2010年第4巻(通巻18) 巨大リスクと利益

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 高度な技術を駆使して自然をねじふせ、ほしいままに資源を搾り出す巨大産業。「神の仕業」とうぬぼれるほど収奪にかけては全能のようですが、リスク管理の能力はほとんどゼロです。ひとつ間違えば世界が吹っ飛ぶような巨大なリスクをもて遊び、失敗の後始末は社会全体に負わせるという構造では、危なくてやってられません。

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 2008年7月ブッシュ大統領は、米国近海の大陸棚での石油・天然ガス採掘を禁止してきた1981年の環境保護のための法律を解除するよう、議会に強く要請しました。エネルギー資源の対外依存を引き下げ、ガソリン価格の低下をもたらすためとの説明ですが、本当でしょうか? ナオミ・クラインは、北極圏や大陸棚での石油採掘は、価格低下にも供給増加にも貢献せず、大手石油企業の市場支配を強化するだけだと反論します。
 クラインが2007年に発表した『ショックドクトリン』で論じた惨事活用型資本主義の理論は、世界中で大きな反響を呼びました。社会が大きな危機に見舞われたとき、まどわされた民衆はとりあえず目の前にある救済策に飛びつきます。これを利用して、本来ならば受け入れられない企業優遇の政策を、新自由主義者たちが強行するのです。石油価格高騰を受けたブッシュ政権の対応も、まさしくこの火事場泥棒の手口でした。本当の問題の解決にはならないけれど、石油企業は念願の海底掘削権をちゃっかり手に入れるのです。(2008年7月15日放送)

*ナオミ・クライン (Naomi Klein) カナダのジャーナリスト、活動家。2000年に出版した『ブランドなんか、いらない』は、企業中心のグロール化に抵抗する運動のマニフェストとしてベストセラーになった。


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 水圧破砕法あるいは「フラッキング」(フラクチャリング)と呼ばれる石油・天然ガス採掘技術は、油層に高圧の液体を注入して岩石層に割れ目(フラクチャ)を作り、そこに砂などを充填して割れ目がふさがらないようにして、ガスの通り道を作ってやる採掘法です。液体を固める過程でいろいろな化学薬品が使われます。
 ハリバートン社などの採掘会社は、「フラッキング」によるガス採掘は安全だといいますが、それに反対する人々は、この技法は危険な物質で地下水を汚染すると主張しています。天然ガス採掘と地下水汚染とのつながりを示唆する新たな証拠が連邦政府職員の調査により発覚しました。(2009年9月3日放送)

*エイブラハム・ラストガーテン(Abrahm Lustgarten) 調査報道サイト「プロプブリカ」の記者で、過去1年にわたりフラッキング技法による汚染の問題を詳細に調査。


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 気候変動対策のひとつとして原子力発電所が脚光を浴びています。オバマ政権は原子力発電所の新設助成に185億ドルの予算を組み、合衆国では約30年ぶりになる新規原発建設を推進します。その一方で、古い原発の廃棄処分は先送りされています。1970年代に建設された原発は設計耐用年数が40年程度であり、すでに寿命が尽きています。そうした「ゾンビ原発」が米国各地に100基以上も存在しています。原子力規制委員会(NRC)は、これらの約半分に20年のライセンス延長を認めました。
 こんなことが起こるのは、原発がおいしいビジネスだからです。ライセンスの延長は、たいていは新会社による買収とセットになっていて、旧会社が背負っていた債務は政府の金、つまり税金で清算されます。そして新会社もまた政府に100%の債務保証を要求するのです。原子力発電事業は市場原理のもとでは維持できないからです。運営以上においしいのは、リスクのまったくない新規原発の建設です。(2009年11月25日放送)

