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2018年5月25日(金)

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  • トランプ大統領は、6月12日に予定されていた北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との会談を白紙に戻しました。北朝鮮の外務次官は25日、金委員長はいまもトランプ大統領と喜んでいつでも会うつもりであり、首脳会談の中止は「非常に残念」であると話しました。トランプ大統領は金委員長宛ての書簡の中で、金委員長による最近の発言の「強烈な怒りとあからさまな敵愾心」を会談中止の理由に挙げています。続いてトランプ大統領は「あなたは核戦力の話をしますが、我々の戦力はあまりに巨大で強力なので、決して使わずに済むよう神に祈ります」と記しています。トランプ大統領がこの書簡を送ったほんの数時間前、北朝鮮は核実験場の一つを破壊したと宣言していました。NBCの報道によると、この決定は突然に行われたため、トランプ政権は自国議会の院内総務たちにも、韓国の文在寅大統領をはじめとする同盟諸国にも、通知する時間が十分に時間ありませんでした。韓国のソウルから、朝鮮戦争の終結を求める世界的な女性運動ウィメン・クロスDMZ創設者で理事長クリスティーン・アンに話を聞きます。またワシントンD.C.から、ネイション誌とソウルの調査報道韓国センターの特派員である調査報道ジャーナリストのティム・ショロックに話を聞きます。

  • 追加情報:ハービー・ワインスティーンの保釈金は1000万ドル、100万ドルの現金払いで釈放と決定

    元ハリウッドの大御所ハービー・ワインスティーンは今朝(25日)、警察に出頭しました。マンハッタンの検察官が2人の女性への性的暴行の嫌疑で起訴したためです。彼の保釈金は200万ドルと予想されています。警察によると、ワインスティーンの訴状は一件については第一級強姦罪と第三級強姦罪、もう一件については第一級性犯罪となる模様です。ハリウッドを震撼させ、女性が表に出てレイプや性暴力、セクハラなどで男性を告発する世界的運動につながったワインスティーンの転落は、これが最新の展開となります。今回の起訴の一部につながったのは、2004年にワインスティーンから性的暴行を受けたという女優志望だったルチア・エヴァンスによる告発でした。全部で100人以上の女性が表に出てワインスティーンを性的暴行やセクハラで訴えました。事件発生の時期は何十年にまたがっています。パリにいるルイーズ・ゴッドボールドに話を聞きます。彼女はエコー・ペアレンティング&エデュケーション代表でブログ記事"My Encounter with Harvey Weinstein and What It Tells Us About Trauma”(ハービー・ワインスティーンとの出会いとトラウマについてそれが教えること)を書きました。

  • 25日に警察へ出頭したハービー・ワインスティーンは、女性2人に対する性的暴行の罪に問われています。ちょうど1カ月前には、エンターテインメント界のもう一人の大御所、コメディアンのビル・コスビーが世間の見守る中で転落しました。コスビーは、2004年にアンドレア・コスタンドに薬を飲ませ、性的暴行を加えたとして、3件の悪質な強制わいせつ罪で有罪判決を受けました。コスタンドはテンプル大学女子バスケットボールチームの元部長です。ワインスティーン同様、コスビーは多くの女性から性的暴行で訴えられており、その中には何十年も前に発生したものものあります。現在80歳になるコスビーは最長で禁固30年の刑を受ける可能性があり、量刑は今夏に申し渡される予定です。ロサンゼルスから視覚芸術家で俳優のリリ・バーナードに話を聞きます。彼女もビル・コスビーを訴えた一人で、1990年代前半に「ザ・コスビー・ショー」のゲスト出演の準備中にコスビーに薬を盛られ、レイプされたと主張しています。引き続き、ハービー・ワインスティーンによる性的暴行の被害者ルイーズ・ゴッドボールドに話を聞きます。

  • 元アメリカ中央情報局(CIA)工作員の亡命キューバ人ルイス・ポサダ・カリレスが23日、マイアミ郊外で亡くなりました。享年90でした。ポサダ・カリレスは1976年に起きたクバーナ航空455便爆破事件を首謀した容疑者として最も知られています。何十年にわたり、キューバとベネズエラからテロ容疑者として身柄引き渡しの要請があったにもかかわらず、米国政府はポサダ・カリレスの送還を拒否していました。ポサダ・カリレスは後に、1997年にキューバで起きた一連のホテル爆破事件への関与を公然と認めました。2000年にはフィデル・カストロが演説をする予定だった公会堂の爆破を計画したとしてパナマシティで拘束されました。こうした犯罪歴にも関わらず、ルイス・ポサダ・カリレスは自由の身でフロリダで亡くなりました。ワシントンD.C.を拠点にするキューバ人弁護士ホセ・ペルティエラに話を聞きます。彼はルイス・ポサダ・カリレス送還要求の件でベネズエラ政府の代理人を務めており、2000年~2001年にはエリアン・ゴンザレスの代理人も務めました。

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