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2016年7月6日(水)

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  • イラクでは 2 日、バグダッドで車に仕掛けられた爆弾による死者数が 250 人に達し、2003 年の米国の侵攻以降、犠牲者が最大の自動車爆弾事件となりました。イラクが喪に服しているこの時期に、英国ではイラク参戦に関する待望の調査報告書が発表されました。報告書は当時の英国首相トニー・ブレアが、サダム・フセインによる脅威を故意に誇張しイラク参戦を導いたと非難しています。米国主導によるイラク制裁、侵攻および占拠への反対運動を行った、イラクからの亡命者サミ・ラマダニに話を聞きます。

  • イラクが服裳 3 日目に入る中、英国では待望のイラク参戦調査報告書が発表されました。調査委員会の委員長チルコットの名をとって「チルコット・レポート」とも呼ばれる報告書は、聖書の 3 倍にあたる 260 万語で構成されています。報告書は、当時の英首相トニー・ブレアと米大統領ジョージ・W・ブッシュの間で取り交わされた私信を引用し、明確な情報を欠いていたにもかかわらずブレアが英国を参戦に追い込んでいったようすを詳述しています。例えば、ブレアは侵攻の 8 ヶ月前にブッシュに、「私はあなたの味方だ、何が起ころうとも」と書いていました。その後 2003 年 6 月、侵攻開始後 3 ヶ月足らずで、ブッシュに宛てた私信でブレアはイラクでの課題は「ほんとにすごい。我々が遂行できる状態にあるのか、まったく確信がもてない」と書きました。さらにブレアは、「もしうまくいかなかったら、地域のすべてが崩壊する」とも言及していました。英国在住のパキスタン人著述家でコメンテーターのタリク・アリを迎え、話を聞きます。

  • 先週、イラク、トルコ、バングラデシュ、サウジアラビアで起きた武装グループによる襲撃で、 300 人以上が命を落としました。暴力事件は、世界中のムスリムが神聖な月「ラマダン」の終わりを告げる祝いの準備をしている中で、続発しました。イラクでは週末、人混みでわくバグダッドのショッピングセンターでの自動車爆弾による自爆で 250 人以上が殺害され、2003 年の米国による侵攻以降最大の死者を出す襲撃となりました。これを受けイラクの内務大臣が辞任し、イラク内政の不安定化がさらに高まっています。続発する襲撃と政治的混乱について、オックスフォード大学現代イスラム学教授のタリク・ラマダンを迎えて話を聞きます。ラマダンは、米国主導のイラク侵攻を始めとするイラクにおける西側諸国の政策が地域の不安定化をもたらしたとし、「その政策は米国とヨーロッパ諸国が武器を売り、なおかつ地域を牛耳るのに役だっている」と言います。

  • サウジアラビアの国王は、 4 日、メディナにある預言者ムハンマドのモスク周辺で起きた自爆攻撃の実行犯たちに対し[呵責なき措置」を取ると宣言しました。同日、武装グループは、サウジアラビア各地の3 ヶ所で自爆攻撃を行いました。聖地メディナでは預言者ムハンマドが埋葬されているとされるモスク周辺で起きた攻撃で、治安部隊の隊員 4 人が死亡しました。このモスクは、世界のムスリムにとってもっとも神聖な場所のひとつです。4 日の攻撃に関して犯行声明は出されていませんが、「イスラム国」を名乗る勢力がシーア派ムスリムとサウジアラビアの治安部隊を標的に同様な爆弾攻撃を実行したことがあります。このスンニ派ムスリムの武装グループはサウジ王政の打倒を呼びかけています。オックスフォード大学現代イスラム学教授のタリク・ラマダンにこれらの襲撃がもつ意味に関して話を聞きます。   

  • 2004 年、タリク・ラマダンはインディアナ州ノートルダム大学での教職を得、かつ、『タイム誌』の世界最高の思想家100人に選出されました。ところが、米国での教授を開始する 9 日前に、ブッシュ政権は米国愛国者法(PATRIOT Act)の、「テロを支持もしくは信奉する」非市民の入国を拒否する権限を米政府に与える規定を発動し、彼の査証を取り消しました。ラマダンはジョージ・W・ブッシュ時代を振り返り、オバマ大統領とヒラリー・クリントン元国務長官がブッシュの中東政策の多くをどのように引き継いできたかを検証します。

  • バングラデシュでは 1 日に起き20 人が殺害された襲撃事件への服喪が続いています。首都ダッカの外交地区にあるトレンディなレストランを、爆発物や銃および刀剣を携えた武装グループが占拠し11 時間にわたる立てこもりの間に、外国人客 20 人を殺害しました。さらに、治安当局がレストランに突入し 6 人の容疑者のうち 5 人を殺害した際、警官 2 人が死亡しれました。治安当局によると、実行犯はバングラデッシュのエリート家庭出身の若者達で、その多くが国内の名門大学に通っていました。バングラデシュ最高裁判所の法廷弁護士サラ・ホセインを迎え、バングラデシュの政教分離の伝統が受けてきた脅威の歴史について聞きます。「我々は他の勢力と闘かってきました。軍隊、そしてもちろんいまも政教分離の装いのもとに現存する権威主義と闘かってきました。さらに、バングラデシュの政治プロセスを牛耳る原理主義者達と闘ってきました。こうした独自の特性を抱えていることが、我々が攻撃にさらされる理由だと思います」と、ホセインは言います。

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