びたオバマ米大統領。しかし、ほぼ同時期に、米議会は人権侵害などを理由にベネズエラの政府高官に制裁措置を課す法を通過させました。さらに2015年3月になると、ベネズエラを「国家安全保障と外交政策を脅かす尋常ならざる脅威」とし、7人の政府高官を制裁リストに追加する大統領令が出され、米国とベネズエラとの外交関係は冷え込みました。「アメリカの裏庭」と呼ばれ、長らく中南米とカリブ海諸国に思うままの介入を続けてきた米国。米州サミットでも、キューバを締め出してきました。その米国がようやくキューバとの関係正常化の道をとり始めたのは、キューバを支持する諸国の中ですっかり孤立し、政策の見直しを余儀なくされたためだといわれています。しかし、これと同時進行でベネズエラに強硬姿勢を示したのは、なぜでしょう?ベネズエラを米州内の新たな脅威と対外的にも位置づけることで「裏庭」諸国の結束を阻み、かつ米国内の強硬派をなだめるためだと見られます。しかし、いかにも姑息なこの手段。ふたを開けてみると、米州諸国は一斉にベネズエラに味方し、米国はまたしても孤立のはめに。米当局は早々にベネズエラ敵視発言の勇み足を認めざるをえなくなり、米国の威信失墜をさらに際立たせてしまいました。中南米事情に詳しいミゲル・ティンカー・サラス教授が、米州地域での力関係の変化をみすえながら、米国・ベネズエラ外交の攻防を読み解きます。(大竹秀子)
*ミゲル・ティンカー・サラス(Miguel Tinker Salas):カリフォルニア州ポモナ大学歴史学教授。著書はThe Enduring Legacy: Oil, Culture, and Society in Venezuela(『不朽の遺産 ベネズエラの石油 文化 社会』)
第88号(2015.5.10)
緊縮の圧制に挑むギリシャ (2015.2.2放送)
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2015年1月、ギリシャの総選挙での左派シリザ党の勝利は、寡頭勢力に牛耳られ格差が広がる社会で過酷な緊縮政策に苦しんできたギリシャの人々に明るい希望を与えました。ネオリベのグローバルな支配を突き破る風穴を開けてくれたからです。ユーロ圏諸国、欧州中央銀行、IMFの3者による救済パッケージには過酷な財政緊縮政策の実施が組み込まれており、債務を返済するために国民の生活を破壊するような内容でした。グローバルビジネスや金融業界を偏重し、ひとにぎりの勢力者ばかりが甘い汁を吸う誤った政策から生まれた経済危機。救済プランで救われるのは銀行ばかり。支援金は銀行への負債返済に還流され、厳しい緊縮条件を課された国民の暮らしは疲弊を重ねています。「次の投薬を懇願する麻薬中毒」状態を脱し、「国境の外から押し付けられた改革」ではなく「内からの改革」で「経済を再稼動」させ「民主主義を活性化」できるか。「もう、たくさんだ」という人々の声を受けて当選を果たしたシリザ党。緊縮の圧制に挑むギリシャの頑張りに世界が注目しています。(大竹秀子)
*コスタス・パナヨタキス(Costas Panayotakis): ニューヨーク市立大学テクノロジー・カレッジの社会学教授で、Remaking
Scarcity: From Capitalist Inefficiency to Economic Democracy(『希少性の再創造 資本主義の非効率から経済の民主主義へ』)の著者
第87号(2015.4.10)
貧者に寄り添う新風 (2014.12.31放送)
字幕動画1
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カトリック史上700年ぶりの珍事といわれた教皇ベネディクト16世の生前退位。スキャンダルにまみれ地に落ちた教会の尊厳回復という悲願を受けて2013年3月に選出されたのが、アルゼンチン出身の現教皇フランシスコです。階層と権威が幅をきかせるカトリック教会の機構の中で清貧を旨とし、貧者や虐げられる者の側に立つ「愛と奉仕」の精神、ひょうきんな人柄で庶民の心をとりこにしています。が、その一方で、貧者に寄り添うその姿勢は、既存の特権を守ろうとする勢力を突き崩す強力な力にもなりそうです。すでに米国とキューバの国交回復の後押しをしましたし、まもなく気候変動と強欲に支配された資本主義を批判する「回勅」を発行する予定です。ラテンアメリカには、「解放の神学」の伝統があります。かつて冷戦時代にカトリック総本山のバチカンがつぶしたその精神と実践を、フランシスコは教皇の立場に立って新たにしようとしているのだと、評伝作家のオースティン・アイバリーは主張します。(大竹秀子)
*オースティン・アイバリー(Austen Ivereigh): 英国の作家、コメンテーター、「カトリックの声」設立。教皇の新評伝The Great
Reformer: Francis and the Making of a Radical Pope(『偉大な改革者 急進的教皇フランシスコの誕生まで』)の著者。
第86号(2015.3.10)
「テロ」報道の色眼鏡 (2011.7.26放送)
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「歴史」的事件として人々の記憶に刻まれた2015年のシャルリー・エブド誌襲撃。でも、2011年7月に起きたノルウェー連続テロ事件を覚えている人は、どのくらいいるでしょう。オスロの政府庁舎爆破と10代の若者を狙い撃ちにした銃乱射事件との組み合わせで77人が死亡し、200人以上が負傷した事件です。大変な規模の事件だったにも関わらず、忘れ去られたのはなぜでしょう。ノルウェーの事件では、事件発生直後、メディアはイスラム過激派による犯行だときめつけました。ところが、反ムスリムの国粋主義者が犯人だとわかった途端に、熱狂的な報道は消え去りました。グレン・グリーンウォルドは、露骨な落差に大きな衝撃を受けたと言います。騒ぐに足る「テロ」事件とは、イスラム過激派による犯行に限る、そんなメディアのきめつけ。「テロ」事件の政治利用の一端をメディアが進んで担い、ムスリムのコミュニティへの「色眼鏡」と過激なナショナリストの温存を助長しているのです。(大竹秀子)
*グレン・グリーンウォルド(Glenn Greenwald)ピュリツァー賞受賞のジャーナリスト。オンライン・んニュースサイト『インターセプト』の共同創立編集者の一人。新著は『暴露 スノーデンが私に託したファイル』。
字幕付き動画:
第85号(2015.6.10)
開発支援?それとも政権転覆? (2014.4.4放送)
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キューバと言えば、スパイ映画顔負けのカストロ暗殺計画はじめ、CIAの工作で有名です。しかし、途上国の開発支援に励むべき米国国際開発庁(USAID)までもがキューバの革命体制転覆に向け秘密工作を行っていたらしいことがAP通信の特ダネで暴露されました。若年層向けに携帯メールを使ったツイッターもどきの偽ネットワークを作り、あわよくば「キューバの春」を起こそうとしたらしいのです。利用者に出所がわからない情報を流して操作しムーブメントを生み出す手法は、米国のマーケティング業界が得意とするところですが(ノーム・チョムスキーによると広告業界自体が、米政権から情報操作の手法を学んだそうです)、海外の秘密の銀行口座を開いたりフロント会社を使ったりの仕掛けにはCIAの匂いがぷんぷんです。米国はオバマ大統領の下、キューバとの国交正常化に向けてようやく動き始めました。仕掛けられた「春」がすこやかな民主化をもたらさないことは、世界各地ですでに明らかです。開発の名を借り、若者を利用する汚い工作は、金輪際やめにしてほしいものです。(大竹秀子)
*ピーター・コーンブルー(Peter Kornbluh): ジョージ・ワシントン大学にある公益研究機関、国家安全保障アーカイブの「キューバ記録事業」責任者。近著にBack
Channel to Cuba: The Hidden History of Negotiations Between Washington
and Havana(『キューバへの裏口 米国・キューバ秘密交渉史』共著)。また「フォーリン・ポリシー」誌にOur Man in Havana:
Was USAID Planning to Overthrow Castro?(「ハバナの男─USAIDはカストロ政権転覆を計画したのか?」)を寄稿。
第84号(2015.1.10)
事故が招く核ホロコースト (2013.9.18放送)
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他国の核開発には大騒ぎする米国ですが、自国で起きた核ホロコースト寸前の事故については口をつぐんでいます。コンピューターチップ1片の取り付けの不備や整備工がうっかり落としたハンマー、そんな些細な出来事が大惨事を引き起こし、あわや世界を破壊する核戦争の引き金になりかねなかったのです。ベストセラー『ファストフードが世界を食いつくす』で有名なエリック・シュローサーが語られずにきた米国での核兵器事故の実態、そして核を開発し保持する自体がどんなに危険をはらむことかを論じます。核ミサイルの発射は国家トップのひとにぎりの人間が限られた情報をもとにくだす一瞬の判断にゆだねられているからです。新著『指揮統制:核兵器、ダマスカス事故、安全神話』をもとに、シュロッサーはまた、核兵器をめぐる国家の秘密主義がいかに機密をはびこらせ、民主主義の敵になってきたかにも注意を喚起しています。((大竹秀子)
*エリック・シュローサー(Eric Schlosser): ジャーナリスト。ベストセラー『ファーストフードが世界を食いつくす』の著者。新著はCommand
