デイリーニュース

  • 「我が国は攻撃下にある」:議員達が「街頭で起きる銃暴力の惨事」を終わらせる法案を推進

    14 日夜、フロリダ州オーランドの教会に数百人が集まり、12日に 起き米国近代史上最多の死者を出した、LGBT 向けナイトクラブ襲撃事件の犠牲者49 人を追悼しました。この無差別殺人事件を受けてオバマ大統領は、攻撃用(アサルト)武器禁止の復活と、テロリスト疑惑をかけられている人物の銃入手を阻止する措置を提唱しました。オーランド乱射事件でオマー・マティーン容疑者が使用した 2 丁の銃のうちの一つは AR-15 半自動式アサルトライフルで、カリフォルニア州サンバーナーディーノ、コロラド州オーロラ、コネチカット州ニュートンの銃乱射事件でも同じタイプの銃が使われました。14 日、下院司法委員会の民主党議員達は、失効状態になっている自動式攻撃用武器禁止法の復活を求める書簡に署名しました。書簡の中で議員達は、「間違ってはいけない。我が国は攻撃下にある。我々は、日々、街頭や家庭内で銃による暴力の惨事という攻撃にさらされている」と書きました。書簡に署名した下院議員の一人、ハンク・ジョンソ ン(ジョージア州選出民主党議員)から話を聞きます。

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    2016/6/15(Wed)
    記事番号: 
    1
  • オーランドの虐殺に関していえば、家庭内暴力は我々が語ることをしない危険信号

    ローリング・ストーン誌への新たな記事の中で、ジャーナリストのソラヤ・チェマリーは次のように書いています「6月13日ワシントンポスト紙は『[オマール]マティーンの家族は彼が同性愛について怒りを示したことがあったと言っているが、銃撃者には憎悪犯罪歴はなかった』と報じている。しかし、それは家庭内暴力をどう分類するかによる」と書いています。マティーンの元妻シトラ・ユスフィはマティーンが彼女をいかに殴り、彼女を監禁したかを公に語っています。「シンクプログレス」(ThinkProgress)は、2009年から2012年の間の銃乱射事件の40%は、銃撃者が自分の恋人、妻、元妻を標的にすることから始まったと報じています。カリフォルニア州では6月、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の博士課程の学生が、彼の指導教授を射殺し構内が封鎖される事件が起きたばかりです。しかし、この犯人であるマイナック・サルカルはまず、ミネソタ州の別居中の妻の家の窓を上り、彼女を殺害したとされています。2015年だけでも、乱射事件の約3分の1が何らかの形で家庭内暴力と関係しています。ライターのソラヤ・チェマリーに話を聞きます。

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    2016/6/14(Tue)
    記事番号: 
    3
  • 活動家 「ラテン系LCBTQコミュニティと、その生存の物語がオーランドの話題の中心であるべき」

    オーランドのダウンタウンでは6月13日、ナイトクラブ「パルス」での虐殺の犠牲者たちを追悼するための、ろうそくを灯しながらの徹夜の祈りに数千人が集まりました。近くの教会は、犠牲者ひとりにつき1回、合計49回鐘を鳴らしました。犠牲者の多くは若者でラテン系でした。オーランドの銃撃について、イサ・ノヨラから話を聞きます。彼女は、米国最大のトランスジェンダー組織である「トランスジェンダー法律センター」(Transgender Law Center)のプログラム部長です。彼女は、トランスジェンダーのラテン系活動家で、LGBT移民権運動の全米のリーダーの1人でもあります。

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    2016/6/14(Tue)
    記事番号: 
    2
  • 暗殺されたゲイの象徴的存在ハーヴェイ・ミルクの甥 「オーランドの虐殺はLGBT運動の最悪の日々の1つ」

    ゲイクラブで49人が死亡したオーランドの銃撃による大量殺人に対する連邦捜査局(FBI)の捜査は、銃撃者がナイトクラブ「パルス」(Pulse)の常連客だったという証拠が浮かびあったことを受け、予想外の展開を見せています。FBIは、銃撃者オマール・マティーンはゲイで、ナイトクラブ「パルス」に定期的に通っていた可能性があるという複数の証言を捜査し始めました。こうした証言は、彼の元妻、彼の高校時代の同級生、「パルス」の何人かの常連客を含む多くの人々からもたらされています。米国史上最悪のLGBTコミュニティへの攻撃を受けて、ゲイの権利擁護の先駆者で、ゲイであることを公表した米国初の政治家の1人であるハーヴェイ・ミルクの甥スチュワート・ミルクから話を聞きます。ハーヴェイ・ミルクは、「サンフランシスコ監理委員会」(San Francisco Board of Supervisors)に当選した1年後の1978年に暗殺されました。彼は、サンフランシスコ市長ジョージ・マスコーニとともに、同市の元監理委員によって射殺されました。スチュワート・ミルクは、「ハーヴェイ・ミルク協会」(Harvey Milk Foundation)の共同設立者で代表です。

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    2016/6/14(Tue)
    記事番号: 
    1
  • オーストラリア、1996年の法改正で銃乱射撲滅に成功 米国で同じ措置は取れるか