*クリスティアン・パレンティ(Christian Parenti) ジャーナリスト。ネイション誌の気候変動特集号の特別編集員。


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 ドイツのボンに集まった約80人のライトライブリフッド賞受賞者たち中に、カナダの農民パーシー・シュマイザーの姿がありました。受賞理由は、生物多様性と農民の権利を守るための勇気ある行動、すなわち巨大バイオ企業モンサントに対して戦いを挑んだダヴィデのような行動です。シュマイザー夫妻の戦いの記録を通じて、モンサント社と遺伝子組換え産業の危うさが浮き彫りになります。
 世界の遺伝子組み換え(GM)種子パテントの9割を持つというモンサント社は、自社の開発した種子の他はどんな植物も枯らしてしまう強力除草剤ラウンドアップとのセットで世界中にGM種子を売りこんでいます。化学薬品の使用を減らし、収穫も増えるという触れ込みに、カナダをはじめ各国政府は十分な安全性の試験もなくモンサントのGM種子を承認しました。しかし、農民に種子の保存を許さない一方的な契約、違反行為の監視や訴訟を武器にした農民への脅し、金を使った政治家への働きかけなど、自社の遺伝子特許利権を守るための強引なやり方には欧州を中心に批判がたかまってきています。(2010年9月17日放送)

*パーシー・シュマイザー(Percy Schmeiser) カナダの農民。1997年にライトライブリフッド賞を受賞。


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 米国では富の格差がますます拡大し、上位1%の金持ちが国民総所得の25%を懐に入れます。過去10年の経済成長は上位2%が独り占めにしています。有り余る資金で金融ギャンブルをやり世界経済を危機に陥れたのも彼らですが、失業者が街にあふれるなか金融業界は空前のボーナスを配っています。しかも税金は払いません。政界に効率のよい投資をして、税制も規制も自分たちに都合のよいものに変えていきました。しかし、そんなことを続けては国全体が傾いてしまいます。
 日本の原発事故との関連では、金融派生商品による市場のメルトダウンと比較して、どちらの場合も破綻が起こるリスクをできるだけ小さく見積もろうとする傾向があり、その理由は過小評価したほうが得だからだとスティグリッツは指摘します。「経済全体にリスクを分散したから、リスク管理はできている」つまり一企業の手には負えない巨大な損害は社会全体が背負うことになるので、リスクをとったほうが得なのです。こんな方向にインセンチブが働いてはたまりません。(2011年4月7日放送)

*ジョセフ・スティグリッツ(Joseph Stiglitz) ノーベル賞受賞の経済学者でコロンビア大学教授。著書多数。最新著は『フリーフォール グローバル経済はどこまで落ちるのか』。


6.メキシコ湾石油流出から1年 (14分)  DVD限定

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 2010年4月20日メキシコ湾で深海原油採掘を行っていたBPの掘削基地が爆発しました。作業員11名が死亡、2億ガロン近い原油や天然ガスが海底から噴出し、有毒な化学物質がメキシコ湾一帯を覆い海洋生物や地域社会を破壊する米国史上最悪の海洋原油流出事故となりました。1年後の今も原油は湾内にとどまって汚染を続けており、漁業は壊滅、地域経済は回復せず、住民の健康被害が報告されていますが、BPは賠償責任も法的責任も果たしていません。この事故をとおして、危機対応の問題点がいくつも明らかになりましたが、それが次の災害時にいかされるようにはなっていないようです。ここ30年ほどのめざましい技術革新によって深海や北極圏のように難しく危険な場所での採掘が可能になり、それにつれて事故のリスクも被害も桁外れに拡大しているのに、それに対応できるような危機管理の方にはまったく投資が追いついていません。今後どれだけ続くかわからない未曾有の被害に怖気づいた政府は、事故処理を企業に押し付け、不手際を避難することで責任を逃れようとしますが、それは被災者の苦しみをさらに拡大するものです。(2011年4月20日放送)

*カール・サフィーナ(Carl Safina) マッカーサー・フェロー,ピュー・フェロー,グッゲンハイム・フェロー。ブルーオーシャン研究所創設者。


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 高度な技術を駆使して自然をねじふせ、ほしいままに資源を搾り出す巨大産業。「神の仕業」とうぬぼれるほど収奪にかけては全能のようですが、リスク管理の能力はほとんどゼロです。ひとつ間違えば世界が吹っ飛ぶような巨大なリスクをもて遊び、失敗の後始末は社会全体に負わせるという構造では、危なくてやってられません。

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