盗聴スキャンダルに揺れるマードック帝国 地道な調査報道の成果
2011年7月に英国を揺るがしたマードック帝国スキャンダル事件。だが、この事件が国をあげての調査と告発の対象になるまでには、3年間にわたる事件記者の地道な調査活動が必要だった。書かれた記事は、75本。英ガーディアン紙で仕事するニック・デイビス記者の快挙だった。
スキャンダルは、電話盗聴と賄賂の2本立てで発覚した。腐りきっていたマードック帝国に、英国民の怒りがついに爆発したのは、誘拐され殺害された中学生ミリー・ダウラーさんの電話盗聴事件の暴露だった。ルパート・マードック率いるニューズ・コーポレーション社傘下の日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドが、2002年3月に行方不明になっていたミリーさんとその家族の電話を非合法に盗聴し、警察の捜査を妨害したことが明らかになったのだ。ロンドン警視庁による捜査で、編集長などが相次いで逮捕され、同紙は廃刊に追い込まれた。また、キャメロン英首相の広報担当者アンディ・クールソンが元同紙編集長だったことから、事件は政界にも飛び火した。傘下の大衆紙「サン」にも捜査の手が伸び、同紙の記者が編集幹部の了承の元、政府・警察・軍・医療・刑務所などの関係者に賄賂を払い情報を得ていたことが明るみに出た。2012年2月末に調査委員会でロンドン警視庁幹部が行った証言によると、サン紙から数年間で計8万ポンド(約1千万円)受け取った役人がおり、1人で各方面に15万ポンドも賄賂を払っていた記者もいた。
デモクラシー・ナウ!のこのインタビューの中でニック・デイビスが描いて見せるのは、一国の首相でさえ牛耳るマードック帝国による恐怖の支配だ。サッチャー以来、歴代の首相に、この巨大メディアにおもねらねば選挙に勝てないと思わせた。政界にも警察にも、広報担当者として元記者や元編集者を送りこみ中からも縛りをいれた。政治家や役人が楯突こうものなら、スキャンダル記事で総攻撃をしかけた。メディア界をほぼ支配しきっているから、ジャーナリストも仕事がほしければ、さからえない。だからって、良心まですっかり買うことはできなかった。マードック帝国で働きながら内部告発する記者たちがおり、彼らの情報と協力で、ニック・デイビスの記事も実現していった。
だが、この事件。めでたしめでたし、では終わらない。2012年2月末、ニューズ・コーポレーション社は、サン紙の日曜版「サン・オン・サンデー」紙を創刊し、「予想外」の326万部を売り上げた。一方、ガーディアン紙の発行部数は、2011年10月現在で23万部。しかも、部数は落ちる一方らしい。金をまき散らし、しかもその金で「公共の利益」になる情報を買うならまだしも、「わいせつなゴシップ」を買いあさってきたとされるサン紙。対するはジリ貧のガーディアン紙。未来への救いは、オンライン版新聞としてガーディアンが英国第2位の人気を誇っているということか。(大竹秀子)
*ニック・デイビス(Nick Davies) フリーランス・ジャーナリスト。1979年以来、英ガーディアン紙で仕事している。2009年以来、ルパート・マードック率いるニューズ・コーポレーションス社傘下の日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドの電話盗聴を暴露する記事を書き続け、2011年に英国を揺るがしたマードック帝国スキャンダル事件発覚の中心となった。
字幕翻訳:大竹秀子/全体監修:中野真紀子