ヒップホップと政治、差別用語と差別発言 マイケル・エリック・ダイソン教授が語る 後編
戦争、暴力、公民権運動、そしてヒップホップ、ハリケーン・カトリーナから人種差別政策まで、マイケル・エリック・ダイソン教授は一手に引き受けます。この14年間に14冊の著作を出し、いずれもベストセラー。黒人向け月刊誌の米『エボニー』誌は、「最も影響力のあるアフリカ系アメリカ人100人」のひとりに彼を選出しています。ダイソン教授はつい最近、ジョージタウン大学の最高位の教授職に就任しました。バプテスト派の牧師の資格も持ち、アフリカン・アメリカン研究と並んで神学も教えています。最新、ヒップホップ論を出版しました。
番組前半では、ラジオトークショー・ホストのドン・アイムスによる差別発言事件、ジーナ高校の黒人生徒訴追事件、ハリケーン・カトリーナ後の人災など、最近の社会問題についてコメント。後半ではヒップホップという芸術様式における政治性、そのレトリックがいかに鋭く社会状況を反映しているかを、具体例を挙げて語ります。
米国では「ニガー」はタブー語となり、N-wordという婉曲表現が用いられています。この語の使用の根絶しようとするNAACP(全米黒人地位向上協会)に対し、ダイソンは差別語そのものを葬っても無駄だと反論。黒人が仲間に「ニガー」と呼びかける例を示し、彼らは白人からN-wordを取り上げて、自分達の手で新たな意味を付与し、親愛の情を示す言葉に変えたのだとダイソンは指摘します。言葉には変遷があり、ときには実害をもたらしますが、逆手にとれば反撃の手段ともなりうるのです。
白人生徒との喧嘩で殺人未遂に問われた「ジーナの6人」の司法制度を通じたリンチに等しい事件については、肌の色の濃い者たちが不当に重い刑罰を科され、長期にわたる服役を強いられている現状を激しく非難しています。アブグレイブ刑務所で行なわれた虐待は、国内の刑務所における人権侵害と直接つながっていることも指摘。
政治意識の高い若手によるコンシャス・ラップは社会の現実をストリートの視点から伝えようとするきわめて批判的で洞察に満ちたラップの下位ジャンルであり、ダイソンは彼らの試みを民俗学者による社会風俗の研究にたとえています。しかし、耳に痛い真実を語る彼らの自省的な声が、セクシーで挑発的な曲を好むレコード産業や放送局によって流されることはめったにありません。母子家庭が多く、 男性の多くが入獄体験を持つ黒人社会を鋭くとらえる一方で、彼らの歌詞にはヒップホップ文化の女性憎悪も色濃く反映されています。「自分を生んだ女は素晴らしいが、わが子を生む女は忌まわしい」というひどい矛盾を抱えるヒップホップ界の男性達。
番組の最後には獄中の死刑囚ムミア・アブー=ジャマールが、ヒップホップの世界的な影響を語ります。アメリカ黒人のあいだで生まれた芸術形式が海を渡り、新たに根付いたそれぞれの社会で抑圧に抗議する手段となり、いまでは世界中の言語で、人種問題や差別や貧困に抗議していると、ムミアは指摘しています。(中野)
★ DVD 2007年度 第4巻 「2007年10-11月」に収録
マイケル・エリック・ダイソン(Michael Eric Dyson) ジョージタウン大学教授。神学、英語学、アフリカン・アメリカン研究を教えている。『カトリーナが洗い流せなかった貧困のアメリカ 格差社会で起きた最悪の災害』をはじめ、最新書は Know What I Mean? Reflections on Hip Hop( 『ね、わかるでしょ?:ヒップホップ論』)。
字幕翻訳: 田中恵子 野田美希 玉川千絵子
全体監修:中野真紀子