第28巻 新たな冷戦?

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2011年に世界を席巻した大衆抗議の波。その皮切りとなった「アラブの春」は、新自由主義による失業と貧困化への不満が「民主化」要求の一点に集約され、独裁者を引きずり降ろすことだけが目的にすり変わった感もあります。欧米が民主化の支援を口実にリビアやシリアでしたことは、ロシアに強い猜疑心を植え付け、冷戦の再来とも言われる現在の危機的な対立に発展しました。米国によって都合よくつまみ食いされる「民主化運動」の罠について考えます。

☆ 付属の対訳パンフレットは「アラブの民主化を本当は望まない米国」です。(DVDの中にPDF版が入っています パソコンからご利用ください)。

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米国のメディア監視団体FAIR(Fairness and Accuracy in Reporting)の25周年イベントで、ノーム・チョムスキーが「アラブの春」への欧米政府や主要メディアの反応について語りました。アラブ世界では民衆の圧倒的多数は、イランではなく米国こそが平和を乱す大きな脅威だと見ています。そのため米国は、彼らの意見を聞くような政府ができないように、あらゆる手を尽くして民主化を妨害する。そのことを米国民に悟らせないために、欧米のメディアは言葉のトリックを駆使して現実とはかけ離れたイメージを作り上げます。

米国が国是とする「民主主義の推進」は、米国の利害と一致する時にだけ作動します。「民主化の要求」が、ご都合主義で利用されることに警戒が必要です。(2011年5月11日放送)

*ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky) マサチューセッツ工科大学名誉教授。著名な言語学者で反体制知識人。著書は百冊を超える。


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民主化を求める民衆運動への弾圧が外国の干渉に口実を与え、やがて民主化の勢力も過激な軍事勢力にのっとられて本格的な戦闘が始まり、国全体を戦乱に陥れることになったシリアの「アラブの春」。国内の対立に国際的な主導権争いも重なって、泥沼化していきました。プロパガンダ合戦もあって実態が見えにくいなかで、著名な中東ジャーナリストのパトリック・シールが明晰な分析を行います。

リビアでは人道介入と称する欧米諸国による空爆が行われ、その結果カダフィ政権が倒れました。それに懲りたロシアや中国は、シリアに関しては国連安保理の介入承認を許さず、シリア攻撃をやりたくてウズウズしているネオコン勢力は、お預けを食っている形です。(2012年2月7日放送)

*パトリック・シール(Patrick Seale) 中東問題に関する著名な英国人作家で、『アサド―中東の謀略戦』の著者。


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民主化の嵐が吹き荒れた2011年の締めくくりは、ロシアの大規模デモでした。年末の下院選挙でプーチン首相(当時)の統一ロシア党が過半数を確保したことに不正選挙の告発が続き、既成政治に反対する街頭デモへと発展しました。ソ連崩壊から20年目のロシアでも民主化と自由を求める声が高まっているのでしょうか?しかし街頭の声だけに注目していては、本当の重要な動きを見誤るかもしれません。じつはこの選挙で大きく伸びたのは旧共産党でした。共産党は今でもロシアの最大野党なのです。ロシアの中流層の間には、自由化よりも旧ソ連時代への郷愁が強まっているようです。

この事態を理解するには、ロシアの民主化はソ連崩壊後にエリツィン大統領の下に始まった、とする欧米メディアの偏った見方を是正しなければなりません。ロシアの民主化はゴルバチョフ書記長の下でソ連時代に実現したのであって、その後に議会を戦車で攻撃して政権についたエリツィンは、ゴルバチョフ時代の民主化を逆戻りさせた人物なのです。彼は、きわめて非民主的な方法で強引に民営化と市場経済の導入を進めました。ソ連の崩壊に国民が茫然自失となっている隙に、国家資産が次々と法外な安値で払い下げるという、まさにショックドクトリンの実践でした。

政権に癒着してのし上がった新興財閥を、ロシア国民は許していません。自由選挙にすれば必ず強奪した財産を返却しろと言うでしょう。それゆえ彼らは自由選挙を恐れ、民主化を阻む勢力となっています。おまけに「民主化」という言葉そのものにも、ロシアではダーティーなイメージが染み付いています。1990年代の国家略奪と不正を連想させるのです。そういうわけで、街頭で派手に声を上げている人々の影で、多くの中間層は共産党を支持するのです。(2011年12月30日放送)

*スティーブン・コーエン(Stephen Cohen) ニューヨーク大学とプリンストン大学名誉教授。専門はロシア研究と政治学。近著は Soviet Fates and Lost Alternatives: From Stalinism to the New Cold War(『ソ連の運命と逸した選択肢:スターリニズムから新たな冷戦まで』)


