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2015年3月18日(水)

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  • ニューヨーク市で、50もの家賃値上げ規制(rent-stabilized)のアパート建物を所有するカステヤン不動産パートナーズの脅し・嫌がらせ戦術を、デモクラシー・ナウ!の共同ホストのフアン・ゴンザレスがニューヨーク・デイリー・ニュース紙の記事でレポートしています。カステヤンはヘッジ・ファンドの資金に支えられている不動産会社です。同社には州が任命した監視人がついているにもかかわらず、住民に対して不当に市民権や収入の証明を要求して立ち退かせ、その後家賃を最大50%も引き上げるという経営を続けています。

  • ベンヤミン・ネタニヤフがイスラエルの総選挙で予想外の勝利を果たし、首相として4期目を迎えることになりました。ネタニヤフのリクード党はイスラエル議会120席のうち29-30を獲得します。野党のシオニスト連合は24席で第2党に、「アラブ系統一会派」が13席で第3党となりました。ネタニヤフは選挙運動の締めくくりに、パレスチナ国家樹立反対を誓約し、2009年に名目上支持した「2国家共存」を撤回しました。ネタニヤフはまた、非合法のヨルダン川西岸地区入植を拡大することを誓い、投票直前には、アラブ系住民の高い投票率を非難して、支持者に支持を訴えました。最大野党シオニスト連合もまた、将来のパレスチナ国家の地となるヨルダン川西岸地区に、イスラエルの主要入植地を維持するという公約を掲げました。リクード党によればネタニヤフは、今後数週間に新政権を結成するという事です。すでに、いくつかの右翼政党との協議が進行しています。本日はこの選挙について2人のゲスト、イスラエル議会のアラブ人議員で「アラブ系統一会派」の一つであるバラド党の議長のジャマル・ザハルカと、イスラエルのハアレツ紙の占領下パレスチナの特派員アミラ・ハスに話を聞きます。

  • グアンタナモで何年も拘束され続けた父と息子が釈放後どうなったか?驚くべき話を検証します。アブドゥル・ナーセル・カントゥマ二と彼の息子ムハンマドは2002年にグアンタナモ刑務所に収容されました。2001年にムハンマドが米国に身柄を拘束された時、彼はまだ10代でした。ムハンマドは2009年に釈放され、ポルトガルに再定住させられました。彼の父は、そのほぼ一年後にアフリカのカーボベルデに再定住させられました。この親子はそれ以来再開することが出来ないでいます。ハーパーズ・マガジン誌の新しい記事に彼らの厳しい試練の様子が書かれています。これはグアンタナモで、彼らが親子であることが彼らに不利に使われたことも含まれています。記事は「尋問者たちは早い段階で、父のアブドゥール・ナーセルが、ムハンマドにとって精神的な「癒し」であることを知り、それを巧みに操ってムハンマドに供述させようとした。ムハンマドが非協力的になると刑罰として彼を別の場所に移した。この親子がお互いの声をもう一度聞けるようになるまでは何年もかかった」と書かれています。この記事、Life After Guantánamo: A Father and Son’s Story(グアンタナモ後の人生:父と息子の物語)を執筆したパーディス・ケブレイに話を聞きます。ケブレイは2008年からアブドゥール・ナーセルと彼の息子ムハマドの代理人を務めた、憲法上の権利センター(Center For Constitutional Rights)のシニア専従弁護士です。

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