and Control: Nuclear Weapons, the Damascus Accident, and the Illusion of
Safety(『指揮統制:核兵器、ダマスカス事故、安全神話』)。
第83号(2014.12.10)
スノーデンが託したもの (2014.5.13放送)
字幕動画
エドワード・スノーデンが明るみに出した、米国の電子通信情報収集・監視機構の実態と手口は、世界の人々を震撼させました。米国史上最大規模の内部告発を世に出すパートナーとしてスノーデンが選んだのは米国憲法を専門とする弁護士としての体験ももつグレン・グリーンウォルドでした。まるでスパイ小説の世界に飛び込んだかのような香港でのスノーデンとの会見を軸に米国通信監視機構の骨格を描いたグリーンウォルドの新著『暴露 スノーデンが私に託したファイル』は世界24ヶ国で同時発売され、ベストセラーになりました。このインタビューはその発売当日に、デモクラシー・ナウ!のスタジオから放送されたものです。グリーンウォルドが描写するスノーデンは、高校ドロップアウトという経歴から連想されがちな社会的未熟者、不適応者というイメージからはほど遠い人物です。内部告発を完璧なものにすべく用意周到に計画を立て進める緻密な構想力と実行力、告発がもたらす余波を冷静に予測し愛する家族やパートナーを守ろうとする温かさと強靱な意思、虚栄やエゴのみじんもない自制心に、グリーンウォルドが感服し舌を巻いていることが言葉の端々からうかがわれます。急速に進化するIT技術を駆使し巨大な情報機構を築き上げた米国政府。しかし、このシステムを動かすにはネット文化で育った若い世代を現場に投入せざるを得ません。そのため時に反抗心にあふれたハッカー・タイプのぶれない人物を権力機構の中枢に組み込んでしまうのは民主主義にとってはラッキーな皮肉です。たった一人の反乱が、憲法をないがしろにした安全保障機構の秘密の堰を決壊させた。その快挙の一端を担った当事者が語る貴重な証言です。(大竹秀子)
*グレン・グリーンウォルド(Glenn Greenwald): ガーディアン紙の一員としてピュリツアー賞を受賞したジャーナリスト。オンライン報道サイト「インターセプト」の創設者/エディター。
第82号(2014.11.10)
すべての戦争を終えるために (2011.5.10放送)
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歴史物を得意とする著述家でジャーナリストのアダム・ホックシールドの作品には、反骨のジャーナリストとめげない市民活動家がよく登場します。To End
All Wars: A Story of Loyalty and Rebellion, 1914-1918 (『すべての戦争を終えるために 忠誠と反抗の物語 1914‐18年』)
でも、第一次大戦を止めようと、時に家族の絆を断ち切られながらも全力を投じた有名・無名の人々が描かれます。平和主義者たちの試みは成功せず、近代兵器の投入により第一次大戦は、戦死者1600万人、戦傷者2000万人以上という惨事をもたらしました。第一次大戦開戦から1世紀が経ったいま、アメリカでは、戦争は多くは職を求めて入隊する貧困層からの志願兵にゆだねられ、無人機に代表されるようなテクノ兵器の導入でますます見えない存在となり、巨額の予算を費やしながら実感を失い、終わることなく続いています。ナショナリストの戦争推進に「ノー」という勇気は、私たちにも課されています。(大竹秀子)
*アダム・ホックシールド(Adam Hochschild): マザージョーンズ誌の共同設立者で、現在はカリフォルニア大学バークレー校ジャーナリズム大学院で教えている。To
End All Wars: A Story of Loyalty and Rebellion, 1914-1918 (『すべての戦争を終えるために 忠誠と反抗の物語 1914‐18年』)
やベストセラーとなったKing Leopold's Ghost(『レオポルド王の幽霊』)など歴史物の著書多数。
第81号(2014.10.10)
新たな冷戦の時代 ロシアとウクライナ危機 (2014.4.14放送)
翻訳:中野真紀子 字幕動画
3000人以上の死者を出したウクライナ内戦は9月5日に停戦合意が成立し、散発的な衝突は続くものの今のところ和平は維持されています。南で「イスラム国」の脅威が急速に拡大してくると、とたんにこちらは休戦モードに入ったところは、いかにも代理戦争らしい展開です。背後に控える欧米陣営とロシア側の手打ちが成立し、ウクライナのEU加盟と自由貿易協定の見送りというのが当面の落としどころのようですが、事態をここまで悪化させた責任についての双方の主張は平行線のままで、冷戦状態に変わりはありません。7月のマレーシア航空機墜落事件をきっかけに、墜落の真相もうやむやなまま、欧米では全てプーチンが悪いという大合唱が始まり、それまでの経緯など吹き飛んでしまいました。ご都合主義のメディアが撒き散らす偏見に対しては、旧ソ連時代からこの地域の事情に精通している専門家の声が解毒剤です。スティーブン・コーエン教授は、欧米メディアが無視している多くの重要な事実を指摘ています。 1)ウクライナ危機の始まりは、ロシアのクリミア編入ではなく、昨年11月にEUが当時のウクライナ大統領ヤヌコビッチに最後通牒をつきつけ、EUかロシアかどちらか一方の選択を迫ったことである。2)その後のヤヌコビッチ大統領の解任と暫定政権成立はクーデターであり、現在のキエフ政府は正統性に疑問があること。3)欧米はプーチンには自重を求めていながら、NATOの東欧拡大を自制する様子はなく、堂々と臨戦態勢を発表していること。いったいどちらが緊張をあおり、軍事化を進めているのか? そもそもが、NATOの旧ソ連加盟国への拡大が今回の危機の背景になっていることを忘れてはいけません。東西冷戦終了後のNATOの存続理由こそが問われるべきでしょう。(中野真紀子)
*スティーブン・コーエン(Stephen Cohen)ニューヨーク大学ロシア学教授。ロシアとソ連に関する多数の著作がある。近著はSoviet
Fates and Lost Alternatives: From Stalinism to the New Cold War(『ソビエトの運命と失われた選択肢 スターリニズムから新たな冷戦まで』)
第80号(2014.9.10)
パイプラインの政治学:Part Ⅱ (2013.10.8放送)
翻訳:阿野貴史 字幕動画
20世紀、特に第2次大戦後から現在にいたるまで、度重なる紛争の火だねとなり続けてきた石油。欧米では反民主的で非合理・強権的なイスラム原理主義と民主的で理性的・自由な欧米社会との対立構造があるのだとし、中東産油国への政治的・軍事的介入を時におおっぴらに時に隠密にはかってきました。しかし、この図式はまやかしで、実際には欧米、特に米国は、石油を都合よく手にいれるため、サウジアラビアなどでみられるように宗教的戒律を厳しく守る勢力を抱え込んだ強権的な君主制や政権と手を組み、その国の民主勢力をつぶしてきたとティモシー・ミッチェル教授は指摘します。一方、ジェイムズ・マリオットとアナ・ガルキナが所属する団体「プラットフォーム」は、国家の後ろ盾を得た巨大石油企業に対抗する住民運動を支援し、民主主義を育てる仕事をしています。石油と民主主義をめぐるパワフルなセグメントのパート2をお届けします。(大竹秀子)
*ジェイムズ・マリオット(James Marriott):ロンドンを拠点とし、社会正義と環境正義をアート、アクティビズム、教育、リサーチを通して追究するユニークな団体「プラットフォーム」の設立者で
The Oil Road: Journeys from the Caspian Sea to the City of London (『石油の道
カスピ海からロンドン金融街まで』 )の共著者。
*アナ・ガルキナ(Anna Galkina):「プラットフォーム」で調査分析を担当。
*ティモシー・ミッチェル(Timothy Mitchell):英国生まれの歴史学者。コロンビア大学中東・南アジア・アフリカ研究学科教授。 Carbon
Democracy: Political Power in the Age of Oil (『炭素民主主義 石油時代の政治権力』)著者。日本語訳書に『エジプトを植民地化する』(法制大学出版局)。
第79号(2014.8.29)
パイプラインの政治学:Part I (2013.10.8放送)
翻訳:阿野 貴史 字幕動画
「石油の呪い」ということばがあります。産油国では、どこもかしこも戦争、腐敗、不平等が横行している。富をもたらすはずの天然資源が住民になぜ、不幸をもたらすのか?ロンドンを拠点とし社会正義と環境正義をユニークな手法で追究する団体「プラットフォーム」のジェイムズ・マリオットたちは、石油の政治経済学をひもとくためにパイプラインに目をつけました。旧ソ連の新興国アゼルバイジャンを例に取り、油田から欧州の製油所まで、はるばると運ばれるオイルロードの建設にどんな政略がからみ、パイプラインの周辺住民はどのような影響を受けるのか、オイルロードを旅し、非公開だったさまざまな資料を公開させて、巨大石油ビジネスBPが、政界・金融界をまきこんで展開する生々しい政略、そしてそれに対抗する地域住民のアクティビズムを描きます。一方、コロンビア大学のティモシー・ミッチェル教授の切り口は、斬新で颯爽としています。19世紀末から20世紀前半にかけて英国などを中心に世界各地で民主主義が著しい進展をみせた。この大躍進の原動力を石炭の普及にみるのです。大勢の炭鉱夫を必要とするため、労働者が団結してストライキを打てば、企業は譲歩せざるをえない。資本家にとっては由々しきこの事態を覆すために、第2次大戦後、戦争で疲弊した欧州を支援し経済を再生させる過程で、米国は世界の主要エネルギー源だった石炭を脇に押しやり、石油への方向転換を図り、大衆民主主義の後退を意図したというのです。「プラットフォーム」で調査分析を担当するアナ・ガルキナも交えた刺激的なセグメントのパート1をお届けします。(大竹秀子)
