民衆の気候マーチ Part 1 いまなぜ?

民衆の気候マーチ Part 1 いまなぜ?

 「明日のマーチについては、議論が百出しています。パーフェクトではありません」―「民衆の気候マーチ(People’s Climate March)」を翌朝にひかえた2014年9月21日、気候正義を求める団体 Climate Convergence(「気候で集合」)のイベントにメインスピーカーとして登場したナオミ・クラインは、率直に語りかけました。ふたを開けてみれば史上空前の40 万もの人が参加し予想をはるかに超えた大成功に終わったマーチですが、実現前には、大量参加で数の威力を見せるのを良しとするか、数を絞ってでも先鋭な切り口を突きつけ根源的なビジョンを打ち出すのが得策か、その目的と意義についてさまざまな意見の戦いがあったのです。

ウォーミングアップ

「たとえば、こんな批判があります」と、ナオミ・クラインはにこやかに続けました。「このマーチは、『どうにかしなくちゃ』と騒ぐだけじゃないか」。確かにマーチは、統一したビジョンを示さず、具体的な要求も掲げませんでした。意図的な決定でしたが、これに強い不満に抱く人たちもいたのです。クリス・ヘッジズは、その急先鋒の一人で、8月末にニュースウェブサイトTruthdigに寄せた記事の中で、こんな風に皮肉りました。

Image Credit: justseeds.org

9月21日にニューヨークで開催される気候変動マーチには20万の参加者が見込まれている。気候変動に対する伝統的リベラリズムの最後のあえぎになりそうだ。潘基文国連事務総長は、2015年11月にパリで開かれる国連気候変動会議について話し合うために世界首脳集会を招集している。マーチはその2日前に実施され、ニューヨーク市警が決めるルートを歩くことになっている」。

確かに意味不明のルートでした。国連があるのは、マンハッタンの東の外れ、イーストリバー沿いのミッドタウン、42丁目から48丁目にかけてです。ところが、デモの集合地は、セントラルパークの西外縁。マーチの参加者たちはそこから、街の西側の6番街を42丁目までくだり、そこで国連とは正反対の西に向かって右折し、国連に背を向けてマンハッタンの西のはずれ、11番街まで歩くことになっていました。なぜ、国連から遠ざかるのか?ニューヨーク市警お墨付きのこのルートは、「マーチはどこに向かうのか?」という問いを象徴的に投げかけてもいたのです。

クリス・ヘッジズの批判は、続きます。「マーチははっきりした要求を掲げていない。誰でも参加できるよう意図したからだ。おかげで企業の代理人のような連中までマーチを支援することになった。マーチのスポンサーのひとつ、気候団体のClimate Groupには、BPやゴールドマン・サックス、JPモーガン・チェースがメンバーやスポンサーとして顔を連ねている。また、メンバーにマーチへの参加を呼びかけているEnvironmental Defense Fund(環境保護基金)は、日頃から『企業に敵対するよりも、企業と協働を』と謳っており、石油・ガス業界から資金を受け取り、フラッキングを代替エネルギーとして支持している。こういったまがいものの環境団体の意図は、抵抗を弱めることだ。こんな連中が参加することからして、マーチが意味ある目標を掲げ権力に対して脅威をつきつけるなどできっこないのは、明らかだ。我々の唯一の希望は、ニューヨークのラディカルな団体、Global Climate ConvergenceそしてPopular Resistanceが行う直接行動だ。行進したいなら、ご自由に。しかし、マーチはウォームアップにとどめるべきだ。本当の闘いは、人々が11番街で解散したところから始まる」。

Climate Convergenceは、民衆の気候会議に先駆けてニューヨーク市内で2日間にわたり100を超えるワークショップやティーチインを開催しました。総会1夜目の司会はジル・スタイン。どこかで見た顔?そう、2012年にグリーンパーティの党首として米大統領候補に立候補した時にデモクラシー・ナウにも登場しました。

どうにかしなくちゃ

 「民衆の気候マーチ」を仕掛けたのは、環境保護団体350.orgの共同創設者で代表のビル・マッキベン。マッキベンは米国を代表する環境保護論者で活動家です。ナオミ・クラインも350.orgに理事として参加しています。350.orgが、ここ数年がここ数年、特に力を入れているのは、キーストーンXLパイプライン建設反対運動です。このパイプラインは、カナダのアルバータ州で採掘したタールサンドから抽出したタールオイルを、米国メキシコ湾岸の精製所まで輸送するパイプラインですが、タールサンド採掘とタールオイル抽出は、おびただしい環境汚染で悪名が高く、特に先住民の被害は甚大です。反対運動の盛り上がりを受け、オバマ大統領が建設許可にゴーサインを出さぬまま、パイプライン建設計画は先送り状態が続いています。

