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2014年7月28日(月)

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  • パレスチナ人死者数が1000人を超える中、国連安全保障理事会は、ガザ地区での「人道目的のための即時無条件の停戦」を求める議長声明を発表しました。イスラエルとハマスは先週末、停戦宣言を相次いで宣言しました。26日には12時間の停戦が行われ、ガザ地区のがれきの中から130人の遺体が収容されました。停戦が行われる直前にはイスラエルがハーンユーニスの民家を攻撃し、一家12人を含む20人が死亡しました。27日は、当初は停戦を拒否していたハマスが「ラマダン明けの祝日」を祝う24時間の停戦を呼びかけました。現時点で、パレスチナ人の死者数は1031人となり、そのほとんどが一般人で、少なくとも226人の子どもが犠牲になっています。イスラエルは軍兵士43人が死亡し、イスラエル領内で民間人3人が死亡したと伝えています。国連は、18万人以上のパレスチナ人が避難し国連の避難所で生活をしていると発表しています。ガザ市から、デモクラシー・ナウ!特派員アブドゥル・クドゥースが、自宅に戻り、がれきと化した町内の姿を目の当たりにした避難住民について報告します。「人々は自宅から回収できるものは回収しようとしています。多くの人は何も回収できないままでいます。爆撃の中、彼らは衣類だけを背負って避難しました。停戦でも不安な状態にあり…人々は爆弾がいつまた落ちてくるのか様子をうかがっています」とクドゥースは語ります。

  • 5年前、パレスチナ人学生のアメル・シュラブはイスラエル軍の「キャストレッド作戦」(2009年ガザ紛争)により兄弟2人を亡くしました。そして先週、シュラブはガザ地区に住む4人のいとこがイスラエルの攻撃により死亡したことを知りました。2009年1月、住んでいた村から避難していたアメールの父親と兄弟たちは車で村に戻る途中、イスラエルの銃撃を受けました。28歳のカサブは、車を逃がそうとして銃弾の雨に撃たれ亡くなりました。アメルの別の兄弟、18歳のイブラヒムは、銃撃では一命を取り留めましたが、イスラエル兵が20時間後まで救急車の到着を認めませんでした。その頃には時すでに遅く、イブラヒムは父親の目の前で多量の出血で死亡しました。カリフォルニア州にあるモントレー国際大学院の大学院生のアメル・シュラブは、全米中の学校や地域集会の場で兄弟や他のパレスチナ人の身に起きたことを話しています。「イスラエルは、攻撃開始時から意図的に市民を狙っている。彼らは人々を脅えさせ服従させるために家を爆撃し一家皆殺しをしている」と彼は語ります。

  • ガザ地区のパレスチナ人死者が1000人を超える中、イスラエルのハイファから、歴史学者のイラン・パペ教授に話を聞きます。「2014年のイスラエルは、民主主義国家ではなく、人種差別主義者のアパルトヘイト(人種隔離政策)国家になったほうがいいという決断を下したと思います。イスラエルは今でも、米国がこのイスラエルの決断を承認し、どこのパレスチナ人に対してもその方針を実施することを認める含意を含むような、イスラエルの政策継続に対する免責を与えることに期待している」とパペは話します。歴史学の教授でエクセター大学の欧州パレスチナ研究センター長のパペは、近著The Idea of Israel: A History of Power and Knowledge(『イスラエルの思想:力と知識の歴史』)を始めとする数々の本を執筆しています。

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