スラヴォイ・ジジェク:欧州で勢いを増す反移民感情・極右発言

2010/10/18(Mon)
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30分
「寛容」を誇ってきた欧州で反移民的な言論が勢いを増し、一般市民の常識の歯止めを壊してひろがろうとしています。たとえば、2010年夏、フランスのサルコジ政権は少数民族ロマの国外「追放」政策を打ち出し、欧州連合(EU)諸国から激しい批判を浴びました。10月になると、1960年代以来、外国人労働者を受け入れてきたドイツのメルケル首相が、同国は多文化主義の社会構築に「完全に失敗した」とし、移民にドイツ社会への統合を迫りました。さらに2011年2月には英国のキャメロン首相が同国で育ったイスラム教徒の若者がテロの土壌となっているイスラム過激思想に走っているとし、英国の移民政策の基本となってきた多文化主義の政策、すなわち「異なる文化が互いに別々に、社会の主流から離れて存在することを勧めてきた」英国の政策は失敗だった、今後は「寛容さ」ではなく、西洋の価値観を守り国家アイデンティティーを強化する「より積極的で強力な自由主義」が必要だとする見解を表明しました。2010年10月、メルケル首相発言直後に行われたデモクラシー・ナウ!とのこのインタビューで、スラヴォイ・ジジェクは、極右の反移民的な言論を許容し発言権を与えてしまった欧州社会を厳しく批判しています。

ジジェクは主に2点を軸に欧州社会の現状を分析します。まず焦点が当てられるのは、リベラル派が推進してきた多文化主義の失敗です。多文化主義は、中立的な法の枠組みさえ作れば異なる価値観を持つ民族集団の共存が自然に成立すると考え、「あなたはあなた、わたしはわたし、お互い干渉しないでおきましょう」という姿勢をとりますが、これは異なる文化的背景をもつ移民を主流社会から隔絶する効果をあげかねません。

ジジェクが問題視するもうひとつの問題は、左派の後退です。「組合主義なんか古くさい」とし「労働者や下層階級から離れようする」左翼の隙間に右翼がはいりこみ、庶民の不安や不満をつかんでしまった、「欧州の政界地図が様変わり」してしまったというのです。これまで欧州と米国では二大政党(中道左派と中道右派)が国民の大半を代表するという構造をとってきました。ところがこれが、進歩派を取り込んだリベラルな「資本主義党」に一本化され、民族主義的な反移民派が唯一の対抗勢力の役を果たすようになったというのです。この新しい構造においては、人種偏見を剥き出しにした「庶民」の無知を「リベラル」は法律や道徳をふりかざして見下し、逆にこのような「リベラル」のエリート的な優越感に「庶民」は反発を募らせます。しかもこのような事態を引き起こしてしまったシステムがもつ問題に対する「根源的な問いかけ」を忘れたリベラルは、「極右」を否定しながらも「庶民」の怒りと感情に恐れを抱き、ガス抜きと称してその極端で危険な主張に発言権を与えてしまうのです。異質な価値観をそぎ落とさせ「他者性をなくした」他者しか受け付けられなくなっているヤワなリベラルの姿勢は、極右のもつ剥き出しの蛮行を否定はするものの、他者を受け入れないという点では人間の顔をした蛮行にすぎないのではないかと、ジジェクはその欺瞞性を批判します。(大竹)
*スラヴォイ・ジジェク(Slavoj Zizek):スロベニア出身の哲学者、精神分析家、文化理論家。50冊以上の著書がある。邦訳書に、『ポストモダンの共産主義 はじめは悲劇として、二度目は笑劇として』、『暴力、6つの斜めからの省察』『人権と国家―世界の本質をめぐる考察』ほか。最新作は Living in the End Times(『終末の世を生きる』)
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字幕翻訳:中村達人/校正:大竹秀子/全体監修:中野真紀子