*ジェイムズ・マリオット(James Marriott):ロンドンを拠点とし、社会正義と環境正義をアート、アクティビズム、教育、リサーチを通して追究するユニークな団体「プラットフォーム」の設立者で
The Oil Road: Journeys from the Caspian Sea to the City of London (『石油の道
カスピ海からロンドン金融街まで』 )の共著者。
*アナ・ガルキナ(Anna Galkina):「プラットフォーム」で調査分析を担当。
*ティモシー・ミッチェル(Timothy Mitchell):英国生まれの歴史学者。コロンビア大学中東・南アジア・アフリカ研究学科教授。 Carbon
Democracy: Political Power in the Age of Oil (『炭素民主主義 石油時代の政治権力』)著者。日本語訳書に『エジプトを植民地化する』(法制大学出版局)。
第78号(2014.7.30)
アマゾン商法とワシントンポスト紙の使い道 (2013.8.7放送)
翻訳:齋藤雅子 字幕動画
ワシントンポスト紙がアマゾン・ドット・コムCEOのジェフ・ベゾス氏に売却された時、「なんでまた?」という論義がおこりました。新聞なんてもうからない、先のないビジネスだと誰もが思っていたからです。しかし、どうやら、新聞ビジネスには、おカネもうけにまさる別のうまみがあるようです。世論を操り、自分に都合の良い法律や政策を実現させることです。もし、それが可能なら、売却価格が下落した新聞事業は、アメリカの経済や社会を自分のビジネスに都合よく、また自分の価値観にぴったりに動かしたい富豪たちにとっては、なんともお安い買い物です。実をいうと、かつてはウォーターゲート事件の曝露などでジャーナリズムのかがみとして尊敬を集めたワシントンポスト紙ですが、9・11後は社説でイラク侵攻をけしかけたりと昔の輝きはとっくに地に落ちていました。それでも、革新的なビジネスマインドをもてはやされてはいても、税金を極力払わなかったり、市場を独占的に支配したり、社員への待遇の悪さで悪名も高いベゾス氏のような人物、しかもCIAとの大規模契約など、国による監視体制にすりよって大もうけをしてきた会社のCEOが主要ジャーナリズムの首根っこをおさえてしまうのは、やはり、危険な動向です。ジャーナリズムの起死回生の道は?本を愛し、ジャーナリズムの義を信じる論者たちが、熱い論議を展開します。(大竹秀子)
*デニス・ジョンソン(Dennis Johnson):出版社メルビルハウス共同設立者。
*ロバート・マクチェズニー(Robert McChesney):フリープレスの共同創設者。『資本主義がネットを民主主義の敵に変える』など著書多数
*ジェフ・コーエン(Jeff Cohen):イサカ大学教授。メディア監視団体「FAIR」の創設者。
第77号(2014.6.27)
奴隷制に支えられたアイビーリーグ (2013.10.30放送)
翻訳:川上奈緒子 字幕動画
Whitewash、つまりは、過去の悪さを上手に洗い流して純粋無垢にみせかけるのは、マフィアの常套手段ですが、実はアイビーリーグにも暗い過去が。今でこそアメリカの知と良識の府として尊敬を集めている名門大学の多くは、創立期から19世紀半ばにいたるまで、アメリカの負の歴史にどっぷりと関わっていました。MITの米国史教授のクレイグ・スティーブン・ワイルダーの上梓までに10年をかけた労作、Ebony
& Ivy: Race, Slavery, and the Troubled History of America’s Universities.
(『エボニーとアイビー:人種、奴隷制、そしてアメリカの大学の問題ある歴史』)は、ハーバード、イェール、プリンストンを初めとする東部名門校が、奴隷貿易で財をなした実業家たちの富を財源とし、北米大陸はもちろん、西印度諸島のプランテーションで大もうけした人々の子供たちを学生としてリクルートし、大学としての基盤を築いていった歴史を跡づけます。(大竹秀子)
*クレイグ・スティーブン・ワイルダー(Craig Steven Wilder):MITのアメリカ史教授。最新著、Ebony & Ivy:
Race, Slavery, and the Troubled History of America’s Universities. (『エボニーとアイビー:人種、奴隷制、そしてアメリカの大学の問題ある歴史』)で広く注目を集めた。
第76号(2014.5.31)
軍用化にさいなまれる「インディアンの土地」 (2011.5.6放送)
翻訳:斉木裕明 字幕動画
かつて自分たちの土地と社会を守るために果敢に闘い、白人入植者たちから野蛮な仇敵視されたアメリカ先住民たち。軍事力を背景としたアメリカの覇権の行使には、先住民との闘いのイメージが奇妙に重なっています。外国にある米軍基地を「保留地」と呼び、戦闘機や武器に先住民にちなんだ名前をつけるなど、先住民の歴史への軍の鈍感さはいまに始まったことではありません。さらにほかの社会から孤立した先住民の土地は、核実験、ウラン採鉱など核武装にまつわる危険な開発を無責任に行う、あるいは有害廃棄物を容易に投棄できる場所として被害を受けてきました。このような歴史をもちながら、高い失業率にあえぐ先住民コミュニティは、ほかのコミュニティに比べて軍への入隊率が著しく高く、自ら軍を支えざるをえない状況にもあります。インディアンの土地がいかに軍用化され、追い詰められているかを、先住アメリカ人活動家で作家のウィノナ・ラデュークが、語ります。(大竹秀子)
*ウィノナ・ラデューク(Winona LaDuke): 先住民活動家、作家。ミネソタ州北部のホワイトアース・ネイション在住で、団体Honor
the Earth(大地を称えよ)の代表。新著はThe Militarization of Indian Country (『インディアンの土地の軍事化』)
第75号(2014.4.26)
チョムスキー:アラブ世界の民主化を望まない米国 (2011.5.11放送)
翻訳:桜井まり子 字幕動画
民主主義のほころびが世界各地で懸念されています。危険な国家主義や全体主義をちらつかせる政権が、市民の声をかき消し、しかもその動きは一国を超え、グローバルな経済的・軍事的利権の絡みの中で推進されています。そして、それは世界史の流れの帰結でもある。ノーム・チョムスキーは、「民主主義の促進」という美辞麗句が、欧米政権により民主主義つぶしのために使われてきた歴史と現状を指摘しています。米国とその同盟国の意を受けた独裁者に利権をむさぼらせて本当の民主主義を求める市民を抑え、反抗すれば「民主主義」を損なう危険分子として排除するという戦略は、
アラブ世界にとどまらずありとあらゆる場所で試みられてきたし、これからも試みられていくことでしょう。チョムスキーの言う「歴史と地理の奇妙なめぐり合わせで、世界有数のエネルギー資源である油田地帯が中東では少数派のシーア派の住む地域に集中している」という事実こそ、アラブ世界で民主主義と平和が邪魔だてされている、ずばり原点。二枚舌の「民主主義」の売り文句に躍らされないために、まずは誰が何を目的にして「問題」を仕掛けているか、からくりを知ることが重要です。(大竹秀子)
*ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky):マサチューセッツ工科大学名誉教授 言語学者 政治評論家 活動家
第4号(2014.3.30)
ハンナ・アーレント (2013.11.26放送)
翻訳:阿野貴史 字幕動画
自国政府、特に全体主義時代の政府が行った「犯罪的行為」の責任を問われるべきは誰か。後から振り返れば異常としか思えない決定を支え、実現させたのは、誰か?アイヒマン裁判は、その問いに冷徹な答をつきつけました。ハンナ・アーレントが目撃したのは、想像していた邪悪な殺人鬼ではなく、命令を守り職務に忠実であること以外に関心のないどこにでもいそうな小役人でした。「悪の凡庸」という表現で語ったイメージを受け入れる準備は、当時の社会にはなく、アーレントはアイヒマンを擁護したと誤解され、激しい非難を浴びました。ホロコーストという世紀の犯罪を支えたのは小市民だったという教訓はいまも強烈です。ドイツ人映画監督マルガレーテ・フォン・トロッタの作品『ハンナ・アーレント』は、信念を貫いたユダヤ系ドイツ人政治思想家アーレントの問いが、再び、重さを増していることを思いおこさせてくれます。(大竹秀子)
*マルガレーテ・フォン・トロッタ(Margarethe von Trotta):1942年、ベルリンに生まれる。ライナー=ヴェルナー・ファスビンダーその他の監督作品に女優として出演したのち、1975年に初監督作品『カタリーナ・ブルームの失われた名誉』(当時の夫であるフォルカー・シュレンドルフとの共同監督)を発表。代表作に『鉛の時代』、『ローザ・ルクセンブルク』、『三人姉妹』がある。
*バルバラ・スコヴァ(Barbara Sukowa):1950年、ブレーメンに生まれる。ライナー=ヴェルナー・ファスビンダー監督の『ベルリン・アレクサンダー広場』と『ローラ』で脚光を浴びる。マルガレーテ・フォン・トロッタ監督の『鉛の時代』と『ローザ・ルクセンブルク』にも主演している。
第73号(2014.2.27)
憎しみが拡がるイスラエル社会 (2013.10.04放送)
翻訳:斉木裕明 字幕動画
