トロイ・デイビスの処刑迫る

2011/9/21(Wed)
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NYタイムズ紙が「悲劇的な誤審」と論じたトロイ・デイビスの死刑判決。有罪判決への疑いのさなか、2011年9月22日、薬物投与による処刑が執行され世界に衝撃を与えました。処刑前日、ジョージア州アトランタからオンエアされたこのセグメントでは、デイビスの死刑反対運動の両翼を担ったアムネスティ・インターナショナルと全米黒人地位向上委員会(NAACP)の幹部が、事件と裁判のあらまし、米国の死刑制度反対運動について語ります。

1989年にジョージア州で起きた白人警察官殺害。決定的な物的証拠を欠いていましたが、目撃者の証言をもとに有罪判決がくだされました。しかし、後になって目撃者たちは証言を続々と撤回します。警官に嘘の証言を強要されたという人も出てきました。証人9名中7名が証言を変えたのです。裁判で陪審員を務めた人の中には、いまわかっている情報が当時与えられていたら、有罪票を投じなかったという人もいます。ローマ教皇やツツ大主教はじめ、元FBI長官も処刑撤回を訴えました。ジョージア州の現役の検事でさえ、「もしいまこの裁判が実施されるなら、仮保釈のない無期懲役を求刑する。死刑求刑はしない」とコメントしています。トロイ・デイビスにとって悲劇だったのは、裁判が行われた、1991年にはジョージア州には仮保釈のない終身刑という選択肢がなかったことです。

人が決める制度が、命を救いもすれば奪いもする。ジョージア州は1972年に誤審による死刑執行をおこない、それが引き金となって一時的に、全米で死刑が撤廃されたといういわくつきの州でもあります。トロイ・デイビスの闘いは最後まで続きました。処刑予定日とされていた日に嘘発見器にかけてほしいと要求を出しました。心が安らかで無いときに嘘発見器にかかることは、動揺が結果に影響する可能性があり、リスクが大きいのです。それでも少しでも無実を明らかにしたかったのでしょう。
トロイ・デイビスはこの春、母親を亡くしていましたが、処刑からわずか2ヶ月後に、姉のマルティナ・コレアさんも亡くなりました。デモクラシー・ナウ!にも何度も登場し、トロイ・デイビス死刑反対運動の大きな支柱でした。10年以上にわたる自らの乳がんとの闘いをふまえ、「生きようとするトロイと私の闘いは、合わせ鏡。体内に流された毒がトロイの命を奪い、私の命を長らえさせる。トロイは私なのです」と語っていたコレアさん。処刑後も、無実を訴える運動を続けると語っていた矢先でした。 (大竹秀子)

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・エイミーのコラム:トロイ・デイビスと死の政治(2011.9.14)

*ラリー・コックス(Larry Cox) アムネスティー・インターナショナル米国支部事務局長。
*ロバート・ルックス(Robert Rooks) NAACP(全米有色人種地位向上協会)の刑事司法部部長。

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字幕翻訳:大竹秀子/全体監修:中野真紀子/サイト作成:丸山紀一朗