米国の環境運動を担ってきたマッキベンが、ヘッジズの声に代表される批判を知らないわけはありません。「民衆の気候マーチ」は、9月23日にニューヨーク国連本部で開催される国連1日気候サミットに向けて企画されました。潘 基文国連事務総長が呼びかけたこのサミットは、2015年にパリで開催される第21回気候変動枠組締結国会議(COP21)に向け、遅々として進まぬ地球温暖化問題への国際的取り決めにはずみをつけることを目的としていました。史上最大規模の民衆の気候マーチは、国連を軸にして展開されるあまりにも遅くぬるい取り組みに活を入れ、「地球は追い詰められている。気候問題を政治家たちに任せてはいられない。主導権を握るのは民衆だ。民衆の声を聞け」と首脳たちを牽制することを目的としたのです。

あまりにもぬるい

地球は温暖化しており、それが人的要因によって起きている(あるいはその可能性がかなり高い)ことは、科学の世界ではいまや疑念の余地ない通説になっています。国際的な専門家でつくる「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」はもちろん、、ホワイトハウスの「全米気候評価(National Climate Assessment)」報告書も、世界銀行も地球温暖化が疑いの余地なく起きており、緊急な行動が必要だと認めています。にも関わらず、気候変動への国際的な取組みは危機感を欠いてきました。

民衆の気候マーチを仕掛けたビル・マッキベン

 気候変動への国際的な交渉が本格的に始まったのは1990年。ところが、2013年にはグローバルは炭素排出量は、1990年に比べ、減少するどころか61%も増加していたのです。流れをざっとおさらいしておきましょう。 各国が約束に従って温室効果ガスの排出を抑制または削減するよう取り組むことことを先進国等が初めて国際的に定めたのが、1997年にCOP3で採択された「京都議定書」でした。京都議定書は、2008年から2012年までを削減対象期間としていました。では、その終了後はどうするのか?2009年に開かれたCOP15は、2013年以降に向け、新たな枠組みを決める重要な会議として注目を集め、開催地コペンハーゲンには、国連史上最多といわれる119人もの首脳が集まりました(そうそうたる世界のお歴々が気候問題のために結集したのは、これが最後になっていたため、潘 基文事務総長は今回、国連総会直前に国連本部で首脳たちをゲットしようとしたのです)。

その年のコペンハーゲンには環境アクティビストたちも総結集し、当時はまだカリスマ性のあった新任のオバマ米大統領への期待もあいまって、地球を救う突破口が開かれるのではないかという希望がもたれました。ところが会議では、欧米などの先進国と後発だがいまや排出大国と化した中国やインド、開発途上国との利害と思惑が真っ向から衝突し、オバマの不透明な裏工作で、ようやく「コペンハーゲン合意」を生むにとどまりました。コペンハーゲン合意は、地球の気温の上昇を産業革命以前の水準からの2℃以内に抑えるべきだとする科学的見解を認識することで意見の一致をみ、これが現在の国際的な取り組み目標になっています。

一方、京都議定書は、次が決まらぬまま2012年になだれこみ、ドーハで開かれたCOP18で2020年まで8年間、延長することに決まりました。これにより欧州連合その他の先進国は、以前のまま温室効果ガス削減義務を負うが、京都議定書で開発途上国として削減義務を免除された中国(いまや世界最大の排出国)やインド、そして国内の反対で批准を拒否する米国(世界第2の排出国)は、削減義務を負わない体制が続いています。

開発されつくしたかにみえるマンハッタンですが、アクティビストたちはさまざまなスペースを創りあげています。左上は水をめぐるフォーラム。水の民営化に反対し、国とグローバル企業、世界銀行と闘い勝利を収めたコチャバンバの民衆の水戦争の伝説的ヒーロー、オスカー・オリベラが、破算したデトロイト市で水を奪われている住民、汚染された水をようやく手に入れるしかできないパレスチナ住民を支援する人たちと語り合いました。

