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2011年7月6日(水)

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  • 10隻からなるガザ支援船団「フリーダム・フロッティラ」の1つ、乗組員8人を乗せたフランス船が、イスラエルと米国の強い圧力を受けたギリシャ当局の禁止措置に逆らい、ギリシャ領海を脱してガザに向いました。7月1日以来、船団のうち2隻が足止めされましたが、この小さな船がギリシャ当局をかわした最初の船となりました。イスラエル軍が第一回フロッティラ船団の乗員9人を殺害してから1年が過ぎ、同船団は人道物資を積み再びガザをめざしています。デモクラシー・ナウ!のアーロン・マテが、米国旗を掲げた「大いなる希望」(The Audacity of Hope)号に乗船していました。これは禁止に逆らいガザをめざして出航に成功した最初の船でしたが、出港まもなくギリシャ当局に阻止され、洋上で息の詰まるにらみあいとなりました。マテのリポートです。

  • ウィキリークス創立者ジュリアン・アサンジが7月2日ロンドンに現れ、デモクラシー・ナウ!のエイミー・グッドマンの進行で、スロベニア人哲学者スラヴォイ・ジジェクと異色対談を行ないました。現在、ロンドン郊外のノーフォークで自宅軟禁状態に置かれているアサンジは、性的暴行容疑の質疑のためスウェーデンが求めている身柄引き渡しをめぐり、控訴裁判所での審理を7月12日に控えています。アサンジが犯罪で起訴された事実は、どの国においてもありません。2日に行なわれた討論イベントの一部を放送します。アサンジを1917年制定の諜報活動取締法違反で米国内で起訴し、ウィキリークスを閉鎖すべきだと主張する批評家たちにジジェクとアサンジが答えます。「実は、検閲は良い兆候だと見るべきなのです。そして、検閲に対抗する動きがあるということは、いまだ社会が完全には封じ込められておらず、完全に財政主義的になってもおらず、政治的側面をまだ維持しているという兆しだからです。つまり、人々が何を考え、信じ、感じ、どんな言葉に耳を傾けたかが、実は重要なことなのです」とアサンジは言います。

  • 7月2日ロンドンで行なわれたデモクラシー・ナウ!司会によるトーク・イベントで、ウィキリークス創立者ジュリアン・アサンジは、ウィキリークスが、ビザやマスターカードなどの金融会社に対し、オンラインでの寄付による資金集めを妨害し「経済封鎖」をしたとして、新しい訴訟を起こしたと話しました。この内部告発者グループが、2010年米国の外交機密公電を公開した後、これらの金融会社はウィキリークスに対する支払い方法を遮断しました。「ビザやマスターカード(や他の企業)が米国の外交政策の道具となっているとは異常な事態です」とアサンジは言います。

  • 今年初め、ウィキリークスは過去最大の量となる膨大な米国機密外交電信を公開しました。この公開文書は、米国政府がいかに中東の悪名高い政権を支持し、その政権に対抗する者たちへの人権侵害を支えてきたかを暴露するものでした。7月2日に行われたデモクラシー・ナウ!のエイミー・グッドマンが司会をするトーク・イベントで、ウィキリークスの創立者ジュリアン・アサンジは、外交電信に記されていた情報を公開することの重要性、ウィキリークスが世界の政治やジャーナリズム全般へおよぼした影響について、また「アラブの春」、チュニジアやエジプト、また今では、イエメン、バーレーン、シリアそしてリビアまで広がった、同地域の一連の民衆蜂起について語りました。

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