「イラクはもはや存在しない」 ニル・ローゼン記者が語る 米軍のイラク侵略がもたらした民族浄化、難民危機、中東の政情不安 前編

2007/8/21(Tue)
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 アメリカのイラク戦争は5年目に入り、イラクでは膨大な数の人々が家を捨てて他所に逃れています。イラクの人口の1割を超える500万人々が難民となっていると推定され、その数は毎月5万人のペースで増え続けています。イラク難民が周辺諸国に押し寄せ、各国が抱える複雑な宗派・民族対立を揺さぶり、地域全体に危機的状況を引き起こしています。彼らの祖国では、各地の武装勢力が独立性を強めて群雄割拠の状態となり、もはや帰還すべきイラクという国など存在しないとまで言われる状態です。イラクの現場から詳細な報告を送り続けている独立系ジャーナリスト、ニル・ローゼンに、中東の難民危機の現状と、これによる潜在的な影響について聞きます。

 イラク国内ではすでに中央政府は機能しておらず、各地のスンニ派やシーア派の武装集団がそれぞれの指導者のもとに地域の支配権を握り、各都市が独立国家の様相を呈しています。地域支配権を確立する過程で、宗派の異なる人々は殺害や脅迫によって一掃され、同じ宗派の人たちが住む別の地域に逃げ込んでいます。バグダッドの政府は多数派であるシーア派が掌握し、難民として国外に逃れた人たちの圧倒的多数はイラク住民の間では少数派であるスンニ派です。このような状態を招いた一因として、アメリカ軍が一方でシーア派政府軍や警察に援助を与えながら、他方ではスンニ派民兵にも武器を与えて武装させ、両派の対立を煽ったことが指摘されています。

 2003年の米国によるイラク侵攻が始まって以来、すでに300万人を超えるイラク難民がシリア、レバノン、ヨルダン、エジプト、トルコ、イランなどに避難所を求めて、流れ込んだと言われています。1848年に祖国を追われ周辺諸国で難民となったおよそ80万のパレスチナ人は、やがて祖国奪還を目指して自らの軍事組織を作りますが、彼らの存在は、受け入れた国々の政府に利用されると同時に、社会の不安定を引き起こす要因ともなりました。イラク難民についても、同じようなことがさらに大規模に繰り返されるのでしょうか。

 スンニ派が多数を占めるイラク難民はその多くが祖国の武装集団と関係を持っており、シリアやレバノンやヨルダンなどでは国内の急進的イスラム主義者たちと彼らが手を結び、現体制を揺さぶる可能性も否定できません。実際に、今年5月にレバノンのパレスチナ難民キャンプで政府軍と武力衝突事件を引き起こしたファタハ・イスラムは、そうした過激なイスラム主義者に支援されたジハーディストのグループでした。自衛特権を持ち、一種の無法地帯となっているレバノンのパレスチナ難民キャンプが、ジハーディストたちの避難所となっているのです。

 こうした状況で、シーア派の大国イランは、宿敵サダム・フセイン亡き後のこの地域の政治に大きな影響力を持つ存在です。ブッシュ大統領やチェイニー副大統領がごり押しするイラン攻撃が現実になれば、この地域にも影響が及ぶのは必至です。どのような事態が予想されるのでしょうか。(中野)

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* ニル・ローゼン(Nir Rosen): 独立系ジャーナリストでニュー・アメリカ基金の特別研究員として、2003年の米国主導のイラク侵略以降のイランについて現地から詳細な報告を続けている。イランに関する著作として、In the Belly of the Green Bird: The Triumph of the Martyrs in Iraq(『緑の鳥の腹の中で  イラク受難者の勝利』)がある。

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字幕翻訳: 関房江 
全体監修:中野真紀子