ウクライナは停戦へ NATOの東欧拡大は核戦争の脅威を高める

2014/9/5(Fri)
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9月5日、ウクライナ政府は親ロシア分離派との停戦協定を交わしました。ウクライナ東部では6カ月にわたる戦闘で少なくとも2600人が死亡し、100万を超える人々が難民となりました。一方、欧米首脳は英国のウェールズでNATOサミットを開催中でした。数日前からウクライナの戦局は大きく反転し、分離派の反撃攻勢で政府軍は敗走し、唯一南部の要衝マリウポリのみを死守しています。NATOは危機に対応するため「即応部隊」の設置を決定しました。

コーエン教授は、停戦を歓迎しながらも、今後の和解交渉は困難を極めるだろいうと言います。米ロの代理戦争として始まった内戦ですが、たとえ両国が手を引いても容易にもとの鞘に収まるものではありません。キエフ政府の正統性のなさや東部2州の分離独立運動という政治問題だけでなく、ウクライナは経済的にも破綻しており、ロシアの支援抜きには立ち行かないのが実情です。長期的な安定のためには、ロシアとの歴史的な絆や安全保障に配慮した対応が不可欠です。

これに対してNATOサミットが決定した「即応部隊」の設置は非常に危険で愚かだとコーエンは批判します。「即応部隊」の設置の目的は、バルト3国とポーランド、ルーマニアといった旧共産圏の諸国にNATOの軍事基地を置くことです。過去20年間は政治面に限られていたNATOの東欧への拡大が、軍事面に一気に転換します。それは冷戦の再開に他なりませんが、この新たな冷戦はかつてのものよりずっと危険です。

かつてはベルリンの壁が東西対立の最前線でしたが、いまや最前線はロシアの国境線上です。自国の安全保障が脅かされれば、ロシアは中距離核ミサイルで西側に応戦するでしょう。世界最初の核軍縮条約である1987年の中距離核兵器全廃条約は解消され、ふたたび核軍備競争が始まります。

ロシアが1万発も所有しているという戦術核兵器は、ミサイルや爆撃機に搭載しなくても、ポータブルな砲台から発射することができ、近距離の敵の破壊に適しています。ちょっとしたことで戦術核兵器が実用されるリスクは大きく、これではヨーロッパが核戦争の舞台になってしまいます。こんな危険なゲームにヨーロッパはいつまで付き合うでしょうか?

でも米国内の世論は相変わらずプーチン憎しの一点張りで、きちんとした分析や合理的政策のなさを特定個人への人格攻撃によってごまかしているようです。それに異論を唱え、ロシア側の事情にも目を向けるコーエンのような人物には誹謗中傷が浴びせられ、言論の場から締め出されてい。70年代や80年代には、批判的な少数の声が存在し、政府や議会や大手メディアや大学に声を届ける余地も残されていたのに、とコーエン教授は嘆いています。こうした米国内の空気は大いに懸念されます(中野真紀子)

 

*スティーブン・コーエン(Stephen Cohen): ニューヨーク大学とプリンストン大学名誉教授。専門はロシア研究と政治学。近著は Soviet Fates and Lost Alternatives: From Stalinism to the New Cold War(『ソ連の運命と逸した選択肢:スターリニズムから新たな冷戦まで』)。

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字幕翻訳:阿野貴史 / 校正:桜井まり子 / 全体監修:中野真紀子