J・スティグリッツ  緊縮財政の推進が世界経済を破滅にみちびく

2010/10/20(Wed)
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銀行側の住宅差し押さえ手続きに組織的な不正があったことが発覚し, 米国の住宅差し押さえ問題は新たな段階に入りました。内容の確認をおろそかにして大量の差し押さえ書類を作成したことが発覚し、全米に懸念が広がっています。一方ヨーロッパでは、財政危機を理由に緊縮政策を推進する政府に対し民衆の抗議運動が各地で盛り上がっています。ノーベル経済学賞受賞者ジョセフ・スティグリッツ教授が米国と世界経済の現状を語ります。

住宅ローン破綻による差し押さえの急増は「住宅差し押さえ危機」と呼ばれてきましたが、2010年10月には差し押さえ書類の作成に際して住宅ローン会社や再建回収業者が組織的に手抜きをしていたことが明らかになり、さらには貸付契約を結んだ時点から手続きに問題があったことも判明して、「住宅差し押さえスキャンダル」(フォアクロージャーゲート)へと発展しました。バンク・オブ・アメリカ、ウェルズファーゴ、JPモルガン、シティ・ブループなどの大手銀行が一時的に住宅差し押さえの執行を凍結し、連邦政府が特命チームを作って捜査を開始しました。投資家の不安と市場への影響が懸念されています。

金融危機を引き起こした大手金融機関のモーゲージ債は、そもそもこうした詐欺的な焦げ付き住宅ローンを集めてリパッケージした金融商品でした。最初から最後まで詐欺的な行為がからんでいます。スティグリッツによれば、いま必要なのは、住宅所有者を立ち退きから守り、地域社会への悪影響を防ぐこと。そのためには日本の民事再生法にあたる「チャプター2」の住宅所有者版をつくり、元本の減免と返済計画の見直しによって彼らがそこに住み続けながら返済できるようにすることです。

世界金融危機以来、欧米各国の政府は財政均衡で足並みを揃え、緊縮政策を進めて公共サービスの削減や社会福祉予算を切り詰めています。これに対しヨーロッパでは各地で抗議行動が起きています。フランスでは年金改革に反対して7日連続でストライキが起こり、英国では近年最大の大緊縮予算案が提出され労働組合を中心に抗議運動が広がりました。リーマン破綻の直後には世界がケインズ主義で結束し、各国とも大型の景気対策の必要を認めていましたが、その時期は終わり、いまは各国でフーバー主義のぶり返しが起きているとスティグリッツは指摘します。この保守派の政策は「財政への信頼を回復するため歳出を削減し、赤字を減らそう」と言って1929年の大恐慌を招き、すでに失敗が証明されているというのに、懲りずに何度も失敗を繰り返す自己破滅型の論理です。

米国の景気対策はマネーサプライの大幅拡大です。しかし銀行制度改革は棚上げで住宅ローン問題をひきずったままでは、どんなにドルの供給を拡大しても資金は国内経済に流れず銀行貸付は増えません。増刷したドルは、もっと条件の良い新興経済市場に大量に流れます。これが世界中の経済に大混乱を招き、為替レートの引き下げ競争を引き起こしているとスティグリッツは警告します。(中野真紀子)
★ ニュースレター第39号(2011.4.28)
★ DVD 2010年度 第4巻 「巨大リスクと利益」に収録

*ジョセフ・スティグリッツ(Joseph Stiglitz)ノーベル経済学賞受賞のコロンビア大学教授。最新著は『フリーフォール グローバル経済はどこまで落ちるのか』

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字幕翻訳:田中泉/校正・全体監修:中野真紀子・丸山紀一朗