『アメリカのファシスト』急進的キリスト教右派の政治的野望 後編
クリス・ヘッジズの新著は、ドミニオニズム(支配主義)運動と呼ばれる比較的新しいキリスト教右派を取り上げています。選挙における絶大な力を通して共和党に大きな影響力をふるうこの運動は、アメリカにキリスト教国家を打ち立て、絶対権力を握ることを目指しています。彼らがのし上がってきた背景は1920年代から30 年代にかけてのイタリアやドイツのファシズム草創期に酷似していると、ヘッジズは警告します。
プロテスタントが建国した合衆国は意外に敬虔なクリスチャンが多く、特に福音派が集中する南部はバイブルベルトと呼ばれる保守の牙城です。原理主義(ファンダメンタリズム)というのは、この福音派の右派のことですが、もともとは伝統的に世俗的なことからは身を引き、政治活動にはかかわらない傾向が強い人々でした。そこに異変が起こったのが、この政治野心に燃える新種のキリスト教右派です。ドミニオニズムという言葉が彼らを指してジャーナリズムで使われるようになったのは2004年の大統領選挙の時で、ブッシュの共和党陣営が急進的キリスト教右派の組織的支援に大きく依存していることが注目されたためです。
その端緒は1979年にジェリー・フォルウェルが創設した「モラル・マジョリティ」という宗教右派の政治団体とされます。数百万人の会員を有する合衆国最大の保守系圧力団体でした。これに参加したティモシー・ラヘイは宗教政治配をめざす極右指導者たちの会(Council for National Policy)の会長となり、83年に「アメリカン・コアリション・オブ・トラディショナル・バリューズ」を創設して、10万を超える信者を選挙に動員する体制を築きました。一方ラジオ番組「フォーカス・オン・ザ・ファミリー」の司会ジェームス・ドブソンも、83年に同番組の政治活動部門として「ファミリー・リサーチ・カウンシル」を創設しました。推定400万の視聴者を持つ彼の番組も強力な圧力団体となっています。
1989年、「モラル・マジョリティ」は解散し、テレビ伝道師パット・ロバートソンが「共和党を下から乗っ取れ」のスローガンで結成した圧力団体「クリスチャン・コアリション」に継承されました。この団体は94年の中間選挙で大きな力を発揮し、共和党の議席を下院で54、上院で8上乗せして、長らく続いた民主党の議会支配をくつがえす「共和党革命」を引き起こしました。こうして着々と共和党の中に支配力を広げていった結果が2004年のブッシュ当選です。
ドミニオニズムは宗教運動としてよりも、ファシズム運動としてとらえるべきだとヘッジズは主張します。共和党=企業権益や保守層と、権威主義的な服従を要求するキリスト教右派の結びつきは、ファシズムに典型的な野合であり、ワイマール共和国で労働者や中産階級の没落を利用してファシストが台頭したのとおなじように、グローバリゼーションの進展で困窮に追いやられる労働者や中産階級の不満と怒りを、宗教的な救済でからめ取り、彼らの絶望を食い物にして絶対支配を打ちたてようとするのだと。 戦争請負企業ブラックウォーターや移民排斥問題などの背後には、この勢力の影がちらつきます。(中野真紀子)
★ ニュースレター第35号(2010.12.11)
★ DVD 2010年度 第2巻 「キリスト教右派」に収録