安全保障の幻想 国際的な監視と9/11後の民主主義

2007/2/20(Tue)
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2
23分

 警察がすべての住民の身上調書をひそかに作成し、秘密の基準に従って各個人に「危険度」をつける。この「危険度」に対し当人が異議を申し立てるすべはなく、たとえ誤った情報や、不完全な情報が自分について記録されていたとしても、それを訂正することはできない。そもそも自分についてどんな情報が記録され、どのように使われているのかも判らないし、なにを基準に国家への危険を測られているのかさえも知ることができない。9/11以降アメリカが他国の警察組織との協力で進めている国際的なテロ対策ネットワークは、データマイニングや統計的予測による「危険度」の割り出し、収集した個人情報の国際的な共有などによって、まさにジョージ・オーウェル的な世界をつくりあげているようです。

 シリア系カナダ人マヘル・アラールは、2002年9月チュニジアからカナダに帰国する途中、トランジットで立ち寄った米国の空港で当局に捕らえられました。米国で12日間拘禁された後、彼は民間機でヨルダンに送還され、そこで暴行を受けた後、シリアに送られ、一年近くも拘禁され、拷問を受けました。「特例拘置引渡し」(令状なしの逮捕、裁判なしの拘留、他国への引き渡し)と呼ばれるこのような措置は、端的に言って、CIAがテロ容疑者とされる人物をさらって、他国に送り込んで拷問する仕組みのことです。結局何の証拠も見つからず、アラールは釈放され、カナダ当局は彼に賠償金を支払いましたが、米国は何の補償もしていません。

 そもそも、どうしてこんなことが起こったのか?カナダ国民であるアラールが、どのような経過を踏んでアメリカ当局からテロ容疑者としてマークされたのか。それを追求すると、上記のような危険な国際監視システムが目立たぬように進められている状況が浮かび上がってきます。このような事態の進行に気づき、何らかの手を打つことを考え始めねばならないと、ゲストのモーリン・ウェッブは訴えています。

 現在の事態の恐ろしさは、テロリストを予想するためのデータマイニングの不正確さに加えて、テロリスト捜査のための国際協力による各国警察間の個人情報交換の結果、国内法規による個人の情報の保護が効かなくなったことにあります。具体的には国家安全保障の統合執行チームが各国警察内にできあがっていて、カナダのそれはINSETと呼ばれているようです。歴史的には従来から「エシュロン」という国際スパイ監視システムが存在していましたが、これは外の敵の活動を取り締まるためのものでした。これに対し、9・11以降に出来上がってきた国際監視協力体制は、自国民の活動が対象になっているところが怖い。いわばCIAが自国民を標的にし始めたようなものです。

 さらに問題なのは共有された情報の管理に各国の主権がおよばないことです。そうすると個人は身を守るすべがない。どこにもアカウンタビリティがない個人情報の蓄積が進行していく事態はとても恐ろしい。偶然や人違いによる被害は、すでにアラールの件で証明されていますし、恣意的に利用されれば圧制者が反対派に「テロリスト」のレッテルを貼り、人権を剥奪して弾圧するのに利用される可能性もあります。そしてもちろん、他国のことだけではないでしょう。(中野真紀子)

* モーリン・ウェッブMaureen Webb カナダの弁護士で、9/11 以降の安全保障と人権の問題についてさまざまな場所で発言しています。コロンビア大学のヒューマンライツ・インスティテュートの特別研究員(2001年)を経て、国際市民的自由監視団(International Civil Liberties Monitoring Group)の共同委員長をつとめると同時に、カナダの弁護士たちによる人権監視団体(Lawyers’ Rights Watch Canada)で安全保障と人権問題を担当しています。2007年に著書『Illusions of Security: Global Surveillance and Democracy in the Post-9/11 World(安全保障の幻想 国際的監視と9/11後の民主主義)』を出版しました。

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字幕・翻訳 :石川麻矢子