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2013年12月13日(金)

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  • 共和党が過半数を占める米下院は、包括的な移民法改革を成立させることなく、2013年の会期を終了しました。12日、両党の幹部たちは新年早々にこの問題を再検討すると約束しました。一方で、この問題に対して下院が活動を欠いていることに抗議して、12日の午後、1000人を超える移民法の活動家たちが下院議員たちの事務所に押し寄せました。この活動は、移民法改革団体「家族のための断食(Fast for Families)」が、31日におよぶ断食を終えた日に合わせて行われました。「サービス従業員国際労働組合(SEIU)」の元国際事務局長のエリセオ・メディーナに話を聞きます。メディーナは最近、22日間にわたる水だけの断食を行いました。彼は13年間、労働運動指導者で公民権運動の活動家でもあったシーザー(セサール)・チャベスと活動を共にした労働運動活動家で、彼の活動家としての経験は19歳の時、ブドウ摘み労働者としてカリフォルニア州デラノで、歴史的に残る「農場労働者連合」のストに参加したのが始まりでした。

  • 今日は 1970年代初期に、マサチューセッツ州のポラロイド社のアメリカ系アメリカ人労働者たちが、南アフリカのアパルトヘイトに抗議するダイベストメント(投資撤収)運動の開始にどのように貢献したかを見てみましょう。「ポラロイド労働者革命運動」の共同創設者、キャロライン・ハンターに話を聞きます。ハンターは、ある日自分の雇用主であったポラロイド社が、南アフリカで黒人住民が持たされていた悪名高いパスブック(身分証明書)の写真作成に使われるカメラシステムを南アフリカに供給しているという証拠に出くわしました。ハンターと亡夫のケン・ウィリアムズは、やがて同社へのボイコット運動を開始し、ボイコットとダイベストメント運動は、最終的には、ゼネラルモーターズ、バークレイズ銀行など、アパルトヘイト体制下の南アフリカで事業を行っている他社も標的にするまでに発展しました。ポラロイド社は1977年までに南アフリカから撤退しました。

  • 南アフリカではネルソン・マンデラ国葬の準備が進められています。本日は、1962年、南アフリカ政府がマンデラを追跡し逮捕した際に、CIAが果たした役割について検証します。1990年に、コックス・ニュースサービスは、元米国高官の言葉を引用し、マンデラの逮捕後数時間以内に、ポール・エッケルという名のCIAの上級工作員が、CIAの逮捕への関与したことを認めたと報じました。エッケルはその高官に「我々は南アフリカの治安当局にマンデラを引き渡した。彼らにあらゆる詳細、彼がどんな服装をして、何時にどこに現れるか、という情報を伝えた。当局がマンデラを捉えたのは、我々の最大の快挙のひとつだ」と語ったと伝えられます。複数の報道機関が、マンデラ逮捕を導いた手がかりの実際の情報源は、ドナルド・リッカードというCIA職員だったと報じています。12日、デモクラシー・ナウ!は、リッカードと話そうと、コロラド州の自宅に連絡を試みました。2度、受話器を取った男性に、ドナルド・リッカードと話したいと求めましたが、切られてしまいました。活動家グループ「ルーツアクション(RootsAction)」はCIAに、マンデラと南アフリカに関するファイルを公開するよう求めるキャンペーンを開始しました。また、メディア監視団体「報道の公正と正確さ(FAIR)」は、企業メディアはなぜ概して、このストーリーを無視するのかと疑問を呈しています。1986年にニューヨークタイムズ紙に、CIAとマンデラ逮捕に関する記事を初めてレポートしたジャーナリストのアンドリュー・コウバーンに話しを聞きます。

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