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2014年3月11日(火)

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  • 3年前の2011年3月11日、大規模な地震によって日本の東北沿岸を襲う破壊的な津波が引き起こされ、その結果、福島第一原子力発電所の3基のメルトダウン(炉心溶融)という前代未聞の核危機がもたらされました。日本は、福島事故の長期的な影響に不安を抱えたまま、災害の記念日を迎えています。事故当時、日本の首相を務めていた菅直人から話を聞きます。主要国家の現職元首が立場を完全に変えることは稀ですが、菅はそれをしました。菅は、東京の住人を避難させるという事態を考えたとき、在任中でありながらも原子力反対に転じるという結論に至った経緯を話してくれます。「原子力発電所で起きる、あらゆる事故や災害を完全に防ぐことは不可能です」と、菅は言います。「ですから、それが起きることを防ぐための1つの方法は、つまり5000万人もの大量の人間を避難させる危険を避けるため、そして日本国民の生活、日本の経済さえも守るために、私は立場を変えました。このための唯一の方法が、原子力発電所を完全になくすことでした」。

  • 世界的に著名な政治的反体制派で、言語学者、作家で、マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授であるノーム・チョムスキーが3月第1週、福島の危機の3周年を前に日本を訪れました。現在85歳のチョムスキーは、メルトダウン(炉心溶融)後に福島から避難した複数の家族を含む、福島の生存者らと会いました。「言うまでもないことですが、核爆発の引き起こす衝撃の戦慄を体験した唯一の国日本でこの事態が起きているということに、特に恐ろしさを感じます」とチョムスキーは言います。「そして特に恐ろしいのは、それが子供たちに起こっているということせす。しかし残念なことに、いつの時代にもこのようなことは起きているのです。」

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