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2014年5月19日(月)

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  • 本日は、今月初頭に92歳で逝去した草分け的ジャーナリストのウィリアム・ワーシーの追悼番組をお届けします。ワーシーは冷戦の最中、ソビエト連邦、キューバ、中国、イラン、北ベトナム、アルジェリアで取材を行い、米政府に挑戦しました。また、A・フィリップ・ランドルフやマルコムXといったアフリカ系アメリカ人指導者の多くと深い親交がありました。1950年代後半、中国取材から帰国した彼のパスポートの更新を国務省は拒否しました。パスポートを所持していないにも関わらず、キューバ革命から2年後の1961年にはキューバへ渡航、フィデル・カストロへインタビューを行いました。彼は、キューバへ渡航した罪ではなく、パスポートを所持していない米国市民として違法に米国へ入国した罪で、帰国した際に逮捕されました。彼の数々の苦難はフィルオークスの歌「The Ballad of William Worthy」(『ウィリアム・ワーシーのバラード』)となりました。1981年、米政府が支持する国王を追放したイラン革命の2年後、ワーシーはイランへ渡航し、その結果、大きな反響をよんだ米政府のイランでの行動についての暴露記事の数々が発表されました。「エドワード・スノーデン文書やウィキリークスの時代、米政府がジャーナリストや国内外に住む数百万人の巨大データを監視する時代に大人になった若いジャーナリストたちにとって、ウィリアム・ワーシーは彼らが耳にしたことがない最も重要なジャーナリストだろう。ビル・ワーシーが白人の記者でアフリカ系アメリカ人記者でなかったら、彼は今よりももっと有名になっていたでしょう」とワーシーを良き師としている調査報道記者のジェレミー・スケイヒルは語ります。1998年に行われたデモクラシー・ナウ!によるワーシーのインタビューの一部をお届けし、スケイヒルやワシントンポスト紙元記者のスコット・アームストロング、1980年代にワーシーと共に行動し、仕事を行っていたフォトジャーナリストのランディー・グッドマンに話を聞きます。

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