カトリック教会に巣食うファシスト 信徒虐待と解放の神学弾圧の関係
ローマ教皇ベネディクト16世が2月28日に退位しました。ええっ、教皇の「退位」なんてありえないでしょ──と思ったら、いやいや1296年に半年だけのつなぎ教皇だったケレスティヌス5世というお方がいらっしゃいました。とはいえ、それは600年も前の話。やっぱり異例もいいとこです。いったい、何が起きているのでしょう?
近年のカトリック教会はスキャンダルまみれで、同性愛者や女性の司祭を認めない偽善性に加え、幼児性愛嗜好の神父たちによって多数の被害者が出ていることがドイツやアイルランドや米国で暴露されました。ベネディクト16世は早いうちから事態を知りながら、犯罪者をかばって組織的なもみ消しを図り、それが被害の拡大につながったようです。イタリア人のあいだでも教会不信は頂点に達し、教皇の退位を求めるデモも起きました。長い歴史を誇る組織が、ボルジア以来といわれる途方もない頽廃に陥ったことには、なにがしかの説明がほしいものです。
元カトリック司教マシュー・フォックスによれば、今日の惨状の原因は、がちがちの教条主義者ベネディクト16世が、ラッツインガー枢機卿と呼ばれていた時代に異端審問を復活させ、教会内部の異論を摘発し、排除したことにあります。意見の対立を認めず、反対派をことごとく排除したことが、組織から自浄能力を奪ってしまったのだと。フォックス自身が、1980年代に「解放の神学」を信奉したため、ラッツィンガー枢機卿によってカトリック教会を追われ、現在は米国聖公会に属しています。
こうしたことの根底には、1962年から65年にかけて開催された第2バチカン公会議の教会刷新の試みに対する反動、近代化を力ずくでねじ伏せてきた全体主義的な傾向があります。第2バチカン公会議はカトリック教会が近代への脱皮を図るもので、各国語によるミサの執行や地域文化に添った典礼の改革など現代社会への適応が図られました。こうした刷新運動の一環が、1970年代から中南米を席巻した軍事独裁政権の暴虐に反対して貧しい民衆の側に立った「解放の神学」でした。しかし、保守派は巻き返しをはかり、教皇ヨハネパウロ2世の時代から反対派の排斥が始まりました。
フォックスはここで教会の分裂をたくらんだCIAの暗躍に言及しています。解放の神学を一番警戒したのは、中南米の独裁政権を裏で操っていた米国でした。教会が民衆側についたのでは親米政権にとって大打撃です。そこでCIAは教会の分断を図ります。ポーランド出身の異色の教皇ヨハネパウロ2世にたっぷり資金を回して、ポーランドの共産主義政権を揺るがした「連帯」労組の運動への支援を助けました。その見返りに、中南米での解放の神学の弾圧を教皇に黙認させたのです。
エルサルバドルのオスカル・ロメロ大司教をはじめ大勢のカトリック聖職者たちが独裁政権のテロによって粛清されましたが、バチカンは彼らを見殺しにしました。バチカン内部でも反対派は一掃され、異論を弾圧したため、ファシストと呼ぶにふさわしい性と暴力を支配の道具にした全体主義の傾向が強まり、現世とのかかわりを完全に見失ったとフォックスは指摘します。「私たちの知るカトリック教会やバチカンという組織はもう存在しません。時代に取り残され、カトリック教会は悪の巣窟と化してしまった。1600年にわたって続いてきた組織の瓦解を私たちは目の当たりにしているのです」。
このインタビューの後に選出されたベネディクト16世の後継者は、アルゼンチン出身のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿でした。かつて軍事独裁政権下で聖職者の大弾圧を経験した新教皇には、仲間を売ったとの疑惑もあるようですが、はたして瀕死のカトリック教会を蘇生させることができるのでしょうか。(中野真紀子)
*マシュー・フォックス(Matthew Fox):元カトリック教会司祭。解放の神学を教えたとしてラッツィンガー枢機卿(のちの教皇ベネディクト16世)に聖職を剥奪された。現在は米国聖公会の司祭。著書は The Pope’s War:Why Ratzinger’s Secret Crusade Has Imperiled the Church and How It Can Be Saved
字幕翻訳:阿野貴史 校正:桜井まり子