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2013年12月10日(火)

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  • 12月第1週に95歳で亡くなったネルソン・マンデラの栄誉をたたえるため、12月10日、数万人の人々がヨハネスブルグ郊外ソウェトのFNPスタジアムに集まりました。追悼式のために100人近くの国家元首が南アフリカを訪れたましたが、その中にはオバマ大統領、キューバのラウル・カストロ国家評議会議長の顔もありました。マンデラの遺体はこの後、彼が1994年に大統領として宣誓就任した場所、プレトリアのユニオンビルに3日間公開安置され、12月15日に彼の先祖代々の故郷であるクヌに埋葬されます。まずはオバマ大統領の弔辞から追悼式の様子をお伝えします。「マディバ(マンデラの愛称)は囚人だけでなく、投獄した側をも解放しました」と、オバマは述べました。「私はマディバには到底及びませんが、彼は私に、より良い人間になりたいと思わせてくれました」。

  • 12月10日のヨハネスブルグでのネルソン・マンデラの追悼式に、ブラジルのジルマ・ルセフ大統領も各国首脳らと共に、南アフリカの元大統領で反アパルトヘイトの指導者であるマンデラの栄誉をたたえるために出席しました。「彼は、ブラジルそして南米各地の同じような闘いにとってのインスピレーションの源でもありました」と、ルセフは述べました。「彼の闘いは、彼の国の国境をはるかに超えて、独立と社会正義のために闘うよう若者たちを勇気付けました」。

  • 12月10日のネルソン・マンデラの追悼式で演説を行った中に、キューバのラウル・カストロ国家評議会議長がいます。オバマ大統領は演壇に向かう途中で、カストロと異例の握手をしました。「ネルソン・マンデラに敬意を表しましょう」と、カストロは述べました。「尊厳の究極のシンボルであり、革命的闘いと自由、正義への揺ぎなき献身を示し、統一、平和、和解の指導者であった彼を。マンデラの人生が教えてくれるのは、すべての国の協調努力だけが、今日人類の存在そのものを脅かしているいくつかの大きな試練に立ち向かう力を与えれくれるということです」。マンデラとキューバのフィデル・カストロの1991年の会談の場面も放送します。

  • 元ケープタウン大主教でノーベル平和賞受賞のデスモンド・ツツは12月10日のネルソン・マンデラの追悼式に出席しましたが、演説はしませんでした。しかし彼は12月9日の夜、彼の親友であるマンデラに敬意を払い、活気に満ちた追悼の辞を述べました。ツツはアパルトヘイト撤廃後、南アフリカの真実和解委員会の委員長を務めました。彼は現在82歳です。ツツが演説を行ったヨハネスブルグでの親しい人々による小さな会は、ネルソン・マンデラ財団によって主催されました。

  • アフリカ連合委員会初の女性首脳であるヌコサザナ・ドラミニ=ズマ委員長は、ネルソン・マンデラの追悼式で演説を行いました。彼女は反アパルトヘイトの元活動家で、マンデラ大統領政権で1994年から1999年まで南アフリカの保健相を務めました。彼女はマンデラが、独立を求める、より広範な汎アフリカ主義の闘いにいかに貢献したかを振り返りました。「彼がアフリカ大陸のどこへ行こうと、扉が開かれました。彼は軍事訓練を受け、闘いのための支援を得ました」と、彼女は述べました。

  • ネルソン・マンデラの追悼式の特別放送を、著名な詩人で作家のマヤ・アンジェロウ博士が彼の思い出を讃えて届けてくれた映像メッセージで締めくくります。二人は、マンデラが投獄される前の1962年に初めて出会いました。「マンデラは役目を終えました」と、アンジェロウは言います。「それでも彼の意思を継ぐ私たちは、和解のために扉をより大きく開けるでしょう。そして我々は、この地球の底辺で這いつくばって暮らしている、黒人、白人、アジア人、ヒスパニック、貧者たちの叫びに対して寛大な心で接するでしょう」。

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