世界各地で民主化のニュースがわきたち明るい希望にあふれた時からわずか数年。非寛容とファシズムが世界を埋め尽くしつつあるかのような今日この頃です。マックス・ブルーメンソールの新著Goliath:
Life and Loathing in Greater Israel (『ゴリアテ-憎しみの国 大イスラエルでの生活』)は、ネタニヤフ政権下のイスラエル社会の中で数年暮らし、そこで起きている変化をつぶさに観察・分析した力作です。パレスチナ人といえば、ともすれば占領地に住む人たちだけを思い描きがちですが、イスラエル国内のそれ以外の場所に住むパレスチナ人もいますし、イスラエルではほかにもアフリカからの移民、ベドウィン人などさまざまな人たちが暮らしています。ところが、イスラエル国内では、「占領を本土に持ち帰る」ような動きが進み、西岸地区の過激な入植者たちがイスラエル内に戻ってデモや占拠を行い、イスラエル内に居住する非ユダヤ系住民を排斥しようとしているとブルーメンソールは指摘します。「ユダヤ人の国」―こういうことばを若者たちが誇らしげに使いはじめる時、その国のせっかくの良いものが死にはじめるのも、世界共通の流れです。(大竹秀子)
*マックス・ブルーメンソール(Max Blumenthal):Republican Gomorrah: Inside the Movement
that Shattered the Party(『共和党のゴモラ 党を破壊した運動の内幕』)の著者。
第72号(2014.1.31)
隠ぺいされた原爆 (2011.8.9放送)
翻訳:内藤素子 字幕動画
2014年1月、初の来日を果たしたエイミー・グッドマンが日本での限られた時間の中で、どうしても行きたかった場所、それが広島でした。2011年8月、長崎への原爆投下記念日にオンエアされたこのセグメントでは、米国ではいまだに語られることがきわめて少ないヒロシマとナガサキへの原爆投下に関し、そのテーマを長らく追い続けてきた気鋭のジャーナリスト、グレッグ・ミッチェルをゲストを迎えています。この日が同年春に起きたフクシマの原発事故後、初の原爆投下記念日だったことを踏まえ、番組では20世紀後半の米国の政治的・軍事的・経済的立ち位置を大きく左右することになった原爆と原子力をテーマに、原爆の隠ぺいに組みしたジャーナリストと米軍の立ち入り禁止令を破って現場に足を踏み入れ言語を絶した惨状を世界に発信した記者とを対比しながら、ジャーナリズムの使命をエイミーが鮮明に浮き彫りにしています。(大竹秀子)
*グレッグ・ミッチェル(Greg Mitchell):米国新聞業界誌『エディター・アンド・パブリッシャー』誌や『ニュークリア・タイムズ』誌で長らく編集者を務め、また1960年代の伝説的音楽雑誌『クラウダディ!』誌の上級編集者としても名を馳せた。現在は、『ネイション』誌とそのウェブサイト(TheNation.com)で執筆活動を行なっている。ロバート・ジェイ・リフトン(Robert
Jay Lifton)との共著『アメリカの中のヒロシマ』をはじめ広島と長崎の原爆投下について多数の著作があり、新刊著はAtomic Cover-Up:
Two U.S. Soldiers, Hiroshima & Nagasaki and The Greatest Movie Never
Made (『隠ぺいされた原爆:二人の米軍兵士、ヒロシマ&ナガサキ、幻の傑作映画』)。2011年には、ネイション誌のサイトでブログ"Countdown
to Hiroshima 1945"を展開し、7月25日からヒロシマに原爆が投下された8月6日にいたるまでの1945年のいきさつを1日ごとに詳細にたどった。日本語翻訳書に、『ウィキリークスの時代』もある。
第71号(2013.12.22)
チリ・クーデターから40年 ビクトル・ハラ殺害への裁きを求めて (2013.9.9放送)
翻訳:斉木裕明 字幕動画
世界規模で激しい格差を生み、民主主義を破壊している「新自由主義」。その悪しき歴史をみすえる人たちが、もうひとつの9.11として重要視する、1973年9月11日。この日、チリで米政府の支援を受けた軍事クーデターが起こり、民主的に選ばれたサルバドール・アジェンデ大統領が命を落としました。クーデター後、首謀者のアウグスト・ピノチェト将軍は政権に就き、極端な新自由主義「改革」を行って冷戦体制にあった西側諸国から「優等生」として称賛を得ました。一方で、左翼や労働運動、人権運動の活動家を徹底的に弾圧し、チリは、17年間にわたり恐怖政治下に置かれました。農村の出身で民衆の心を歌って絶大な人気を得ていた伝説的な歌手ビクトル・ハラも、クーデター直後に殺されました。ベルリンの壁崩壊後、ピノチェトは失脚し、チリには民政が戻りましたが、独裁政権が行った犯罪への裁きを求める遺族や市民は、さまざまな壁につきあたりながら、たゆまぬ努力を続けています。最愛の夫だったビクトル・ハラさんを亡くしたジョアンさんもその一人。ジョアンさんが、ビクトルとの思い出、40年前にあたるクーデター当時の出来事、ビクトルの遺骸を目にした時のこと、殺害の主犯とされる元軍人への米国での訴追について語ります。(大竹秀子)
*ジョアン・ハラ (Joan Jara):英国出身。1973年9月11日のチリ・クーデター時に夫でチリの国民的歌手だったビクトル・ハラを虐殺される。ハラは拷問されてギターが弾けないように両手を折られ、40発を超える銃弾を撃ち込まれた。1984年、亡夫を追悼して著書『ビクトル・ハラ 終りなき歌』を出版。
*アルムデナ・ベルナベウ(Almudena Bernabeu):「正義と責任協会」所属の弁護士で、同協会の「移行期の正義」プログラム責任者。
第70号(2013.11.13)
オリンピックに乗っ取られたロンドン (2012.7.31放送)
翻訳:小椋優子 字幕動画
人口が密集する大都市でオリンピックを開催すると、こんな恐ろしいj羽目になる!2012年のロンドン五輪は、街の要塞化を引き起こしました。会場に近い低所得者層が住むイースト・ロンドンには、集会禁止ゾーンが作られ、2人以上がたちどまると警察に追い出されました。サイクリストたちの毎月の楽しみである集団サイクリングも、治安当局の厳しい取締を受け、逮捕者を出しました。緊急事態に備えて戦闘機や爆弾処理隊がスタンバイし、ビルの屋上には、なんと地対空ミサイルまで設置されたのです。取締は治安にとどまりません。五輪のマークの使用を許可されるのは、後援企業のみ。地元商店などが「違法に」五輪マークを使わないよう街では厳しい検閲が行われ、違反者には高額の罰金が科されました。誰のためのオリンピック?大量のチケットが企業用におさえられたため、地元住民が買おうとしてもチケットはなかなか手にはいりません。でも、住民もしっかりオリンピックに参加できることがひとつありました。それは、税金を払うこと。招聘時に発表された当初予算見積もりの4倍以上にふくれあがった開催経費の大半を支払うのは、国民です。華やかなスポーツの祭典、世界平和の象徴たるべきオリンピック。おいしい思いをしたのは、ダウ・ケミカルやBPなどの環境汚染や人権侵害で有名な企業も含めた巨大なグローバル企業。「国益」ということばの影で、市民は踏んだり蹴ったりの目にあったのです。(大竹秀子)
*ジュール・ボイコフ(Jules Boykoff): パシフィック大学準教授。ブライトン大学の客員研究員として赴任して、ロンドン五輪の開催までの動きを現地で調査した。
第69号(2013.10.18)
罰される島 ビエケス (2013.5.2放送)
翻訳:小田原 琳 字幕動画
ビエケス島は米領プエルトリコの本島の東側に位置する小さな島です。第2次大戦時の1941年に本島に設置される米軍基地の一部として島の4分の3近くが米海軍によって購入されました。以来、長年にわたり、実弾を使った射爆演習場として、また古くなった武器弾薬の廃棄場として使われました。環境破壊や事故による島民の被害に業を煮やし射爆演習場の撤去を求める必死の反対運動に屈して、米海軍がついに演習場を放棄したのは2003年のことでした。喜びにわいた市民的不服従運動の大勝利から、10年。意外にも、島民の苦しみは続いています。必要な除染作業は遅々として進まず、爆発物の処理や環境除染のためにつけられた2億ドル近い米連邦予算は、米国の請負業者の懐をあたためただけ。島民にはほとんど還元されませんでした。島民の多数が体内に重金属その他の有害物質を蓄積していると報告されており、がん発生率も異常な高率です。が、米連邦政府は、汚染との因果関係を否認しています。「米軍を追い出すなんて!」―米国にたてつくとこんな目にあうという見せしめ?罰される島ビエケスの現状が語られます。(大竹秀子)
*ロバート・ラビン(Robert Rabin): 「ビエケス島救援開発委員会」(Committee for the Rescue and Development
of Vieques)の創設メンバー。米海軍の爆撃演習を終結に導いた市民的不服従により半年間投獄された経験がある。
*ホセ・セラーノ(Jose Serrano): プエルトリコ出身でニューヨーク州選出の下院議員。ビエケスにおける米軍の行動に対する批判で知られる。
第68号(2013.9.26)
ネットが民主主義の敵に! (2013.4.5放送)
翻訳:阿野貴史 字幕動画
「インターネットが広がり始めた1980~90年代には、ネットは商業主義の入り込まない聖域に見えました」とメディア改革の旗手ロバート・マクチェズニー教授は語ります。「誰でも参加でき、対等に扱われ、巨大資本や政治権力に一市民が挑戦し、監視されることもなく、身元を突き止められることはない。インターネットを始めた人々が抱いていたのは、そんな素晴らしい民主主義の展望でした」と。ところがいまは?
