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2011年2月8日(火)

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  • エジプトの民主化要求運動は3週目に入り、参加者はタハリール広場で新たな大規模抗議行動を展開しています。エジプト大統領ホスニ・ムバラクが辞任を拒否している一方、ドイツのデア・スピーゲル誌は、大統領がエジプトを出国し、“長期の健康診断”のためにドイツを訪問する準備が進められている可能性があると報じています。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、過去2週間にわたる抗議活動で、エジプト政府が認めているよりもはるかに多い297人が死亡したと伝えています。

  • 26歳のエジプト人活動家、アスマ・マフフーズは2011年1月18日、1月25日にタハリール広場に集まって、ホスニ・ムバラクの“腐敗した政府”に抗議するよう人々に求めるビデオをインターネット上に投稿しました。彼女の感動的な呼びかけは、最終的にエジプトの蜂起を奮い立たせることに一役買いました。「女性である私は、タハリール広場に行き、一人で立ちます。そして私は横断幕を掲げます。たぶん人々はいくらかの敬意を表してくれるでしょう。」マフフーズは続けます。「これ以上安全でいられるとは思わないでください。私たちの誰も安全ではありません。私たちと一緒に広場へ行き、あなたの権利、私の権利、あなたの家族の権利を主張してください。私は1月25日に広場に行き、腐敗と現政権に対してノーと言います。」★ 字幕動画はこちら

  • カイロの街頭で拉致されてから12日後の2月7日、ワエル・ゴニムは秘密の身柄拘束から解放されました。彼はエジプトの前代未聞の民主化要求蜂起を組織する鍵となったフェースブックのページを運営したことで、民主化要求運動によって英雄として迎えられています。解放後初のインタビューで、ゴニムはエジプトのテレビ局に次のように語りました。「私はインターネットで作業することで自分の命を危険にさらしたわけではありません。街頭にいる人々こそが英雄です。この革命はインターネットの若者たちのものです。」★ 字幕動画はこちら

  • カイロで2月7日、エジプト蜂起中に殺害された唯一のジャーナリストへの表敬式が行われました。アフムド・モハメド・ムハマドは、エジプトの国有新聞アル・タアウン紙の記者でした。彼は1月28日、機動隊が抗議者らに催涙ガス弾を発砲したところを、携帯電話で撮影しようとしているときに銃撃を受けました。彼は1週間入院しましたが2月4日に死亡しました。2月7日、ジャーナリスト、家族、友人らは、ジャナーリスト・シンジケートからタハリール広場まで空の棺を抱えて行進し、カイロで象徴的な葬儀を行いました。ムハマドの未亡人にインタビューを行ったカイロから戻ったばかりのアルジャジーラ英語放送プロデューサーで作家のライラ・アル=アリアンから話を聞きます。

  • アルジャジーラ英語放送のカイロ市局長エイマン・モヘルディーンは、エジプト警察によって拘束され、7時間拘留されました。刑務所の中でモヘルディーンは凶暴な警察の虐待を目撃しました。「我々は軍人が拘留者たちを平手打ちするのを見ました。彼らが拘留者たちを蹴飛ばすのも見ましたし、殴るのも見ました」。モヘルディーンは言います。「私が観察していた兵士の一人は小さなスタンガンを携帯していました」。彼はさらに、ムバラク政権がいかにアルジャジーラを黙らせようとてしているかについて話します。ジャーナリストが逮捕されて脅され、事務所が放火されて衛星システムが切断されているにもかかわらず、民衆蜂起についてのアルジャジーラの報道は、他のメディアの追随を許さず、エジプト人に真実を伝えることにおいてエジプトの親ムバラク派のテレビ局と闘っています。「アルジャジーラのアラビア語放送とアルジャジーラ英語放送は、非常に重要なことを提供していると思います。二つの放送は、世界中の視聴者に対し、西洋と外国のメディアの多くが見逃しがちな社会的文脈を伝えているのです。」尋問のために治安部隊によって2月6日に拘束されたモヘルディーンは言います。「もっと重要なのは、この二つの放送が視聴者に対し、メディアが次第に少なくなる中で把握することが困難になりつつある、この国からの映像を伝えているということです。アルジャジーラが放送を遮断され完全に放送中止になったら、人々そして特に情報にとって深刻な損害になるでしょう。」

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