オリバー・ストーンの「語られざる米国史」後篇
アカデミー賞受賞監督オリバー・ストーンが、歴史家でアメリカン大学教授のピーター・カズニックと共同で、10回シリーズのテレビ番組『オリバー・ストーンの 語られざる米国史』を撮り、大部の書籍『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』(早川書房)を刊行しました。記録資料からの新発見や最近になって公開された公文書に依拠しながら、日本への原爆投下から冷戦、共産主義の凋落、そしてオバマ政権へとつながる米国史の全ての道程を批判的に検証しています。いわゆる「秘史」というよりも、顧みられず忘れられた米国政治の歴史を、政府や企業メディアが提示する公式見解とは違う視点で語り直すことに主眼を置いています。
広島と長 崎への原爆投下は軍事的にも不要で不道徳的であると断罪し、第二次世界大戦でドイツを破ったのは植民地主義と権益維持に汲々とした米英ではなくソ連であり、冷戦の開始や長期化の責任の大部分もソ連ではなく米国にあると断言します。特に今回のインタビューの中で大きく取り上げられるのは忘れられた政治家ヘンリー・ウォレス。ニューディール政策の推進者として民衆の生活向上を目指し、反ファシズムと反人種主義に徹したウォレスは、フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領の三期目の副大統領でしたが、その党是に忠実な路線ゆえに財界や民主党の執行部から疎まれ、ルーズベルトが四選を目指した際に、圧倒的な党内支持にもかかわらず副大統領候補から外されて失脚しました。インタビューの中では、この時の劇的な民主党全国大会の様子も紹介されます。ウォレスが失脚したため、それまで注目を浴びていなかったトルーマンが副大統領候補となり、四期目に入って間もなくルーズベルトが死去するに伴って大統領に昇格した結果、米国は二度の原爆投下と冷戦体制へと突き進んでいきました。
ゲストの二人は、この路線の延長線上に、世界中で紛争の種を蒔いて自らへの憎悪を増殖させ、それに対処するためにさらに問題を深刻化させるという、軍産複合体の利益にのみ奉仕する今日の米国の唯我独尊政治があると指摘し、国連を中心に据えて相互理解にもとづく包括的な平和戦略を構築することの必要性を強調しています。ルーズベルト死去を受けて大統領になったのがトルーマンではなくウォレスであったなら、原爆投下も冷戦も核軍拡競争もなかった可能性があると論じ、また同時刊行の著書について、ハワード・ジンの『民衆のアメリカ史』(明石書店)に影響を受けたが、草の根の視点から社会運動に注目した同書とは対照的に、『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』では権力の上部構造に注目したため、二冊は相互に補完的であると語ります。(斉木裕明)
*オリバー・ストーン(Oliver Stone):
ハリウッドのヒットメーカーでありながら、政治的な主題にしかも政府の公式見解に真っ向から対立する視点から取り組む、極めて少数派の映画作家。『プラトーン』(1986年)、『7月4日に生まれて』、(1989年)、『天と地』(1993年)で自らも従軍経験を持つベトナム戦争、『JFK』(1991年)、『ニクソン』(1995年)、『ブッシュ』(2008年)で米国大統領、『ウォール街』(1987年)、『ウォール・ストリート』(2010年)で金融業界の腐敗、『サルバドル/遥かなる日々』(1986年)で米国による中南米干渉を、『トーク・レイディオ』(1988年)、『ドアーズ』(1991年)、『ワールド・トレード・センター』(2006年)で米国現代史と、異色の題材を取り上げた。近年はドキュメンタリーを積極的に手掛け、パレスチナ問題の当事者に迫るPersona Non Grata(『好ましからざる人物』 2003年)、フィデル・カストロとキューバに取材した『コマンダンテ』(2003年)、Looking for Fidel(『フィデルを探して』 2004年)、Castro in Winter(『冬のカストロ』 2012年)、ラテンアメリカ各国における左派政権の勃興を伝える『国境の南』(2009年)を監督しており、今回のテレビシリーズOliver Stone's Untold History of the United States(『オリバー・ストーンの語られざる米国史』)はその最新作。
*ピーター・カズニック(Peter Kuznick):
アメリカン大学の歴史学教授。広島と長崎への原爆投下に対する批判で知られる。共著に『広島・長崎への原爆投下再考―日米の視点』(法律文化社)、『原発とヒロシマ―「原子力平和利用」の真相』(岩波ブックレット)。
字幕翻訳:斉木裕明 校正:大竹秀子 Web作成:桜井まり子