寡占状態に達した巨大なネット企業は利用者の要望を無視し、劣悪なサービスに高価な料金を課しています。それなのに、利用者にとって重要なニュースや情報、クリエイティブな試みなどコンテンツを作る人たちにはおカネは流れません。なぜってネット帝国にとって商品は、コンテンツではなく私たち利用者なのですから。情報を利用する私たちがどんな生活をしどこに住み何を好んでいるかなどの情報を企業に売るのが商売なのです。利用者が自分についての情報を自分から提供してくれるのですから、企業のマーケティングツールとしてはもう最高です。こんな商売で大帝国と化したネット企業にとっては、民主主義なんてちっとも大事なことではありません。それどころか、商売の役に立たない、邪魔になると判断されれば、皆が見たいコンテンツも囲いこまれたり排除されたり。一方であなたばかりかあなたのお友達のプライバシーにまでどしどし侵入してきかねません。あげくのはてには、政府による監視の目にあなたの情報をさらしたり。資本主義の道具でしかなくなってしまったらネットはもう民主主義の敵です。マクチェズニー教授はネットの世界に迫るそんな危機を明らかにしながら、市民による反撃を促します。
(大竹秀子)
*ロバート・マクチェズニー(Robert McChesney):メディア改革団体「フリー・プレス」とメディア改革全国会議の創始者の1人。新著に
Digital Disconnect: How Capitalism Is Turning the Internet Against Democracy
(『デジタル・ディスコネクト─資本主義がネットを民主主義の敵に変える』)
第67号(2013.8.23)
ファシズムに陥ったカトリック教会 (2013.2.28放送)
翻訳:阿野貴史 字幕動画
長くやってりゃ、ほこりもたまる。ベネディクト16世の異例(600年ぶり!)の生前退位を機に、かねてから取りざたされていたカトリック教会内の不祥事が、あらためて注目を浴びました。聖職者たちによる児童性的虐待と組織ぐるみのもみ消し、バチカン銀行のマネーロンダリング疑惑、教会とCIAとの結託―「ボルジア家の時代以来」と呼ばれるほどみごとな退廃ぶりです。なぜ、こんな事態に?
ベネディクト16世に、責任の一端が問われています。ベネディクト16世はラッツィンガーと呼ばれた枢機卿時代から、カトリック教会の教義を監督する教理庁の長官として教会内の神学思想を力ずくで統制してきました。と同時に教会の気高い権威を傷つけるスキャンダルをもみ消しました。少数の権力者がすべてを決め、受け入れない人は「異端審問」にかける―恐怖のファッショ体制を敷いたと、マシュー・フォックス氏は弾劾します。かくいうフォックス氏自身もラッツィンガー枢機卿にカトリック教会を追われた司祭です。
カトリック教会内にも、いろいろな考え方が可能です。たとえば、1960年代末に開催された第2バチカン公会議は、「解放の神学」を生みました。民衆の側に立って社会正義の問題にも取り組む「開かれた教会」をめざしたのです。けれども、その後40年間あまりにバチカンが行ってきたのは、公会議が開いた扉をひとつひとつ閉ざし、独裁体制に帰っていくこと。その過程で、CIAと手を結ぶこともありました。世俗の悪にどっぷりまみれたカトリック教会、恐怖の統制を脱して自らを開放することはできるでしょうか?(大竹秀子)
*マシュー・フォックス(Matthew Fox):キリスト教の司祭で神学者。以前は、カトリック教会内のドミニコ会の司祭だったが、ラッツィンガー枢機卿(のちの教皇ベネディクト16世)により聖職を剥奪された。現在は米国聖公会の司祭。新刊書は
The Pope’s War:Why Ratzinger’s Secret Crusade Has Imperiled the Church
and How It Can Be Saved (『教皇の戦争―ラッツィンガーの秘密の聖戦で教会が存亡の危機に陥ったワケ、そして教会をいかにして救うか』)
第66号(2013.7.30)
フォードランディア (2009.07.02放送)
翻訳:加藤麻子 字幕動画
はた迷惑な偉人。ヘンリー・フォードはそんな人物だったらしい。自動車工場で組立 作業を分割して大量生産を可能にし、資本主義国アメリカの生産力と富を画期的に伸
ばし20世紀アメリカの繁栄に多大な貢献をしたフォードは、一方で労働者を視野に入 れた資本家でもありました。労働者にそこそこの高賃金を支払い、彼らが自分で作っ
た車を買えるようにすることで自社製品の販売量も伸びる。豊かで幸せな労働者を生 むことが資本主義には不可欠だとするフォーディズムは、やがて情け容赦のない資本
の論理に裏切られていきます。社員への究極の温情主義を追究しながら、結局は厳し い監視で統制するコントロールフリークにおちいっていったのです。そんなフォード
の夢の明暗を象徴するのが、フォードランディア―ブラジルのジャングルに理想のア メリカンライフを出現させようとする試みでした。資本主義をてなづけようとした
フォードの野望は、一国の制約をつき破った資本主義の発展の前に見果てぬ夢と化し ていきます。(大竹秀子)
*グレッグ・グランディン (Greg Grandin) ニューヨーク大学歴史学部教授(中米 史、ラテンアメリカ史)。2010年に出版されたFordlandia:
The Rise and Fall of Henry Ford’s Forgotten Jungle City(『フォードランディア:ヘンリー・フォー
ドの失われたジャングル都市の盛衰』)は、ニューヨークタイムズ紙、ニューヨー カー誌などで同年のベストブックに選ばれた。日本語翻訳書に『アメリカ帝国のワー
クショップ』。
第64号(2013.5.27)
借金をストライキ!「ローリング・ジュビリー」とは? (2012.11.15放送)
翻訳:小田原 琳 字幕動画
「ローリング・ジュビリー」はウォール街占拠運動から生まれたクリエイティブな試みで、学生ローンなど返済不能 になってこげついたため安値がついて市場に出ている債権を寄付で集めた資金を使って買い取り、債務を帳
消しにしてくれる。ウォール街占拠運動の担い手たちの一部が呼びかけ、軌道に乗せたこの運動、ハゲタカ ファンドが重債務に苦しむ貧困国への債権を超安値で買いとり厳しく取り立てて暴利を得ている手口を、債務
被害者の救済に転用したところが、痛快だ。世の中、債務を救済してもらえるのは銀行だけ。金融業界に「略 奪」された市民はウォール街やビジネス偏重の政策のあおりをくって苦しむだけ。そんな状況に市民が力を合
わせて対抗し実質的な成果をあげると同時に、ゆがんだ経済システムを暴いていくのが、この運動の狙いだ。 占拠していた公園からは追い出されたけれど、ウォール街と市民との接点ともいえる「債務」を新しい闘いの場と
して運動を続けるのだと、ローリング・ジュビリーの仕掛け人の一人、パメラ・ブラウンさんは語っている。(大竹秀子)
*パメラ・ブラウン(Pamela Brown):ニュースクール大学社会学部博士過程在学中。「ローリング・ジュビリー」 の母体となった「ストライク・デット」創設者の1人
第63号(2013.4.27)
オリバー・ストーン:『語られざる米国史』 (2012.11.16放送)
翻訳:斉木裕明 字幕動画(前篇) 字幕動画(後篇)
「歴史音痴」のアメリカ人、特に未来を担う次世代のアメリカ人に向けて、映画監督のオリバー・ストーンが歴史学者のピーター・カズニックの協力を得て、10回シリーズのテレビ番組Oliver Stone's Untold History of the United States(『オリバー・ストーンの語られざる米国史』)を制作しました。原爆投下の直後に生まれたストーンは、「原爆の恐怖の中で」育ったことがこの作品を創るきっかけになったと語っています。アメリカの大半の子供たちは、いまなお学校で原爆投下は必要だった、第2次大戦は良い戦争だったとする米国史を教えられて育ちます。ストーンとカズニックは、4年半をかけた今回のプロジェクトで「原爆投下が戦略的に不必要かつ不道徳だった」ことを明らかにし、核の脅威の下に数多くの戦闘と対立、独裁と抑圧を世界にはびこらせることになった米国の歴史をオバマ政権にいたるまで検証していきます。(大竹秀子)
*オリバー・ストーン(Oliver Stone) ハリウッドのヒットメーカーでありながら、政治的な主題にしかも政府の公式見解に真っ向から対立する視点から取り組む、極めて少数派の映画作家。代表作に『プラトーン』、『JFK』、『ウォール街』。近年はドキュメンタリーを積極的に手掛け、フィデル・カストロとキューバに取材した『コマンダンテ』ほかカストロ3部作、ラテンアメリカ各国における左派政権の勃興を伝える『国境の南』を監督した。今回のテレビシリーズOliver Stone'sUntold History of the United States (『オリバー・ストーンの語られざる米国史』)の書籍版(ピーター・カズニックとの共著)は、『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』(早川書房)という題で日本語訳が出版されている。
*ピーター・カズニック(Peter Kuznick) アメリカン大学の歴史学教授。広島と長崎への原爆投下に対する批判で知られる。共著に『広島・長崎への原爆投下再考―日米の視点』(法律文化社)、『原発とヒロシマ―「原子力平和利用」の真相』(岩波ブックレット)。
