ハイチの苦難の歴史 黒人奴隷革命から大統領拉致まで ランダル・ロビンソン 前編
民主的に選ばれた大統領が、未明に官邸を襲った他国政府の要員によって拉致され、国外に追放される。こんな無法な事件が4年前ハイチで起こりましたが、その事実は大手メディアでは報道されていません。カリブ世界の最貧国、政情不安のつづく破綻国家で、またもや軍事クーデターが起こったと片付けられているようです。ハイチはフランス革命時代に黒人奴隷が蜂起しフランスから独立した世界最初の黒人共和国です。その輝かしい歴史のために、この国は大きな代償を支払わされてきました。独立以来たえまなく続く欧米の敵意と干渉について、2004年のクーデターの詳細と、その後の現地情勢を調査したランダル・ロビンソンが語ります。
2004年2月29日、ハイチの民主的に選出された大統領ジャン=ベルトラン・アリスティドが米国の支援するクーデターで亡命しました。治安が悪化し、武装反乱勢力が首都に迫ったためアリスティド大統領は自発的にハイチを脱出したのだとブッシュ政権は主張し、大手メディアもそれにそった報道をしました。この説明に疑問を持った米国の議員やNGOの一団が、2週間後にチャーター便で中央アフリカに飛び、アリスティド夫妻を解放してカリブに連れ戻しました。このときエイミーも同行し、機中でアリスティド本人にインタビューを行い、当時どこも報道しなかった大統領の拉致事件を伝えました。
この代表団を率いていたのはカリフォルニア州選出の民主党マクシン・ウォーター議員と、NPO「トランスアフリカ」の創始者でアリスティド夫妻と親交のあったランダル・ロビンソンでした。ロビンソンは後に、この時の出来事を詳細に調査して記録をまとめ、大統領が自発的に亡命したというブッシュ政権の主張を覆しました。クーデターを起こしたギ・フィリップらの武装勢力は、米国が隣国のドミニカ共和国で武器や訓練を施して送り込んだものです。その勢力は200人程度のもので、首都に攻め込んで制圧することなどできるはずもなく、しかも2月29日にはまだ首都から遠い位置にあったとロビンソンは指摘します。それを知りながら米国は、反乱勢力が首都に攻め込むという情報を伝え、アリスティドに亡命を迫りました。これはクーデターのでっちあげであり、アメリカがハイチの民主主義をつぶしたのだと、ロビンソンは言います。
米国だけではありません。アリスティドが連れて行かれた中央アフリカは旧フランス植民地であり、実質的には今もフランスが影で支配しています。フランスの協力がなければ、中央アフリカへの追放はありえないことです。この当時、イラク侵攻の是非をめぐり国際舞台でブッシュ政権を激しく攻撃したドビルパンですが、その裏でハイチに対しては無法な干渉に手を結んでいたのです。
フランスとアメリカの強い干渉は、奴隷制や植民地支配の歴史にかかわる根深いものです。フランスは最大の利益を生む植民地ハイチの独立を認める代わりに、巨額の賠償金を要求しました。その返済のためハイチの国家予算の8割が食われる状態が100年も続いてきました。アメリカの支配層は自分の所有する奴隷たちへの影響を恐れて、特に敵対的でした。ハイチ革命の成功がアメリカ大陸全土の奴隷解放運動を促したからです。
じっさい中南米全域に広がるアフリカ人奴隷の子孫たちにとって、ハイチは解放運動の中心地であり、多大な支援と避難所を提供してくれる場所でした。アメリカ大陸を自分の庭とみなす米国にとっては、ハイチはキューバと並んでめざわりな、許しがたい存在だったのです。そのためハイチは独立以来、欧米の干渉と阻害の対象であり続け、彼らと結んだ支配者による弾圧と汚職のために世界の極貧国におとしめられました。その根が植民地支配と奴隷制にある以上、フランスやアメリカがみずからの過去の非を認め、謝罪する態度に変わらないかぎり、ハイチの苦難はつづきそうです。(中野)
★ ニュースレター第27号(2010.4.10)
★ DVD 2007年度 第6巻 「2008年2‐3月」に収録
追記>>
ハイチについては、日本ではあまり報道されませんが、2004年のアリスティド追放や、その前後の出来事について、益岡賢さんがかなり詳しく紹介していらっしゃいます。エイミーによるアリスティド・インタビューも翻訳されていますので、お勧め。
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*益岡賢さんのサイトへのリンクです。トップページはこちら
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● 全般的な背景はここ → 「ハイチ:米国協賛のクーデター?」
● ブルムの本から→ 「ハイチ 一九八六年~一九九四年 誰がこの男を取り除いてくれるのか?」
● エイミーのインタビュー → 「ハイチ:アリスティド・インタビュー 我々の民主主義を破壊したのは彼らだ」
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ランダル・ロビンソン(Randall Robinson) 法律家、活動家。1977年法律家、活動家。1977年トランスアフリカ・フォーラム(TransAfrica Forum)を創設。カリブや中南米も含めたアフリカ系ディアスポラ社会ならびに米国のアフリカ政策の研究に力をいれ、特に南アフリカのアパルトヘイトに対する反対運動の急先鋒として活躍したことで有名。The Debt: What America Owes to Blacksなどのベストセラーを著し、近著はハイチの歴史を扱った An Unbroken Agony: Haiti, From Revolution to the Kidnapping of a President (『終わらない試練 ハイチ 革命から大統領拉致まで』)。
翻訳字幕:桜井まり子
全体監修:中野真紀子 高田絵里