南アフリカ

2016/11/28(Mon)
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再生時間: 
13分

2017学生字幕翻訳コンテスト 課題6:「知られざる歴史」の受賞作です。

キューバのフィデル・カストロが2016年11月25日に亡くなりました。90歳で亡くなるまでに、CIAなどが仕組んだ暗殺計画を600回以上も潜り抜けてきましたが、2006年以降は健康がすぐれず、2008年に弟のラウル・カストロに正式に最高指導者の地位を譲りました。1959年に米国が担ぐキューバの独裁者フルヘンシオ・バティスタ政権を倒した革命の成功は世界中の革命運動に大きな刺激を与え、米国からは仇敵とみなされるようになりました。デモクラシー・ナウ!の一時間の追悼番組から、あまり知られていないアンゴラ紛争への直接介入についての部分を取り上げます。(13分)

2013/12/13(Fri)
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16分

1970年代初め、マサチューセッツ州にあるポラロイド社の労働者は、南アフリカのアパルトヘイト体制に抗議する投資撤収(ダイベスト)運動を始めました。勤務先であるポラロイド社の技術がアパルトヘイトを支える身分証明書の作成に使われていることに気づいたキャロライン・ハンターとケン・ウィリアムズの2人は、会社に抗議して「ポラロイド労働者革命運動」を結成、会社に南アからの事業撤退などを要求しました。(16分)

2012/12/21(Fri)
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再生時間: 
19分

ネルソン・マンデラ氏の逝去でアパルトヘイト体制の打破について多くのことが語られています。良い機会ですので、パレスチナ自治政府とアパルトヘイトの相似性を検証した一年前の動画を掲載します。1012年11月29日、国連総会でパレスチナを主権国家として認める決議が圧倒的多数で採択されました。主権を認められたことの意義は大きく、歴史的な一歩だったのかもしれません。でも、現実に目をやれば、もろ手を挙げて歓迎というわけにはいきません。決議案を提出したマフムード・アッバース大統領の自治政府には、主権国家の実体がないからです。(19分)

2007/11/27(Tue)
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26分

 南アフリカの反アパルトヘイト運動の精神的指導者であったデズモンド・ツツ元大主教。反アパルトヘイト運動で果たした役割も絶大ですが、その後「真実と和解委員会」の委員長として和解プロセスを成功させたことも、世界史に残る大きな実績だったといえるでしょう。「被害の詳細を告発する場は保証しよう。でも復讐に走らず許しあおう」という方針を貫いたことは、南アが復讐の連鎖に陥らず、予想されていたような流血の泥沼にはまることなく民主化を遂げることのできた、最大の理由の一つでした。そんなツツ師が、イスラエルとパレスチナの問題に関して発言しました。 (26分)

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