第62号(2013.3.29)
アーロン・シュワルツ:接続の自由 (2013.1.14放送)
翻訳:中野真紀子 字幕動画
インターネットの自由と普遍的な接続性を促進することを目的に毎年開かれる全国大会、F2C(Freedom to Connect)。2012年の大会では、アーロン・シュワルツが基調講演を行いました。より良い社会に向け、人々がつながり情報を交換する自由を推進するために、天才的プログラマーとして、またサイバー活動家として短い生涯を駆け抜けたアーロンが、「オンライン海賊行為防止法案」(下院のSOPAと上院のPIPA)阻止の運動について語っています。(大竹秀子)
*アーロン・シュワルツ(Aaron Swartz) 天才的プログラマー、サイバー活動家。インターネットのあり方を劇的に変えた「RSS」フォーマットの開発に10代で関わったほか、クリエイティブ・コモンズの設計にも貢献した。下院のインターネット検閲法案「オンライン海賊行為防止法案(SOPA)」や上院による同様の法「知的財産保護法案(PIPA)」に反対する市民運動の火付け役の一人として中心になって活動した。会員制の学術論文アーカイブの「JSTOR」から大量の記事や論文をダウンロードした罪で検察に訴追され、裁判が迫っていた(有罪の場合、最大禁錮35年)2013年1月に26歳の若さで自殺し、「ネットの自由」を求める人々の間に大きな波紋を呼んだ。
第61号(2013.2.26)
裏切られたアメリカン・ドリーム (2012.07.30放送)
翻訳:桜井まり子 字幕動画
ドナルド・バーレットとジェームズ・スティールは40年近くもコンビを組んで調査報 道を行い、ピュリッツァーはじめ数々の賞を受賞してきました。1991年に出版されベ
ストセラーになった名著『アメリカの没落』では、当時のアメリカの繁栄の陰でひっ そり始まっていた異変、産業の空洞化と中流層の没落に警鐘を鳴らしました。20世紀
の米国は、過去の帝国主義体制と植民地主義とは異なる、革新的でダイナミックな消 費者経済を形成したと、バーレット&スティールは評価します。一生懸命仕事して、
ルールを守れば、経済的・社会的に成功でき、次の世代により良い暮らしを約束でき る――そんな夢を信じて、アメリカの繁栄はミドルクラスに支えられたはずでした。
ところが、アメリカン・ドリームは、次第に裏切られていきます。『アメリカの没 落』から20年後、続編にあたる、The Betrayal of the
American Dream(『アメリカン・ドリームの裏切り』)で、2人は米国の中流層にもたらされた惨状を、改めて検 証します。過去30年以上にわたり、グローバルな大企業と彼らに牛耳られた米国政府
により、不公平な税法や規制緩和、野放しの詐欺的金融、組合つぶし、企業の海外移 転やアウトソーシングなどが進み、とびぬけた富裕層とグローバル企業が支配し、そ
の他の人々は貧困へと没落していく社会が出現してしまいました。かつては実現が可 能にみえた庶民の夢への道は閉ざされてしまったのです。過去数十年の政策により、
着実に進行してきた米国のお寒い変容、日本にもあてはまる点が多々ありそうです。(大竹秀子)
*ジェイムズ・スティール(James Steele)& ドナルド・バーレット(Donald Barlett): 40年以上にわたり2人でチームを組み、調査報道活動を続けている。
フィラデルフィア・インクワイアラー紙、タイム誌を経て、2006年以来、バニティ フェア誌の寄稿編集者。2度のピュリッツア賞を始め、多数のジャーナリズム賞を受
賞している。共著は7冊。日本語訳書に『アメリカの没落』がある。
第60号(2013.01.31)
マイケル・ポーラン:食の運動のいま (2012.10.14放送)
翻訳:関 房江
字幕動画1
字幕動画2
カリフォルニア州の州民投票は、「進歩的すぎる」などの理由でさまざまな圧力を怖れ議員が立法をはばかる住民の発議による提案への賛否を直接州民に問う直接民主主義的な立法手段。ここで通れば、全国にも影響が及ぶことから、「変化は西から」といわれてきました。州民投票は、大統領選挙や中間選挙の際に行われるのですが、昨年の選挙で問われたのは、遺伝子組み換え食品の表示を義務付ける「提案37号」でした。モンサント社など遺伝子組み換えが利益に直結するバイオテク巨大企業が二大政党を取り込んでおり、またメディア広告などを駆使した猛反撃が展開されたこともあり、提案は結局否決されてしまいました。食が抱える問題にかけては第一人者、ジャーナリストでベストセラー作家のマイケル・ポーラン教授が、米国での食の運動について語ります。米国で食の運動は、まだ「フォークで一票」、つまり間違っていると思う食品は買わないという取り組みの段階です。健康的な食品を生産し流通しようとするフードマーケットも勢いを増している。でも、それだけでは、だめ。大金をかけて自然で健康的な食生活を維持できる富裕層と、選択肢を奪われて工業化された食を強制される圧倒的多数へ、食の階層化が進みかねない。食には環境とエネルギー、健康の問題がわかちがたくからみあっている。だからこそ、ニューヨーク市で市長が強行した映画館や飲食店での甘味料入り清涼飲料水の大型容器販売の禁止などに見られる、立法や規制により健康的で民主的な食の仕組みを回復していく動きも必要だと、ポーランは執筆や講演を通して熱心な取組を続けています(大竹秀子)
*マイケル・ポーラン(Michael Pollan):カリフォルニア大学バークレー校教授。日本語翻訳書に『ガ ーデニングに心満つる日』(主婦の友社)、『欲望の植物誌―人をあやつる4つの植物
』(八坂書 房)、『雑食動物のジレンマ─ある4つの食事の自然史』(東洋経済新報社)、『ヘルシーな加工食 品はかなりヤバい―本当に安全なのは「自然のままの食品」だ』(青志社)、『フード・ルール
人と地球にやさしいシンプルな食習慣64』(東洋経済新報社)、『フード・インク─ごはんがあぶない』(共著 武田ランダムハウスジャパン)などがある。
第59号(2012.12.23)
ブラッドリー・マニングの素顔 (2012.06.08放送)
翻訳:斎藤雅子 字幕動画
ブラッドリー・マニングほど、ここ2~3年の世界の動きに大きな影響を及ぼした人物はいないかもしれません。米軍の情報分析官。ランクは、上等兵。米軍によるイラク民間人爆撃ビデオや米国国務省の外交公電など大量の機密情報をウィキリークスに渡したとして身柄を拘束された当時、わずか23歳の若者でした。彼がもらしたとされる情報が、「アラブの春」の火付け役になりました。右派は、マニングに対する容赦ない人格攻撃を行ってきましたが、新刊書Private:
Bradley Manning, WikiLeaks, and the Biggest Exposure of Official Secrets
in American History(『プ ライベート:ブラッドリー・マニング、ウィキリークス、そして米国史上最大の公的機密の暴露』)【訳注:Privateには「上等兵」の意味のほか、「秘密」や
「私事」も意味しています】で、著者のデンバー・ニックスは、マニングの人生の軌跡は、ある意味でアメリカ人の典型だと反撃、マニングを通してアメリカの歩みが象徴的に現れていると主張します。米国でゲイの人権が一般的に認知されるようになりながら、軍ではまだ、ゲイであることを隠すことを強要されていた時代。米国で国家安全保障を最優先する国家のあり方が新段階を迎え、機密情報の量も、アクセス権限を持つ人の数も、アクセス権限の幅も肥大化し、一個人が山のような情報への鍵を手に入れるとができるようになった時代。マニングが生きてきたのはそんな時代でした。波乱に富んだ生い立ちの末、ようやく選んだ仕事先で、汚い事実がどっさりの機密情報にさらされてしまった若者マニング。「9.11後の世界、闇の中で展開される外交政策の時代に、政府が何を行っているかを知るために私たちは、これまで以上にリークに頼っています。リークは避けがたいばかりでなく、必要なんです」とニックスは言います。マニングが、その時、そこにいてくれたこと――なんともすばらしい歴史のいたずらだったのかもしれません。(大竹秀子)
*デンバー・ニックス(Denver Nicks):ウェブサイト「デイリー・ビースト」寄稿記者。ブラッドリー・マニングに焦点を当てた Private: Bradley Manning, WikiLeaks, and the Biggest Exposure of Official
Secrets in American History (『プライベート:ブラッドリー・マニング、ウィキリークス、米国史上最大の政府機密の暴露』)を刊行。
第58号(2012.11.15)
スペインの怒れる人々 (2012.03.30公開)
翻訳:西内佐知子 字幕動画