    またしても起きた大規模な銃乱射事件を前に、米国は理解に苦しんでいます。銃暴力の蔓延する社会を変えるために戦い、その戦いに勝利した国に目を向けましょう。オーストラリアのタスマニア州ポートアーサーで1996年4月、武装した男が観光客に向けて発砲し、35人が死亡、23人が負傷する事件が起きました。この恐ろしい攻撃の12日後、沸き起こった人々の抗議を受け、オーストラリア政府は、銃規制法案の成立に向けた超党派の合意を発表しました。この合意は、州政府と地元政府の同意を含むものでした。法案の採択から20年、オーストラリアでは大規模な銃乱射事件は起こっていません。また銃暴力全体も50%減少しました。国際武器規制の推進者で「小型武器に関する国際ネットワーク」(International Network on Small Arms)で活動するレベッカ・ピータースに話を聞きます。ピータースはポートアーサー事件後、オーストラリアの銃規制法を改革するための運動を率いた人物です。

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    2016/6/13(Mon)
    記事番号: 
    6
  • フロリダ州上院議員、銃規制を呼びかけ 「いったい、いくつの銃撃事件が起きればいいのか」

    多数の死傷者を出したオーランドのLGBTナイトクラブでの銃乱射事件を受け、フロリダ州議会の民主党上院議員ジェラルディン・トンプソンに話を聞きます。トンプソンは、事件が起きた地区から選出されました。トンプソンは、フロリダの共和党知事リック・スコットやその他の選出された指導者らに、銃規制のための行動を呼びかけます。「いつになれば実現するのでしょうか。いくつの銃撃事件を私たちは経なければならないのでしょうか」とトンプソンは問いかけます。

    dailynews date: 
    2016/6/13(Mon)
    記事番号: 
    5
  • 米国における反LGBT法案の提出、オーランド事件までの半年で200本以上

    「キリスト教右派はここ半年、200本にのぼる反LGBT法案を提出してきた。それなのに人々はこの事件をイスラムのせいにする。それは間違いだ」。LGBTの人々が集まるフロリダ州のナイトクラブに対する12日の銃乱射事件後、米国自由人権協会(ACLU)専従弁護士のチェース・ストランジオのツイートが急速に広がっています。事件はさらに、ゲイやバイセクシャルの男性による献血を解禁するようにとの声を再び高めています。抗議者らは、この禁止は医学的に不必要なものだと主張しています。「フロリダに平等を」(Equality Florida)のハンナ・ウィラードに話を聞きます。

    dailynews date: 
    2016/6/13(Mon)
    記事番号: 
    4
  • ゲイを公にしたイスラム教指導者:「パルス」はLGBTムスリムにとっても避難場所だった

    当局は、オーランドの銃撃犯を29歳のオマール・マティーンと特定しました。マティーンは1986年、アフガニスタン人の両親の下にニューヨークで生まれました。マティーンは2007年から、世界最大の民間警備会社「G4S」に警備員として勤務していました。FBIは2013年と2014年、テロリストとのつながりの疑いでマティーンを尋問しています。ニューヨークタイムズ紙によると、マティーンは一時はFBIの監視下に置かれていましたが、当局は最終的に捜査を打ち切っていました。マティーンが襲撃の前後、911番の緊急電話をかけ、「イスラム国」への忠誠を宣言したとの情報もありますが、この電話の音声記録は公開されていません。「メッカ研究所」(Mecca Institute)の代表理事を務めるダーイー・アブドゥッラー師に話を聞きます。アブドゥッラー師は、ゲイであることを公にした西半球で最初のイマーム(イスラム教指導者)の一人です。

    dailynews date: 
    2016/6/13(Mon)
    記事番号: 
    3
  • 「ナイトクラブは避難場所だった」 常連客が語る事件現場のクラブの意味

    オーランドのナイトクラブ「パルス」(Pulse)はここ10年以上にわたって、フロリダ州中部のLGBTコミュニティの人気スポットとなってきました。このナイトクラブは、バーバラ・ポマが、エイズで亡くなった兄の記念のために2004年にオープンしたものです。オーランドで生まれ育ったダニエル・レオン=デービスに話を聞きます。レオン=デービスは、ニュースサイト「Fusion」に、"The Site of the Orlando Shooting Wasn’t Just a Gay Nightclub. It was My Safe Haven"(「オーランドの銃撃の現場となったのはただのゲイナイトクラブじゃない。私にとっては安全な避難場所だった」)と題した記事を発表しました。

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    2016/6/13(Mon)
    記事番号: 
    2
  • フロリダ州オーランドでLGBTコミュニティへの過去最悪の攻撃 50人が死亡 大半がラティーノの若者

    全米各地で追悼集会が開かれています。フロリダ州オーランドで12日早朝、混雑するゲイのダンスクラブで武装した男が銃を乱射、少なくとも50人が死亡、50人以上が負傷しました。近代米国史上最も多くの死者を出した銃乱射事件となると同時に、米国のLGBTコミュニティに加えられた最悪の攻撃ともなりました。犠牲者の大半はラテン系でした。当局によると、銃撃開始から3時間後、警察が施設に突入し、武装した男は射殺されました。「フロリダに平等を」(Equality Florida)のハンナ・ウィラードに話を聞きます。

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    2016/6/13(Mon)
    記事番号: 
    1

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