マニング・マラブルが遺した マルコムXの実像・虚像

2011/4/4(Mon)
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デモクラシー・ナウ!のゲストとしてもおなじみだったコロンビア大学教授で歴史家のマニング・マラブル氏が2011年4月4日、亡くなりました。20年をかけた待望の大著Malcolm X: A Life of Reinvention (『マルコムX:創られた人生』)の出版数日前の、急逝でした。追悼番組となったこのセグメントでは、2005年にデモクラシー・ナウ!が行ったマニング・マラブル氏のインタビューがあらためて紹介され、当時執筆中で遺作となった伝記について語っています。実はこの伝記、出版後、大きな波紋を呼び、マルコムXの実像と虚像、その生涯の今日的意味をめぐり、激論をまきおこしました。

長年にわたりマルコム研究の資料の定番とされてきた有名な『マルコスXの自伝』。それがあるにも関わらず、なぜかくも徹底的な伝記の執筆に取り組んだのか。インタビューでは、マラブル教授が伝記執筆の動機を語っています。暗殺で突然、命を絶たれたマルコム、『自伝』には、実は語られていない空白、あるいは虚像を描くことによって隠された真実がある、どこか、変だという直感が、マラブル教授の出発点でした。『自伝』とは言っても、マルコムXがアレックス・ヘイリーという作家に語り、ヘイリーがまとめた著作です。ヘイリーの『自伝』に向けてのインタビューは、1963年はじめにプレイボーイ誌のために彼がマルコムXを徹底インタビューしたころから始まり1965年まで続きました。実はこの時期は、マルコムにとって大変動の時期でした。それまで長年にわたってブラック・ムスリム運動、ネイション・オブ・イスラム(NOI)のスポークスマンとして発言してきたマルコムXが、NOIの指導者エライジャ・ムハンマドに失望して離脱し、メッカに巡礼して、宗教的にも政治的にも大きく脱皮した時期にぴったり重なります。マルコムにとって『自伝』の意味もその過程で、変わったに違いありません。マルコムにとって大変大きな意味をもっていたに違いない政治に関する3章が削除されたのも、おそらく、そんな背景からであったのでしょうが、新しい章が書き足されることはなく、見えない空白ができてしまっています。また、『自伝』は、マルコムの死後、アレックス・ヘイリーが最終的にまとめて出版しましたが、そこには、マルコムも知らなかったヘイリーの隠された意図が働いたとマラブル教授は、みています。

『自伝』を超え、可能な限り生の証言や資料に戻り、事実をもういちど徹底的に検証してみよう、「20世紀に米国の黒人社会が生んだもっとも優れた歴史的人物」マルコムの等身大の実像を描きたいというのが、マラブル教授の野心でした。だが、その「偶像破壊」的なアプローチは、時にショックと怒りを招き、大きな波紋を呼びました。組織のスポークスマンとしてではなく、ようやく自分の言葉で語れるようになったマルコムでしたが、メッカで開眼した新しい宗教観・政治観・政治活動を十分に展開し、記録できないまま暗殺されたためもあり、マルコムの到達点については議論がわかれます。マラブル氏には、マルコムの現代今日的意味を「21世紀のグローバル化への批判を先取りした」人物として語ります。でも、人によってはそんな風に広げてしまうのは、政治的にも社会的にも精神的にも米国社会の底辺におかれ自らに対してプラスイメージをもてずにいた黒人に、自尊と自決を教え、解放を闘いとることを教えたマルコムXの黒人ナショナリストとしての黒人史・米国史にとっての画期的な意味と、先鋭な革命家としての姿勢の評価を薄めてしまう(米国の人種問題は、まだ全然、終わっていない!)とみる人もいて、喧々諤々の議論が再燃しています。新しい伝記が、マルコムの歴史的な意義、そして今日的な役割を改めて真剣に考えさせる大きな力となったのは、間違いありません。マラブル氏にとっては、きっと本望でしょう。あらためて黙祷。(大竹秀子)

参考リンク
• アフリカンアメリカン・フォーカス: 故マニング・マラブル教授の主要リサーチャーが語る、『マルコムX:作り直された人生』 デモクラシー・ナウ!“『マルコムX:創られた人生』 マニング・マラブルによる公民権運動指導者の詳細な伝記”(2011.05.19)の全訳
● アフリカンアメリカン・フォーカス: 激論;アミリ・バラカ マイケル・エリック・ダイソン ハーブ・ボイド:マニング・マラブルによるマルコムxの新しい伝記が大きな波紋 「デモクラシー・ナウ!」(2011.05.19)“マニング・マラブルによる新しい伝記の波紋 マルコムXの生涯と業績に関する議論が再燃”のディスカッション部分全訳
• アフリカンアメリカン・フォーカス: アミリ・バラカ:マラブル著『マルコムX:作り直された人生』に怒りの書評
*マニング・マラブル(Manning Marable) 2011年4月1日の逝去まで、コロンビア大学の公共政策、歴史、およびアフリカ系アメリカ研究の教授。進歩的な政治理念に基づいた、多数の著書がある。また、ウェブサイトthe Malcolm X project も遺した。亡くなる直前に Malcolm X: A Life of Reinvention and Living Black History: How Reimagining the African-American Past Can Remake America’s Racial Future を出版した。
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字幕翻訳:川上奈緒子/校正:大竹秀子
全体監修:中野真紀子/ウェブ作成 中森圭二郎