4.ロシアの民主化-プーチン(DVD限定)  (8分)

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エリツィンの反動体制を受け継いだプーチンは、徐々にですが自由を容認する兆しを見せているようです。派手な抗議行動が起きていること自体が、ある意味で容認を示しているのかもしれません。翌年の大統領選挙でプーチンは大統領に復帰しましたが、その際にも不正を訴え、民主化を要求するデモが起きました。でも米国の政治家が、ここぞとばかりにロシアの「民主化を支援」なんておせっかいをするのは、百害あって一利なしとコーエン教授は言います。自分たちの行動が、ロシア人の目にはどう映るのか、米国人はもう少し考えるべきだと。このような米国の独りよがりな対応が、冷戦の再開ともいわれる今日の事態を招いた遠因なのかもしれません。(2012年3月6日放送)

*スティーブン・コーエン(Stephen Cohen) 前出


2014年2月、ウクライナのヤヌコビッチ政権が崩壊しました。前年の11月にヤヌコビッチ大統領が欧州連合(EU)との貿易協定の調印を見送ると、西側と関係を深めたいウクライナ国内の勢力による抗議デモが拡大し、国が騒乱状態に陥りました。治安部隊との衝突で20日には死者90人以上を出す惨事となり、ヤヌコビッチ大統領は首都キエフを脱出しました。ウクライナ議会は大統領解任を決議しましたが、ヤヌコビッチに辞任の意思はなく、クーデターであると抗議しています。市民の抗議と報道されていますが、反政府デモの中には「自由」(スヴォボダ)などの極右・ネオナチ勢力も含まれており、市民に対する暴力は警察ではなく彼らがしかけたとの報告もあります。

この政変への対応をめぐってロシアと欧米との摩擦が拡大しています。コーエン教授によれば、ウクライナ危機の背景には、ソ連崩壊後も存在しているNATO(北大西洋条約機構)が止むことなく東欧に拡大し続け、ロシアを脅かしていることあります。EU加盟とNATOへの参加は表裏一体です。東欧諸国が次々とEU加盟を表明し、その最前線はウクライナというロシア文明圏の中心部にまで迫っているのです。ウクライナはロシアにとって譲れぬ一線です。歴史的に西欧圏とロシア圏の両方の要素を抱え込んできた二つの顔を持つウクライナの複雑な事情をコーエン教授が語ります。(2014年2月20日放送)

*スティーブン・コーエン(Stephen Cohen) 前出


ウクライナ危機をめぐっては、米国とロシアが互いに相手側の干渉をなじって議論はまったくの平行線です。3月初めに行われた番組討論会は、その典型的なものです。ロシア軍が海軍基地のあるバラクラバを制圧し、クリミアからは一歩も引かない構えを示してから一気に緊張が高まりました。 歴史学者のスナイダー教授は、反プーチンの論陣をはる人々の急先鋒です。この事態を原因は全て、民主化の動きを恐れるプーチンの狭量な性格にあり、、西洋的な価値観を否定し、マイノリティの権利を否定したいのだと主張します。これに対し元CIAのマクガバンは今回の政変も典型的なCIA手法のクーデターだといいます。ただし今では国務省がその役割を引き受けています。ヤヌコビッチ解任以前から次は誰を政権につけるかを画策していたヌーランド国務次官補も、米国をシリアとの戦争に引っ張りこもうとしたケリー国務長官も、まさにブッシュ時代に隆盛を極めたネオコン勢力の継承者です。(2014年3月3日放送)

*ティモシー・スナイダー(Timothy Snyder)  イェール大学の歴史学教授。専門は中欧および東欧の近代ナショナリズム。『流血の地 ヒトラーとスターリンに挟まれたヨーロッパ』の著者。

*レイ・マクガバン(Ray McGovern) 元CIA 上級分析官で27年間の勤務の最初の10年はロシアの外交政策を担当。現在は米国情報機関OBらが結成した諜報活動の乱用を批判する団体VIPSの運営委員


   
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2011年に世界を席巻した大衆抗議の波。その皮切りとなった「アラブの春」は、新自由主義による失業と貧困化への不満が「民主化」要求の一点に集約され、独裁者を引きずり降ろすことだけが目的にすり変わった感もあります。欧米が民主化の支援を口実にリビアやシリアでしたことは、ロシアに強い猜疑心を植え付け、冷戦の再来とも言われる現在の危機的な対立に発展しました。米国によって都合よくつまみ食いされる「民主化運動」の罠について考えます。

☆ 付属の対訳パンフレットは「アラブの民主化を本当は望まない米国」です。(DVDの中にPDF版が入っています パソコンからご利用ください)。