ナオミ・クライン:究極の危機「気候変動」を利用して軍国主義が台頭?

2011/3/9(Wed)
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民主主義の否定に利用されかねない最大の危機としてクラインが恐れるのが気候変動です。ここ数年で気候変動を信じる人の割合は急激に減少しましたが、その現象は英語圏に偏っています。その理由は、気候変動を信じるかどうかはもはや科学ではなく政治信条の問題になっているからだと、クラインはオーストラリアの政治学者クリーブ・ハミルトンの論考(かつて相対性理論をめぐる論争が政治論争化したこととの興味深い比較)を紹介します。

気候変動を信じないことは、いまや右派にとって右派であることの証明です。彼らが信じない理由は、気候変動論は「富の再分配を狙った社会主義者による陰謀」だからです。こんな言いがかりつけて忌み嫌うのは、気候変動に有効な対策をとろうとすると、ことごとく右派の主張を否定しなければならないからです。エネルギー効率を考えれば、輸送によるロスを抑える地産地消が必須になりますが、それは「自由貿易」の終わりを意味します。そして先進国は自分たちが引き起こした問題の被害者である途上国に、つけを支払わなければなりません。自由貿易とグローバル化という右派の2枚看板を下ろし、富の再分配によって南北格差を是正するように迫られます。

右派ばかりではありません。政治や経済の論争にはかかわりたくない大手の環境団体も、無限の成長をもとめる資本主義経済が問題なのだという事実に向き合わず、「環境資本主義によって現在の生活は維持できる」とごまかし、小手先の対策に賛同します。先進国が打ち出してくる気候変動対策は、欧米のライフスタイルを変えるのは無理で現在の生活水準を犠牲にすることはできないという前提に立っています。CO2排出をただちに大削減することは政治的に難しいので、途上国の森林保護で代用が可能だということにしたり、バイオ燃料作物の栽培にすりかえたりする。でもこうした「対策」が、途上国の危機をさらに悪化させるのです。

そうする一方で、化石燃料の使用はどんどん危険な方向に進んでいます。簡単に採掘できる資源は掘りつくしてしまい、これからは危険で難しい場所を高度な技術で採掘する「極限エネルギー」の時代になります。深海油田の掘削やタールサンドの利用、天然ガスのフラッキングなど、危険性が高く環境や生態系を危険にさらすものばかりです。事故が起こったときの被害も、これまでとは比べものにならない、はかりしれない規模のものです。1年前にメキシコ湾岸で起きたBPの深海油田掘削基地の爆発による原油流出事故は湾岸一帯の自然や経済や社会に壊滅的な打撃を与え、いまだにその被害の全貌は明らかではありません。

海底の油田から噴出した厖大な量の原油は、「海は広いから心配ない、流出した原油は自然に吸収された」という当局の説明とはうらはらに、いまだに海中にも海底にも大量に残留しています。目には見えなくなっていますが、広範囲な海洋汚染が微生物に吸収され、将来どのような被害をもたらすかは、今はわかりません。それでも「安全宣言」が出され、危険な掘削は続きます。クリーンなエネルギーとして推進される原発の事故もまったく同じパターンです。(中野)

*ナオミ・クライン(Naomi Klein)数々の賞を受賞したジャーナリスト。『ブランドなんか、いらない』、The Shock Doctrine: The Rise of Disaster Capitalism『ショック・ドクトリン:火事場泥棒の資本主義』の著者

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字幕:桜井まり子 サイト:丸山紀一朗 全体監修:中野真紀子