カーボン・プライシング

2015年にパリで開催されるCOP21は、2020年後を決める会議として重要です。今回の気候サミットは、その足慣らしとして設定されたため、交渉は皆無。国家元首や政府首脳が自国の新たな取り組みについて、華々しい宣伝文句を繰り広げる場になりました。気候サミットはまた、官民および市民社会の諸団体が一体となって行う、具体的な取組みにも焦点を当てましたが、そのための重要なツールとして採り上げたテーマは「カーボン・プライシング(炭素価格付け)」でした。カーボン・プライシングには、排出権取引や炭素税などがあり、グリーン企業のイメージを打ち出したい企業に人気です。排出権取引とは、全体の排出量制限を定めた上で、その排出量の中から、排出してよい量を国や自治体、企業などに権利として割ふる排出権制度を基盤としています。この制度では、自分の権利を超えて排出した組織は権利を下回る組織からあまった権利を買い取ることができます。全体の排出量はこれで減るという触れ込みですが、実際には、企業や国が金にあかせて排出を続けることを可能にします。過剰な排出という根本的な問題が対処されぬまま問題は先送りされ、地球温暖化は続きます。「以前なら、大量の排出を行えば企業は責任を問われ、償いを支払うよう(pay)求めら れた。だがいまでは、お金をもつ連中は、排出をゲームの対象としてもて遊ぶ(play)ようになったとナオミ・クラインは憤慨しています。民衆の気候運動にとっては、結局は金儲けの隠れ蓑に使われるさまざまな「グリーン」プロジェクトも闘うべき相手なのです。

民衆の気候マーチでも Climate Convergenceの集まりでも、気候環境被害と社会的不正義を長年にわたり被りいまも最前線で闘う先住民への敬意が表されました

待望のムーブメント

首脳たちへの不信感は、根拠のないものではありません。2014年8月28日に放送されたデモクラシー・ナウ!の番組は、その間の事情を浮き彫りにしています。『ニューヨークタイムズ』の記事を下敷きに、ビル・マッキベンをゲストに迎えて、番組はパリ会議に向けて京都議定書後の提案を準備中のオバマ政権の気候交渉担当者の立ち位置に焦点をあてました。

米国憲法は、政権が法的拘束力をもつ条約に調印する場合には、上院議員の3分の2の賛成が必要だと規定しています。しかし、オバマ政権にとってこのハードルを超えるのは至難の技です。野党共和党の議員には、人為による地球温暖化など起きていないといまだに主張する人たちがいるためです。そのため、交渉担当者にとっては、国際的には熱心な取り組みをおこなっているようにみせかけながら、実際には実質的な拘束力のない提案を編み出す技が求められているというのです。拘束力がありそうにみせかけながら、実は温室効果ガス排出の削減目標量を各国が自発的に提出し、実現を誓約するにとどめる、その辺が落としどころになるだろうと、タイムズの記事は予測しています。

今回の気候サミットで、オバマ大統領は、米国が新体制づくりで主導的な役割を果たすと明言し、温室効果ガスの2大排出国である中国に対し、「我々には特別な責任がある」と呼びかけました。しかし、準備しているのが、歯止めのない案だとしたら、効果はしれています。ゲストのマッキベンは、番組の中で、次のように述べました。「オバマ政権が、温暖化を減速させるために本気で政治的痛みに耐えようとはしているとは思えません。他国はそれを見ぬいています。気候変動という巨大な問題とそれに対する取組のぬるさというこのバランスを変える唯一の方法は、大きなムーブメントを起こすことです。ニューヨークで9月21日に行われるイベントは、だからこそ重要なのです」。

これがすべてを変える

ところで、ナオミ・クラインの待望の著、This Changes Everything (『これがすべてを変える』)が米国で店頭にならんだのは、マーチ直前の9月16日。なんだか民衆の気候マーチが、この本の一大プロモーション・イベントに思えてくる絶好のタイミングです。と同時に、この本は、民衆の気候マーチの隠し味とされたビジョンを高らかに歌い上げていました。副題の「資本主義対気候(Capitalism vs the climate)」がすべてを語っています。ナオミ・クラインは気候変動問題の根本原因を現在の資本主義に見て、問題を解決するには、経済システムを根底から変える以外にないと断言したのです。(ナオミ・クラインは、新著発行直後に、デモクラシー・ナウ!にゲスト出演しました。字幕翻訳を、お楽しみに!)