スペインで米国で日本で、市民の手による「世直し」の機運が高まっています。その大きなきっかけになったのが、スペインでの「怒れる人々(インディグナドス)」の運動でした。2011年、統一地方選挙をひかえた5月15日、福祉や社会政策を次々に切り捨てる厳しい緊縮財政に不満を抱き、政権の交代ではもはや解決がつかない政治・経済体制に抗議する人々がマドリードのプエルタ・デル・ソル広場はじめ全国各地で大規模なデモや集会を繰り広げ、広場を占拠しました。ユーロ圏のトロイカ体制に仕切られ、国民の手が届かなくなった政治。そのくせ、住む家を取り上げられたり、教育や医療のサービスが激減したり、破綻だけは身近に迫ってくるのです。占拠運動はやがて地域社会に浸透していきます。スペインでもそしてそこから大きな影響を受けた米国のオキュパイ運動でも一見表面から消えたようにみえながら、強制退去を阻止したりハリケーンの被災者の救援にあたったり、活動の形を臨機応変に変えことあるごとに噴出し、底力を発揮しています。抗議するだけでは変わらない。市民の手に力を取り戻し、手応えのある個別の問題への取り組みを通して社会を根底から変えていきたい。「怒れる人々」の運動はグローバルにひろがっています。このセグメントでは、その原点となったスペインの「インディグナドス」の背景をたどります。(大竹秀子)
*マリア・カリオン(Maria Carrion)マドリード在住のフリーランス・ジャーナリストでデモクラシー・ナウ!の元プロデューサー
第57号(2012.10.16)
作られるうつ病 (2010.03.01放送)
翻訳:小椋優子 字幕動画
「奇跡の薬」とまで呼ばれ、一世を風靡した「プロザック」。発売から20年がたち、この間にうつ病と診断される人の数が激増しました。いまでは、全米で約3000万人が計100億ドルを投じて抗うつ薬を服用し、人の悲しみは「うつ病」と呼ばれる病気で説明されると考えられるようになりました。あらゆる意気消沈を脳内の生化学反応の故障とする見方は医学界でますます強まり、親しい人との死別による気落ちさえ、うつ病とみなし薬で治療する時代が到来しかねない趨勢です。薬の前に人は無力。世界のありようや人間関係などが引き金となって落ち込んでも、幸せを感じられないのは生化学的な病気のせいだとされる。とたんに、社会を変えようとする意欲や関心がそがれてしまいかねません。うつ病は、作り出された病気なのでしょうか?精神療法士のゲイリー・グリーンバーグが、「うつ病」の歴史と薬品業界がそこで果たした役割を検証します。(大竹秀子)
*ゲイリー・グリーンバーグ(Gary Greenberg)精神療法士、著述家。日本語訳書に『「うつ」がこの世にある理由―作られた病の知られざる真実』
第56号(2012.9.22)
ポール・クルーグマン:さっさと不況を終わらせろ (2012.5.17放送)
翻訳:関 房江 字幕動画字幕動画
不況を今すぐ終わらせる方法は?「お金を使うこと」。その財源は?「借金です」。ポール・クルーグマンの答えは実に明快です。経済学の基本は、ごく簡単。不況時には政府が支出を増やし需要を創り出す。財政赤字の心配は経済が上向いた時にすればよい。財政赤字に対する過剰な反応は経済回復を妨げるだけと言うのです。
でもそんなに簡単なら、なぜ解決しない?問題は、政治です。米国では昨年共和党が債務上限額の引き上げ承認を盾にとって政府に歳出削減を要求し、債務不履行寸前にまで追い詰めました。大きな政府を悪とする考えは長年にわたって米国民に吹き込まれています。「普通の家庭でも、収入を超える支出はしない。だから政府もそうすべきだ」。もっともしごくに聞こえます。だが、国の経済は家計とは違います。国の経済では「あなたの支出は、私の収入。あなたの収入は、私の支出」。みんなが同時に支出を減らせば、経済が低迷してしまいます。
クルーグマンに言わせれば、オバマ政権の景気刺激策は全然、足りない。共和党に歩み寄り、1992年頃の共和党穏健派に近い立場をとっている。州や地方自治体を支援し予算削減のためにここ数年間に解雇された学校の教師、消防士、警察官を再雇用し、道路などのインフラに投資する。それだけでも、経済回復に大きな効果があがるはず。必要なのは、需要なのだから。それを社会主義だ、左翼だとそしり足をひっぱるのは、共和党が過激に右傾化しているしるしだとクルーグマンは指摘します。さらに欧州に目をやり、ギリシャやスペインなど財政危機に陥っている国に対して厳しい緊縮政策を強要したユーロ圏は大恐慌に向かって突っ走っていると危機感を募らせます。
2011年の夏に「赤字と負債一辺倒」だった米国の世論を、「不平等、不公平、雇用問題」に転換させたオキュパイの運動。だが、そうして浮き彫りにされた真の緊急問題を正面から論じようとしないオバマ政権、問題の被害者をなまけ者・無責任扱いする共和党主流派。「不況をさっさと終わらせる」政府を期待するのは、難しそうです。(大竹秀子)
*ポール・クルーグマン(Paul Krugman) ノーベル受賞の経済学者、ニューヨーク・タイムズ紙の論説コラムニスト、プリンストン大学教授、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのセンテナリー教授。『世界大不況からの脱出
- なぜ恐慌型経済は広がったのか』など著書多数。 新著は『さっさと不況を終わらせろ』
第55号(2012.8.17)
企業による世界統治を参加国に強制するTPP (2012.6.14放送)
翻訳:田中 泉 字幕動画
環太平洋経済連携協定(TPP)がアメリカでも注目を浴び始めています。米国と環太平洋8カ国との間でもう2年にもわたり秘密裏に進められているこの協定の中でも特に問題が多いとみられる部分がリークされたからです。フェアトレード団体「パブリックシチズン」(Public
Citizen)の「グローバルトレードウォッチ」プログラム代表ロリ・ウォラックによると、TPPは、「人口の1%を占める富裕層が市民の生活の最低限のニーズや基本的人権を破壊する道具」です。
TPPのもとでは米国はじめ調印国で活動する外国企業は国際法廷を介してその国の法律・規制・行政手続きを超える力を持ち、気に入らない法規に罰則を課すことができるようになります。巨大製薬会社の特許枠を拡大し医薬品のコストを上げたり、参加国に厳しい著作権法を採用させたり、各国の金融規制を制限して高リスクの金融商品の販売を禁止できなくすることも可能です。また、地産や国産品を推奨する政策や、環境や人権を配慮する商品も「自由」貿易を阻むものとして提訴の対象とされかねません。
TPPはトロイの木馬。貿易協定という外見を取りながら、実は企業の新しい権利と特権を保証し企業による統治に強制力をもたせる仕組みが仕込まれています。しかもセメントのように一度固まってしまったら参加国全員が同意しない限り規則は変更できません。あまりにひどい内容なので、公表したら市民の反対が巻き起こる。だからこそ、協議は秘密裏に進められ、米国でも国会議員はつんぼさじきにおかれてきたとウォラックは説明します。600人もの企業顧問には、草案へのアクセスが許されていると言うのに。しかもこの協定。最終的には太平洋諸国を超えて世界に広げられる可能性も。企業による世界統治の完成です。
知れば知るほど空恐ろしいTPP。停めるなら、いまなのです。(大竹秀子)
*ロリ・ウォラック(Lori Wallach) フェアトレード団体「パブリックシチズン」(Public Citizen)のグローバル・トレード・ウォッチ代表。
第54号(2012.07.28)
民主主義を踏みにじったギリシャ「救済」 (2011.11.03放送)
翻訳:小田原 琳 字幕動画
2011年秋カンヌで開かれたG20サミットの中心議題は、ギリシャの財政赤字拡大に端 を発する欧州務危機でした。ギリシャのデフォルト(債務不履行)を阻止するためEU
は財政支援を行う一方、ギリシャには財政規律を要求し厳しい緊縮財政政策を約束さ せようとしています。ユーロを使い続けるかぎりギリシャは独自の通貨政策が取れま
せん。かつてIMFが第3世界に押し付けたような政策をやむなくとれば、ギリシャ経済 は壊滅的な打撃を受け、向こう10年は立ち直れません。国民の生活に決定的な影響を
及ぼすこと間違いなしのEUの支援策を受け容れるかどうかを国民投票にかけようとし た同国のパパンドレウ首相に、G20首脳は集中砲火を浴びせました。ギリシャの民主
主義などよりユーロの安定が大事なのです。ギリシャ国債の最大の保証人になってい たのは米国の投資信託(MMF)やヘッジファンドでした。欧州の銀行がこわがって手を
出さなかったリスキーな国債に逆張りをかけて保証証券(CDS)を売りまくったので す。ギリシャが返済不能になれば大損してしまいます。でもウォール街の皮算用に
は、米国による政治圧力への期待がちゃんと組み込まれていたようです。ガイトナー 財務長官やオバマ大統領が欧州に出向き、ギリシャのデフォルトや債務減免を認めな
いように圧力をかけ、欧州経済の破滅がいやならギリシャに血を流させろと命じたと いうのです。こうした状況の下、ギリシャで起きた民衆デモは、ニューヨークの
ウォール街占拠とまったく同じです。民主主義を踏みにじるグローバル金融資本への 反発が原動力になっているのです。 結局、国民投票は行われず、パパンドレウは内閣信任決議が可決されたものの、左右
両派の合意で大連立政権をめざす形で辞任。2011年11月に元ギリシャ中央銀行総裁 で、欧州中央銀行副総裁も務めたルーカス・パパディモス氏を首班とした新政権
(PASOK,新民主主義党、及び国民正統派運動による連立内閣)が成立し、2012年5月 にEUの第2次支援が合意されました。しかし、同月の選挙で連立与党は過半数割れ。6
月の再選挙で第一党になった新民主主義党のアンドニス・サマラスを首相にND、 PASOK、民主左派の連立政権が発足し、お目付役の国際通貨基金(IMF)、欧州連
