メキシコの失踪学生たちは 米国が支援する「麻薬戦争」の犠牲者?
メキシコでは学生43人の失踪事件めぐり激しい抗議が起こっています。メキシコ在住のジョン・ギブラーは、今回の事件で浮き彫りになったのは、治安当局と麻薬ギャングの完全な融合だと指摘します。メキシコでは1970年代には国家によるテロが猖獗を極め、多数の市民が「強制失踪」に遭い、切断された死体がさらされました。そうした従来からの暴力形態と、新手の麻薬犯罪がらみの暴力が一つに合体し、もはや両者は同一産業の別部門にすぎないとギブラーは言います。
2012年メキシコ大統領に就任したエンリケ・ペニャニエト大統領は、ハンサムで華麗なイメージで欧米マスコミの寵児です。「メキシコを救う」政治家としてタイム誌の表紙を飾り、教育改革やエネルギー政策が絶賛されています。要するに新自由主義の政策であり、オバマ大統領とがっちり組んで多国籍企業の対外投資を保護する政策をメキシコで推進していることがマスコミ人気の秘訣のようです。しかし、ここへきて豪邸をめぐるスキャンダルが浮上し、学生失踪事件をめうる全国的な抗議行動が吹き荒れ、改革者のメッキも剥がれてきました。ローラ・カールセンによれば、メキシコ社会における暴力の拡大とまん延は、ペニャニエトが推進する新自由主義政策と表裏一体なのです。
米国も「麻薬戦争」の支援を通じて、そこに直接加担しています。米国内の麻薬を取り締まるため、米国はメキシコの麻薬密売を根絶しようと、メキシコの警察や軍隊を訓練するために多額の支援を与えています。2006年ブッシュ政権の下で「メリダ・イニシアティブ」と呼ばれる30億ドル近い支援プログラムが発足し、当初は3年の期限付きでしたがオバマ政権になってから無期限に延長されました。その結果、麻薬がらみの暴力事件が増加し、メキシコでは10万人以上が殺害されました。
カールセンは、こうした米国の支援がメキシコ国民への襲撃に使われていると指摘します。なにしろ、地方では治安当局と麻薬犯罪組織が癒着していて区別がつかない状態です。犯罪を取り締まる側と取り締まられる側が融合して、矛先は一般市民に向けられるのです。米国からの資金によってメキシコの若者や反体制派の弾圧が強化されても不思議はありません。
それなのに米国は「麻薬戦争」のための軍事支援をやめようとはしません。オバマはむしろ治安悪化を歓迎しているようだとカールセンは言います。メリダ・イニシアティブの無期限延長の裏には防衛産業や情報産業の積極的な企業ロビー活動がありました。彼らにはメキシコの麻薬戦争が永続化することで直接利益を得ます。それに加えて、対外投資家の利益の保護というオバマやペニャニエトの最大の関心事にとっても、麻薬戦争の激化と社会全体の軍事化は好都合です。ペニャニエト政権の目玉政策の一つは新たな石油や天然ガス資源の開発ですが、海外資本家の利益を守るためには、土地や資源を奪われまいと抵抗する人々を暴力的に押さえ込む必要があるからです。こうした新自由主義の政策に反対を表明するアヨツィナパの学生たちが標的になったのも不思議はありません。
カールセンは、TPPの原型であるNAFTA(北米自由貿易協定)が麻薬戦争を口実に次第に軍事同盟化していくことに警鐘を鳴らしてきました。メキシコはもはや米国の安全保障の一部になり、大きな主権侵害を受けていますが、その目的は麻薬組織と戦うためなどではなく、多国籍企業に土地を奪われまいと抵抗する人々なのだと断言しています。日本は憲法解釈を変えてまで米軍と一緒に軍事行動ができるようにして米国の極東軍事戦略に完全に組み込まれていきますが、その一方でNAFTAより怖いといわれるTPPを交渉しています。メキシコの状況はいろんな意味で参考になるところが多いようです。(中野真紀子)
*ローラ・カールセン(Laura Carlsen):メキシコ市メキシコシティに本部を置く「国際政策センター」の「米州政策プログラム」(Americas Policy Program)理事長
*ジョン・ギブラー(John Gibler) メキシコ在住の独立ジャーナリスト。メキシコ関係の2冊の著作がある。Mexico Unconquered: Chronicles of Power and Revolt(『不屈のメキシコ 権力と反抗の年代記』)、 To Die in Mexico: Dispatches from Inside the Drug War(『メキシコで死ぬこと 麻薬戦争の内幕』) http://en.wikipedia.org/wiki/John_Gibler
字幕翻訳:川上奈緒子/校正:中野真紀子