Climate Convergenceのイベントで。この時のスピーチの動画は、ここで視聴できます。

Climate Convergenceでのスピーチので、民衆の気候マーチの意義を力説しながらもビジョンの大切さを次のように強調しました。「事態は急を要するのだ(urgency)と私たちは声をあげる。でも、その時、忘れてはならないことがあります。ビジョンや目標を欠いた切迫感は、危険をはらみかねないということです。とんでもなく抑圧的な手段を招きよせかねません。私の前書のテーマは、それでした。ただただ恐怖をふりまき、指導者たちに救いの手を求めたりしようものなら、どんな『救い』がやってくるか、私たちは思い知らされました。有毒物、原発、土地の収奪―私たちが求めているのは、そんな緊急措置ではありません。私たちに必要なのは、私たちの全ての運動に力をもたらしてくれる切迫感なのです」。ショック状態につけこまれて自由を奪われるのではなく、ショック・ドクトリンを逆活用して普段なら一筋縄ではいかない変革を民衆の手で実現する。気候変動は、ナオミ・クラインにとってすべてを変える突破口なのです。

This Changes Everything の序文で、ナオミ・クラインは、気候と経済的不正義という2つの問題を結びつけるきっかけとなった出来事について触れています。2009年春、ジュネーブでクラインはWTOの会議にボリビア代表として出席していたアンヘリカ・ナバロと出逢いランチを共にしました。ナバロは12月のコペンハーベンでのCOP15でもボリビアの交渉団代表になった若手の切れ者です。ランチでは、気候変動に対するボリビアの視点を明確に述べました。途上国は、大量の排出量にほとんど何も加担していない。それなのに、先進国の長年にわたる排出のために、海面上昇で領土を失なったり、洪水や干ばつなどに苦しんでいる。先進国は途上国に対して「気候債務」を負っている。途上国は、先進国に援助をお願いする必要はない、先進国に「債務」の返済を要求してよいはずだ。「ナバロが語るボリビアの展望に耳を傾けながら、私は気候変動は人類に活をいれる力になりうることを理解し始めていた」とナオミ・クラインは書いています。政治的・経済的・社会的不正義と気候問題―人類がいま抱えるふたつの問題が結びつき、ナオミ・クラインの中で全人類を守る民衆の運動がその時、息を吹いたのです。

マーチの先頭は先住民と「フロントライン」の人々

もちろん、民衆の気候マーチに参加した全員がナオミ・クラインの主張を知っていたわけでも、ましてや支持しているわけでもありません。それでも、マーチには、いわゆる環境団体を超えた多種多様なバックグラウンドと言い分をもつ人たちが加わり、自分たちに課された不正義は気候問題をひきおこしているシステムに原因がある、問題はつながっているのだと主張しました(マーチ当日のようすは、Part2でご紹介します)。

 

ナスタラン・モヒットは、ニューヨークで大きな被害を出したハリケーン・サンディの被災者を支援するオキュパイ・サンディを組織することで、気候変動問題が地域の周縁層を直撃している現実を実感しました。若いレフトのアクティビストらしい率直さで、「10万人も集まるという抗議行動で、システムを変えなくちゃと公言しないなんて、おかしい、問題の根本原因を突くべきだ」と、力説しました。

主催者側も、先住民、そしてハリケーンや水や大気の汚染の被害を真っ向から受けることになった「フロントライン」のコミュニティの人達、そしてこれからの将来、排出のツケを負わされることになる若者たちのグループを行進の最前線に配置することで、気候変動が狭い意味での環境問題にとどまらず、社会・政治・経済的な不正義と接点をもつという視点を明解に打ち出しました。

また、民衆の気候マーチと連動する形で、翌日、オキュパイ運動の流れを汲む人たちがウォール街を明確なターゲットとした抗議行動、Flood Wall Street(「ウォールストリートをあふれさせよう」)が組み合わされたることで(Flood Wall Streetの詳細は、Part 3で)、民衆の気候マーチは1日限りのお祭りに終わらぬ鋭い切っ先も確保したのでした。

(大竹秀子)

DNJ参照動画(日本語字幕付)

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  • コチャバンバ「水戦争」から10年 民営化阻止の民衆闘争をふり返る (2010.04.19)
  • ナオミ・クライン 地球の運命は「気候正義」を求める大衆運動にかかっている (2009.12.11)
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  • いまこそチャンス:ナオミ・クライン 「スーパーストーム・サンディ」後を語る (2012.11.15)
  • 先進国は援助ではなく「気候債務」を返済せよ (2009.12.09)

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