「私に請求してくるスパイ」 -諜報活動の民営化
国家機密機構関連のリサーチャーであるR.J. ヒルハウスによると、アメリカの諜報活動予算の七○%がアブラクサス、ブーズ・アレン・ハミルトン、ロッキード・マーティン、レイセオンなどの大企業に対するアウトソースに割り当てられ ているという。彼女がワシントン・ポスト紙上で八月初旬に明らかにした調査結 果だ。さらに、彼女の調査によると、これら企業の影響力が直接大統領執務室にまで及び、アメリカという国の意思決定を左右している。
CIAを含む16の公認諜報機関組織のスパイ情報収集活動は、アメリカの国益を 守るという名目を持ち、政府機関として責任が追及される。しかし、民主国家として国民の信頼や利害を扱う重要な諜報機関そのものが、収益追求を最優先する民間巨大企業(特に軍事企業)に委託されることにより、スパイ活動もまた「企業秘密」のカテゴリで守られ、名目上の説明責任さえも不明になる。政府の職員でなくなったスパイたちは、収益拡大を最優先する請負企業の社員となり、「国家のため」ではなく企業利益拡大を動機として行動するようになる。
国家機能の核心部分を企業の利害が侵食し、民主国家における情報管理が不能に陥いるに至ったプロセスを支えてきたのは、「Privatization(プライベタイ ゼーション)」と呼ばれる経済的な仕組みだ。「Privatization」という言葉は 普通「民営化」と訳されている。一般的には既存の公共事業をより資本効率の高い民間の経営にまかせるという風潮の中で広がってきた経済政策モデルで、クリ ントン大統領時代に急激に普及した。当初は、企業に対する規制や監視を十分に 整えた上で使われてきた経済変革モデルだったが、その後急速な規制緩和により環境問題や労働問題など企業利益の追求が公共の利益を踏みにじる様々な弊害が 表面化し、「民営化」という中立で温和な言葉からは想像できない状況が進行している。
実際には、「民営化」は国民の長期的な利益を守らず、「民意」を反映していな いばかりか、国民の5%に満たないごくわずかなエリート階級のみが多大な利益を吸い上げる資本集中の仕組みであり、公共資産を「私有化」する構造だ。企業 資本が大きな影響力を振るい、民主主義制度を踏みにじって国家機能と企業が融 合した状態を定義する言葉がある。それは「ファシズム」と呼ばれる。
「国家機密の管理能力と災害対応能力を失った政府は、もはや『国家』の機関だ と言えるだろうか」と、ヒルハウスは問いかける。彼女は、アメリカという 「国」の内臓がそっくり抉り取られ、そこに巨大な企業資本の利害が挿入されている驚くべき現状を告発している。(宮前ゆかり)
* R.J. ヒルハウス:小説家、ブロガー。彼女のリサーチはブログ・サイト http: //www.thespywhobilledme.com/ で読むことができる。また最近彼女は諜報活動 の内情を描いたフィクション小説 Outsourced(『外部調達』」を書いた。
字幕翻訳: 宮前ゆかり
校正・全体監修:中野真紀子