マイケル・ジャクソン「キング・オブ・ポップ」の軌跡と遺産
マイケル・ジャクソンをめぐる耳障りな騒ぎは、本人には関係がない。彼がそれに気づき、成功の報いで身を滅ぼす前に逃げおおせることを祈る。そう簡単には許されまい。これほど多くの秩序をくつがえし、途方もない夢を叶え、大金持ちになったのだから。この雑音が示しているのは、アメリカだ──不実な後見人として黒人とりわけ黒人男性の生活と富を管理しようとするアメリカ、葬り去ったはずの罪の意識に苛まれるアメリカ、性と性的役割と性的パニック、金と成功と絶望──おまけに今やミス・アメリカの冠さえ行き場を失った国。奇形(フリーク)は奇形と呼ばれ、忌まわしきものとして扱われる。彼らの姿が、ひとの心の奥底に潜む恐怖と欲望を映し出しているからだ。
ジェームズ・ボールドウィン“Here Be Dragons”より
世界中のファンがマイケル・ジャクソンの急死を悼む中、デモクラシー・ナウでは2人の黒人文化評論家を招き、ポップ界のスーパースターの一生と、彼の功績を考えます。
マイケル・ジャクソンはシカゴ近郊の工業都市の鉄鋼労働者の家庭に生まれましたが、幼少の頃から歌とダンスを仕込まれ、天性の資質と努力によって世界的なエンタテイナーになりました。兄弟で結成したジャクソン・ファイブで人気を集め、ソロ活動を始めてからは音楽業界の記録を塗り替え、ビジネスのあり方にも革命的な変化をもたらしました。
80年代初期のアルバム「スリラー」が記録した売上げは現在も破られていませんが、そのミュージックビデオは従来の概念を一新する作品であり、MTVで初めて黒人音楽が取り上げられることにより、白人文化と黒人文化のあいだに設けられた垣根を打ち破る、記念碑的な作品ともなりました。
米国の文化的なアパルトヘイトが崩れ、テレビや雑誌に黒人が普通に登場するようになったのは、なんといってもマイケルの功績です。彼の音楽を聴いて育った世代には、人種の垣根を越えたつきあいが普通のこととなり、ひいては大統領選挙で黒人候補に投票することにも躊躇しなかったと、アル・シャープトン牧師は言います(動画の最後に7月7日に行なわれた追悼式典のスピーチが入っています)。
しかし、けた外れの成功には大きな代償が伴いました。ジェイムズ・ボールドウィンが的確に予言したとおり、あらゆる序列をひっくり返したマイケルの空前の成功は、やがて彼の身を滅ぼすことになります。黒人音楽のスタイルやジェスチャーを満載したステージを、白塗りのマスクで演じるマイケルの姿には、マッチョな役づくりの中に奇妙に女性的なものが滑り込み、ハリウッド映画とも黒人ボードビルともつかぬ、奇怪なアマルガムでした。人種も、文化も、男女も、大人と子供の区別もかき乱し、秩序を脅かしたマイケルには、それ相当の報復が待っていたようです。(中野)
*マーゴ・ジェファーソン Margo Jefferson ピュリッツァー賞受賞の文化評論家。 On Michael Jackson(『マイケル・ジャクソン論』)の著者
マーク・アンソニー・ニール Mark Anthony Neal デューク大学のアフリカ系アメリカ人学部教授で黒人ポップカルチャーを専門とする。 ブログはNewBlackMan
字幕翻訳:内藤素子/校正:大竹秀子
全体監修:中野真紀子