合(EU)、欧州中央銀行(ECB)の評価を得ようと、政府資産を売却したり、歳 出を削減し、支援確保をめざし財政目標達成に励んでいますが、これからも火事場で何
が起こるのか、苦難はまだまだ続きそうです。 (大竹秀子)
*マイケル・ハドソン(Michael Hudson) ミズーリ大学カンザスシティ校の経済学 教授で、長期経済動向研究所の所長。 『超帝国主義国家アメリカの内幕』の著者。
第53号(2012.6.28)
隠された人種差別 (2012.1.13放送)
翻訳:川上奈緒子 字幕動画(1) 字幕動画(2)
人種差別が無くなったはずの米国。2人の活動家兼著述家、ランダル・ロビンソンとミシェル・アレグザンダーが、黒人のアメリカを語ります。 「トランスアフリカ・フォーラム」の創設者として、カリブや中南米も含めたアフリカ系ディアスポラ社会ならびに米国のアフリカ政策の研究に力をいれてきたランダル・ロビンソンは、新作小説Makeda(『マケダ』)を軸に奴隷として集団的記憶を根絶された黒人の体験をもとに記憶の力を語ります。一方、The
New Jim Crow: Mass Incarceration in the Age of Colorblindness(『新たな黒人隔離:カラーブラインド時代の大量投獄』)が大きな話題を呼んだミシェル・アレグザンダーは、麻薬撲滅を錦の御旗にした1980年代後半以降の麻薬戦争に潜む人種差別に目を付けます。貧困地区の黒人を狙いうちにし大量に刑務所に送り込む。そして、不公平な量刑で違反者を重罪犯にし、出所後も投票権の剥奪などさまざまな制限でしばる─公民権運動を担った人々が命をかけてまで獲得した平等な「市民」としての黒人やマイノリティの地位が、こうしてなしくずしに損なわれていると、アレグザンダーは主張します。ゲスト二人に共通する試み、それは見えないところで制度が仕掛けている「支配」のからくりを探り当て感じられるものにすること。そしてそれを、自らを解放する力にしていくことです。(大竹秀子)
*ランダル・ロビンソン(Randall Robinson) 「トランスアフリカ・フォーラム (TransAfrica Forum)」の創設者で元代表。カリブや中南米も含めたアフリカ系
ディアスポラ社会ならびに米国のアフリカ政策の研究に力をいれ、南アフリカのアパ ルトヘイトに 対する反対運動の急先鋒として活躍した。主書にハイチの歴史を扱っ
た An Unbroken Agony: Haiti, From Revolution to the Kidnapping of a President
(『終わらない試練 ハイチ 革命から大統領拉致まで』)他。最近著 は、小説 Makeda(『マケダ』)。
**ミシェル・アレグザンダー(Michelle Alexander)公民権擁護弁護士。話題作The New Jim Crow: Mass Incarceration
in the Age of Colorblindness(『新たな黒人 隔離:カラーブラインド時代の大量投獄』)の著者。オハイオ州立大学のモリッツカ
レッジとキルワン人種民族研究所の両方に籍を置く。
第52号(2012.5.28)
政府と企業の検閲が進むインターネット (2012.1.17放送)
翻訳:田中 泉 字幕動画
「アラブの春」を機にインターネットは、解放をもたらす強力な力としてもてはやされるようになりました。けれども一方でインターネットは人々をスパイし、市民の自由を厳しく取り締まるためにも使われていることにレベッカ・マッキノンは警告を発します。よく取り沙汰される中国のような国にとどまらず、民主主義圏とされる欧米諸国でも、著作権保護と児童ポルノの取締を口実に検閲法が増殖し、ネットのブロッキングが人目につきにくい形で野放しに広がり、ネットの自由を次第に浸食しています。市民はデジタル空間で何を見ることが出来、何にアクセス出来、何を公表し送信することが出来るのか。その権限を企業や政府が握り、説明責任を負わずに濫用しても、市民には歯止めがきかない──このままでは、そんな未来が生まれかねません。iPhoneで権力者の神経を逆撫でしないよう、先回りしてコンテンツを規制したかに見えるアップル、公式に何の告発も受けていないウィキリークスとの取引を断絶したアマゾン、ユーザーのプライバシーを危機にさらしたフェースブック、180日以上前の電子メールなら政府がいとも簡単にアクセス出来る現行法─企業による市民の自由の侵害の具体的な例を次々にあげながら、マッキノンは「インターネットの時代に民主主義が生き残る
ことを望むのなら、インターネットが必ず民主主義と矛盾しないかたちで進化するよう、働きかけなければならない」と市民による闘いの必要を説きます(大竹秀子)
*レベッカ・マッキノン(Rebecca Mackinnon) CNN の北京と東京の支局長を経てブロガーに。現在は、ニューアメリカ財団のフェロー。ブロガー、翻訳者、市民ジャーナリストのための国際的ネットワーク”Global
Voices Online”を共同創設。新著に、Consent of the Networked: The WorldwideStruggle
for Internet Freedom (『ユーザーの同意:インターネットの自由を求める世界的な闘い』)
第51号(2012.4.18)
「ウォール街の占拠を超えて」 (2011.11.16放送)
翻訳:小田原琳 字幕動画
「ウォール街を占拠」運動の何が人々をあんなにもひきつけたのか?作家のジェフ・シャーレットはこの運動の新しさを、自由な創造性にみます。最初は、どうせうまくいきそうにない運動に見えた。労組など既存の団体は見向きもしなかった。だから、アーティストや学生たちが「ダメ元」のノリで想像力豊かに運動の基盤を作ることができたと言うのです。一方、社会変革研究者のマリーナ・シトリンさんは、この運動をアルゼンチンの2001年の経済危機後に生まれた「ホリゾンタリダード(水平化)」とつなげます。上下関係がなく人が人に対して権力をふるわない、だれもが可能な限り平等に耳を傾けてもらえる真の意味での民主主義の模索です。ズコッティ公園(リバティ広場)はそのような思いを持つ人々が集まり意思決定をする場として、「急進的な組織の方法」を提示したと言うのです。だから、警察により公園から閉め出されても、そのような「広場」が職場や学校や隣近所に飛び火して新しい命を得るなら悪くない、とも。もともと、「今すぐ政府の支配権を手にしたい」人々の運動ではなかった。「将来に向けてオルタナティブの種をまきたい」という姿勢なのだと。テクノロジーによって何もかもが人間のスケールを超えてしまった現代世界で敢えて人間のスピードで進もうする、それもまた抵抗の意思の表れなのでしょうか。(大竹秀子)
*マリーナ・シトリン(Marina Sitrin) ニューヨーク市立大学のグローバリゼーションと社会変革センターのポスドク研究員。著書はHorizontalism:
Voices of Popular Power in Argentina(『水平化主義:アルゼンチンの民衆パワーの声』)。スペインからエジプトまでのグローバルな民衆蜂起を研究。
*ジェフ・シャーレット(Jeff Sharlet) ハーパーズ誌やローリングストーン誌の寄稿者で、ダートマス・カレッジオ英文学教授。ベストセラーになったThe
Family (『ファミリー』)など著書多数。ローリングストーン誌にウォール街占拠運動の始まりを調査した"Inside Occupy
Wall Street: How a Bunch of Anarchists and Radicals with Nothing but Sleeping
Bags Launched a Nationwide Movement"(ウォール街占拠運動の内幕:寝袋しか持たないアナーキストと急進派の群れが全国的な運動をどうやって始めたか?)が掲載された。
第50号(2012.03.27)
ロボット兵士と戦争 (2012.2.6放送)
翻訳:桜井まり子 字幕動画
「単調(Dull)」「汚い(Dirty)」「危険(Dangerous)」─3つのDを特長とする仕事を ロボットに担わせることにより、戦争の形が大きな変化を遂げています。たとえば
察と攻撃を行う無人機の採用で、米国で家族と共に暮らし、通勤して遠隔操縦で戦闘行為を行ない勤務時間が終われば普通の市民生活に戻る戦闘員が生まれています。技術革新によってロボット化が進んでも機械を設計し、配備し、動かすのは人間。ロボット兵士を介した戦争は、人間の戦争体験をどう変えていくのでしょうか?兵士が死なない戦争、無人偵察機・無人攻撃機による戦争のバーチャル化、無人機が記録する残虐な映像を「ポルノ」のように消費する文化の出現─ブルッキングス研究所の上級研究員で、『ロボット兵士の戦争』の著者P.W.シンガー氏は、機械化により、ロボットに戦争を肩代わりさせることで人間や政治指導者の責任を希薄化させていこうとする傾向に懸念を示します。ロボット化は、戦場にとどまりません。テロへの脅威を合い言葉に、市民への監視がまかり通り、無人機が治安目的などでも使われ始めています。論議不在のまま、進行してきた戦争のロボット化が、民主主義にとってどういう意味を持つのか。シンガー氏の問いは、いま、ますます重要です。(大竹秀子)
*ピーター・ウォレン・シンガー(Peter Warren Singer) 国際政治学者。現在、ブルッキングス研究所上級研究員で、「21