キャンパスにはびこる性的暴力 たちあがったホワイトハウス

キャンパスにはびこる性的暴力 たちあがったホワイトハウス

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アメリカの女子学生の5人に1人が性的暴力を受けているが、被害を届け出ているのはそのうち12%にすぎない! ホワイトハウスはキャンパス内での性的暴力追放にまじめに取り組むよう大学当局に向けガイドラインを発表しました。政府はこれまでは対策を大学当局にゆだねる方針を取っていました。けれども、対応があまりにも生ぬるかったため、ついに指導に乗り出したのです。被害の実情と対策推進状況を政府に報告するよう圧力をかけ、予防・対処のモデルケースを提案し、ウェブサイト(notalone.gov)が新設されました。どこに行けばサポートを得られるかなど、被害にあった学生が頼りにできる役立つ情報がいっぱいです。

ダニエル・クレイグも政府広報に一役 こういう時には、やっぱりセレブ。ダニエル・クレイグも政府広報に一役

 性的暴力は被害者のその後の人生を一変しかねません。それなのに勇気をふりしぼって届け出をしても満足のゆく処置がとられるケースは限られています。全米の1000を超える大学が連携して設立している保険会社「ユナイテッド・エデュケイターズ」の報告書によると学生同士による性的暴力事件の92%は知り合い同士で起きています。さらに、被害届けが出された事件のうち、92%では事件当時、告発者は飲酒しており、60%は記憶が定かでないほど、泥酔していたとされます。そのため、被害者に落ち度があったとみなされがちで、これが届け出をためらわせる原因のひとつになっています。また、大学当局にとっては告発する側もされる側も「お客様」です。加害者とされた人物が大学側を訴えることも珍しくありません。しかも事件の発生は大学の評判に関わるため、隠ぺいに走りがちです。

 けれども飲酒について、ある専門家はこう言っています。キャンパスの中には密かなレイピストがいる。彼らにとっては酔わせることが戦略の一部。こうして目をつけられることなく、一人で数知れぬ相手に被害を与えていくのだと。

 自分の身を危険にさらした女性が悪いとみなされがちなジェンダー・バイヤスに加えて、大学のスポーツ文化も問題です。「ユナイテッド・エデュケイターズ」の報告書によると、告発される学生の4人に1人はスポーツ選手で、これは学生総数のうちスポーツ選手の占める割合(10~15%)を考えると、とて率が高いのです。加害者が人気者というだけでなく学校当局にとっても貴重なスター選手だった場合には、被害者の立場は大変、弱くなり、訴え出たばかりに脅迫を受けるという事態さえ起きてしまいます。

 2012年にストゥーベンビルという名のオハイオの小さな町のハイスクールでこんな事件が起きました。産業が衰退し過疎化した町で住民の誇りと楽しみはこの学校の強豪フットボール・チーム。そのスター選手2人がパーティで泥酔した16歳の女子生徒をレイプ(フィンガーファック)したとして有罪判決を受けました。被害者は一切記憶がなかったのですが、眠っている間に撮られた全裸の姿がソーシャルネットワークに流され、ツイッターがとびかったため、事件を知りました。

 学校当局はもちろん、町ぐるみでスター選手たちを守り事件がもみ消されかねなかった時、流れを変えたのは、その町出身の犯罪ブロガーと「アノニマス」のハッカーでした。投稿者たちが削除する前にツイッターやフェイスブックに投稿された写真・ビデオを集めてネットで事件への注目を喚起したのです。さらにアノニマスのハッカーは市や学校のコンピューターに侵入し、事件に関与したけれども起訴されなかった人物の名を公表するよう要求し、市と学校当局に対して事件もみ消しの謝罪を求めました。ネットで大騒ぎになったため、大陪審が開かれ、加害者はもちろん、学校当局者も訴追されたのは成果でした。しかし、仕掛けたアノニマスのハッカーはFBIに家宅捜査され、コンピューター犯罪などの容疑で、加害者にくだされた判決よりもはるかに重い禁錮10年の刑を科されるおそれがあります。

ブラウン大学での最近の抗議行動。 ブラウン大学での最近の抗議運動。

 性的暴力事件の対処も大事ですが、予防も重要です。今回の政府のガイドラインは、周囲にいあわせた学生が事件が起こらないうちに介入するようトレーニングするプログラム(bystander intervention)を充実させるよう指導しています。ストゥーベンビル事件でのように、衆人環視の中で事件が起きたり、その兆しが展開されても、誰もとめようとしないことが多いからです。友達だとかえって注意しにくいところもあるのです。そのため、このような介入プログラムにはいろいろなアイディアが採り入れられています。パーティで誰かが怪しげな動きを見せたら、音楽を止めて照明を明るくしたり、飲み物をこぼしたふりしてぶちまけて気をそらさせたり。ある大学のプログラムでもっとも効果的な手は、酔っ払って餌食になりそうになっている女友達に近づいて、迫っている男子学生に聞こえるよう「ほら、さっき頼まれたタンポンをもってきたわよ」と大声で叫ぶことなんだそうです。なんだか、涙ぐましい。

 重大な事件を実際に起こしているのは限られた数の学生です。ある専門家の調査によると、キャンパスでのレイプの90~95パーセントは男子学生のうちわずか3パーセントの常習犯によるものだといいます。このような犯人を特定して処罰することも大事ですが、出来心で間違いを犯しそうになっている学生をいあわせた知人や友達が思いとどまらせることが効果的なのです。その場の空気に飲まれずに、いさめることこそ本当の友情なのだということを介入プログラムはアピールしています。

 1990年、ニューヨーク・タイムズ紙にこんな記事が載りました。ブラウン大学の図書館のトイレの話です。「トイレの壁に女子学生たちは自分たちをレイプした男子学生の名前を書きつらねた。用務員が何度消しても落書きは繰り返し現れた。リストにあげられた名前は30にまでふくれあがり、キャンパスのいくつかのほかのトイレにも拡がった」。被害にあったことをオープンにできず、トイレの落書きで無念を晴らし警告を発するしかなかった当時の女子学生たち。これに比べればいまでは周囲の理解もサポートも比べものにならないほど改善しています。それでも、被害者を責める傾向はあいかわらずです。誰もが安心して暮らせるキャンパスライフの実現までには、まだまだ道なお遠し。ホワイトハウスのがんばりに期待!なのです。(大竹秀子)

参考記事:

 

 

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