銀行家の訴追を拒んだホルダー前司法長官 古巣の企業法律事務所に戻る 「究極の回転ドア」
今年4月に辞任したエリック・ホルダー前司法長官といえば、まずは米国史上はじめての黒人司法長官であることが特筆されます。確かに公民権の擁護やマイノリティの権利擁護に尽力しており、一定の評価を得ています。しかしホルダー氏には、記憶されるべき別の側面もあります。テロ容疑者の無人機による暗殺や内部告発者の迫害などを許した国家安全保障の暗黒面に加え、とりわけ罪深いと思われるのはウォール街の犯罪行為を免罪したことです。金融危機の最中に登場したオバマ政権に米国の有権者が期待したのは、これを機に金融規制を再び強化し、経済全体を危機に陥れた大銀行の不正を糾すことでした。ところがオバマはこの絶好の機会を取り逃がし、銀行家は結局だれ一人として投獄されず、金融業界による支配をますます強化させてしまいました。なぜそうなったのか?退任後のホルダーが、就任前の8年間を過ごした法律事務所こ復帰するというニュースから、その理由が透けて見えます。
ホルダー前長官の理屈では、「大きすぎて潰せない」銀行は、大きすぎて投獄もできません。巨大銀行の犯罪を訴追すれば、国内経済はおろか世界経済にも甚大な影響を及ぼし、なんの罪もない社員や一般の人々が多勢まきぞえになってしまうからです。そうした「巻き添え被害」を避けるため、刑事訴追しない代わりに企業に被害を弁済させる「和解金」による解決が選ばれるようになりました。
犯罪を金で解決するという発想は、企業弁護士のものです。ホルダーが司法長官就任前に所属していたコビントン&バーリングは米国最大の企業企業向け法律事務所です。顧客リストには、JPモルガン・チェースやバンク・オブ・アメリカ、ウェルズ・ファーゴ、シティグループといったウォール街の大銀行が名を連ねています。こうした顧客に対し、いかにして監督庁や司法の追及をかわすかを指南するのが仕事だったのですから、司法省に入ったからといって急に正義の追求と犯罪撲滅に執念を燃やすようになるはずもありません。これはホルダーに限ったことではありません。彼のような民間の企業弁護士が司法省をはじめ規制当局の幹部に登用されるケースが増えているらしく、そのことが裁判に持ち込むよりも密談で和解を図るという傾向を生んでいます。退官すればふたたび民間に戻る、いわゆる「回転ドア」人事が横行しているのです。
コビントン&バーリングはその典型です。この法律事務所にはホルダーの元同僚で、司法省では補佐官をつとめたラニー・ブルーワーが一足先に戻っています。他にも司法省からの出戻り組が数人いるらしく、証券取引委員会(SEC)にもOBを送り込むなど、同じ法律事務所の出身者が政府機関の中でつながっており、マット・タイビによれば「まるで陰の司法省」のようになっているそうです。こうして彼らの顧客に有利な形で和解が成立します。銀行の訴追を避けた前司法長官エリック・ホルダーが、彼らを最大顧客とする古巣の法律事務所に復帰し、安楽な余生を過ごすというのは、こうした回転ドア人事の究極の姿に他なりません。(中野真紀子)
* マット・タイビ(Matt Taibbi,)ローリングストーン誌のコラムニスト。政治、メディア、金融、スポーツなどを幅広くカバーし、多数の著書がある。The Divide: American Injustice in the Age of the Wealth Gap(『分断:経済格差時代の米国の不公正』)では、金融業界をはじめとする富裕層と一般庶民のあいだの明白な刑事司法の適用の差を指摘し、金で無実が買える米国の二重司法の現状を描いた。
字幕翻訳:朝日カルチャーセンター横浜 字幕講座チーム:
千野菜保子・萩原和恵・仲山さくら・山下仁美・山田奈津美・山根明子
/校正:中野真紀子