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2013年6月19日(水)

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  • 調査報道記者マイケル・ヘイスティングス がロサンゼルスで自動車事故で死亡しました。33歳でした。イラクとアフガニスタンからの広範囲にわたる彼の報道は、残酷な戦争の実態を暴き出し、多くの人に読まれました。2010年ローリング・ストーン誌に掲載されたアフガニスタンの米司令官スタンレー・マクリスタル将軍に関する彼の記事は、マクリスタルと彼の補佐官が政府高官に対して中傷的な発言をしたとして、政治的議論に火をつけました。この記事は、戦争の方向性をめぐって長きにわたる文官と軍部の意見の相違を露呈し、マクリスタルを辞職へと追い込みました。映画監督のオリバー・ストーンは、デモクラシー・ナウ!に提供された文書の中で、「マイケル・ヘイスティングは、短い一生の中で出来る以上のことをやり遂げました。彼はわが国でも最も優秀な若手調査報道記者の一人で、危険をかえり見ない彼の報道にはある意味彼の命がかかっていました。われわれには、許しがたい戦争犯罪や社会の支配至上主義の傲慢さに積極的に抵抗するマイケルのような若い世代がもっと必要です」と話しています。ローリング・ストーン誌は、「ヘイスティングスは決して権力に取り入らないリポーターだった。彼はすばらしい報道の遺産を残してくれた」というコメントを発表しました。本日は、2010年と2012年の2回、ハスティングがデモクラシー・ナウ!に出演した時の様子を振り返ります。

  • トルコ政府は、ますます激しくなる弾圧にもかかわらず、いまだに続いている反政府デモを鎮圧するために武装兵士を市内に送り込むと脅しています。18日、トルコ警察は一連の強制捜査で、数週間続く反政府集会に参加した疑いのある87人を逮捕しました。最近のデモではさまざまな形態が使われています。その一つである消極的抵抗運動は、警察の一斉検挙に抗議するため、8 時間もの間タクシム広場に静かに立ち続け、世界の注目を浴びた「スタンディング・マン」ことパフォーマンスアーティストのアーデム・グンドゥーズから始まりました。本日はイスタンブールから、活動家の学者で、このデモが始まった先月下旬からタクシム広場で活動しているナザン・ウスタンダッグに話を聞きます。「人々は、抗議をする新しい方法を見つけています。われわれは、次に何をするか、どのように組織して、民主的要求を主張するのかをみんなで話し合っています」と彼女は言います。

  • ブラジルのデモは、17日に24万人がデモに参加して以来、過去数十年間で最大のデモとなり、参加者が増え続けています。デモは当初、サンパウロ市内のバス運賃値上げに対して起こりましたが、その後、政府の汚職、不公平さ、公共サービスの悪化、デモ隊に対する警官の強暴行為をめぐり、全国にひろがりました。デモ参加者は、政府の2014年ワールドカップ、2016年夏季オリンピックへの巨額の支出も非難しています。ブラジルを拠点にしている人権団体コネクタスの事務局長で、このデモに参加しているルシア・ナダーにサンパウロから話をききます。

  • 自身の祖母を殺された悲傷から許しまでの道のりを書いたビル・ペルケと、高名な活動家で「デッドマン・ウォーキング」の原作者シスター・ヘレン・プリジャンに、死刑反対運動での最近の成功について話をききます。インディアナ州は、17日、元死刑囚ポーラ・クーパーを釈放しました。クーパーは、1985年にインディアナ州ギャリーで聖書学校の年配教師でペルケの祖母でもあるルース・ペルケを殺害した罪で有罪判決を受けたインディアナ州の女性で、当時最も若い死刑囚となりました。彼女は、児童虐待の被害者で、逮捕時されるまでの間に10 もの異なる学校に通っていました。彼女の事件は、世界中の人権活動家や死刑反対派を動かしましたが、ビル・ペルケもその一人でした。彼はシスター・ヘレンと協力して、死刑への反対運動を展開しクーパーの恩赦を懇願しました。「この少女が死刑囚監房にいるという事実を知ったら、私の祖母は絶対に驚くだろうと思いました」とペルケは語ります。「祖母は、ポーラ・クーパーと彼女の家族のことを愛したと思います。祖母は私たち家族にもそのような愛情や慈悲を持って欲しいと思っていたと感じるのです」。ベストセラーで、スーザン・サランドンとショーン・ペン主演でアカデミー受賞作品となった「デッドマン・ウォーキング」の原作者のシスター・ヘレンは、ニューオリンズに拠点を置く、被害者の権利擁護団体「サバイブ(Survive)」の創設者です。彼女は死刑囚だけでなく、殺害された被害者の家族の相談にも乗り続けています。「許しとは自分を傷つけた相手に対して真っ先に行うこべきことではないし、加害者の責任を軽減するためのものでもありません。これはあなたの人生を救い、自身の完全性、ホールネスを保つためなのです。ビル・ペルケに起こったようにね」とシスター・ヘレンは語ります。

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