ワシントンポストを買ったベゾスのアマゾン・ドット・コムはグローバル企業の象徴

2013/8/7(Wed)
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ワシントンポスト紙がアマゾン・ドット・コムCEOのジェフ・ベゾス氏に売却されたことは、凋落が続く米国の新聞産業の転換点となるのかもしれません。2億5千万ドルという買収金額も、大富豪のベゾス氏にとっては資産の1%にもとどきません。米国を代表する有力新聞がポケットマネーで買えちゃう時代、言論もお安 くなったものです。文化も畑もまったく異なる国際ネット通販の創業者が、ワシントンポスト紙なんか買って何をするつもりか、いろいろ憶測を呼んでいます。 新聞事業の赤字体質は解消できるのか、大胆なオンライン化が突破口となるのか、などと。でも、もしかしたらベゾスさんは赤字のままでぜんぜん平気なんじゃ ないかしら。なにせ、ご本尊のアマゾン・ドット・コムが利益を出さない企業なのですから。

ニューヨークの独立出版社メルビルハウスの共同設立者デニス・ジョンソン氏は、アマゾン・ドット・コムの特異な体質について興味深い情報を教えてくれます。アマゾンは1994年 の起業当初から「当分のあいだは黒字化しない」と宣言し、収益改善よりも事業拡大にひた走り、巨大なキャッシュフローだけで営業がなりたっている不思議な 会社です。税金を払わないことがモットーで、当初は売上税を納税しなくて済むようにインディアン保留地に会社登記しようとさえ考えていたくらいです。国際 的に事業展開している会社ですから、租税条約のすきをついて、どこの国にも税金を払わないという芸当もやります。昨年は日本の国税庁からも140億円ほどの追徴課税を受けていましたし、最近ではイギリスの独立書店が、アマゾンにちゃんと税金を払わせろと自国政府に要求する嘆願書に10万人近い署名を集めました。

アマゾンは雇用すら税金逃れの手段に使います。オバマ大統領は7月 末、テネシー州チャタヌーガにあるアマゾンの物流センターに出向いて演説をぶち、法人税を切り下げる代わりに雇用を創出させるという「大きな取引」を提案 し、モデルケースとしてアマゾンを持ち上げました。これには書籍業界ものけぞりました。アマゾンはテネシー州に進出して以来、15年間に一度も売上税を納入したことがありません。ついに州当局から納税を命令じられると、アマゾンは取り引きをもちかけ、2千人を新たに雇用するかわりに、もう一年だけ納税を先延ばしにすることで話をつけたというのが実情なのです。

そ うして創出したアマゾンの物流センターの労働の実情はどんなものか?マック・マクリーランド記者のオンライン通販向倉庫の潜入ルポで描かれるのは、巨大な 倉庫で休みなく搬送ロボットのように働かされる低賃金の重労働です。そんな非人間的な仕事でも、この不況の中で、他に仕事のない人々がいくらでも集まりま す。こんなものを「ミドルクラスの雇用創出」だと持ち上げるオバマの演説は、「問題がある」を通り越して、もはや「異様な光景」です。

ふり返ってみれば、アマゾン・ドット・コムはグローバリゼーションの象徴のような企業です。たしかにアマゾンのサービスは画期的で、私のように洋書をよく買う人間には救世主のように思えました。アマゾンのサイトに並ぶ書籍カタログはそれだけで大きな知識をもたらしてくれます。それまでの書籍の流通システムでは、とうていアクセスできなかった情報が安価に手に入ることは感動的でさえありました。結果的に書店に足を運ぶことはなくなり、普通に手に入る新刊でもアマゾンで買っちゃいます。これが既存の出版流通システムに大打撃をあたえたのですが、それはむしろ既得権益にあぐらをかいた従来のシステムの方の努力不足だと思いこんでいました。でも、いまから思うと、それはほんとうにフェアな競争だったのでしょうか?

デ ニス・ジョンソンが言うように、もともと書籍業界というものは、大きな利益があがる商売ではありません。この業界で働く人たちは、本屋にしても、出版社に しても、そもそも本が好きだからやっているのであって、お金儲けが第一の目的ではありません。お金儲けがしたければ、他にもっと有望な仕事があるでしょう。収入はそんなに多くなくても、本に囲まれて暮らすことができるのなら満足という人たちが、こじんまりとした世界をつくり、その中で共存共栄していくと ころだったのです。本の「手ざわり」だとか「におい」が意味を持つ世界なのです。

ジェフ・ベゾスに、そんなこだわりはありません。ネット通販事業を始めるにあたり書籍販売を選んだのは、事業形態としていちばん効率がよいからにすぎず、場合によってはIT機器でも、健康食品でもよかったのです。だから「本」というものを「グッズ」に変え、一律1000円のカタログ販売にすることに何のためらいもありません。そんな流儀の、どれだけ赤字を作っても平気な会社が、けた違いのサービスで攻勢をかけてきたのです。税金も払っていないし、まともな雇用もしないのですから、競争条件が違いすぎます。

本が好きという「書店員」が、物流センターでロボットのように働かされる「倉庫労働者」に置き換えられていく光景を思い浮かべてみれば、グローバリゼーショ ンの本質がよく見えてきます。「働く」ことの意味が、マニュアルどおりにタスクをこなして、賃金を得るだけのことに矮小化されていくのです。グローバル化 が提供するのは、いつでも取り換え可能なパーツとしての労働であり、そこには職業意識も職人的なプライドも入り込む余地がありません。プロフェッショナリズムの死滅と言い替えてもいいでしょう。

というわけで、グローバル化の問題点を 集約したようなアマゾンという企業にあらためて興味がわいたのですが、こんな企業のオーナーが名門新聞を買って、自社の理念を推進するということになれば、おぞましい話です。加えて同社には、米国政府の国民監視システムに一枚かんでいるのではないかという疑惑もあります。8月初めに、アマゾンがCIAと6億ドルのクラウドサービス提供の契約を結んだことが報道されました。アマゾン傘下でサーバービジネスを展開するAmazon Web ServiceがIBMとの競争に勝ってものにした契約で、今後の世界各国の政府向けクラウドサービス市場が視野に入っています。エドワード・スノーデン氏が暴露したPRISMプログラムの協力企業9社にはアマゾンが入っていませんが、CIAのサーバーのホスティングをするのであれば、当然アマゾンもApple, Google, Facebook, Microsoft, AT&T, Verizon な どの巨大ネット企業と並ぶネット監視ビジネスの一翼と考えられます。その意味でベゾス氏によるワシントンポスト買収は、米国の国家安全保障機構との連携と いう観点からも気になる事件です。新聞ビジネスの突破口どころか、ジャーナリズム死滅の幕開けにならなければよいのですが。 (中野真紀子)

*デニス・ジョンソン(Dennis Johnson):出版社メルビルハウス共同設立者。 *ロバート・マクチェズニー(Robert McChesney):フリープレスの共同創設者。『資本主義がネットを民主主義の敵に変える』など著書多数 *ジェフ・コーエン(Jeff Cohen): イサカ大学教授。メディア監視団体「FAIR」の創設者。

Credits: 

字幕翻訳:齋藤雅子 校正:斉木裕明

English Script: 
http://www.democracynow.org/2013/8/7/how_the_washington_posts_new_owner