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2011年3月21日(月)

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  • 18日に発表された国連安保理のリビア飛行禁止空域設定決議を受けて、前週末に米国、英国、フランスの同盟軍がリビアに向けて空爆を開始しました。19日午前中、リビアの市民ジャーナリストのモハメド・ナボウスがベンガジで銃で撃たれ死亡しました。ナボウスはリビア・アルフーラTVを設立し、ネット上でニュースフィードや先月開始した民衆蜂起のレポートなどを放映していました。リビアの市民ジャーナリズムの顔として紹介されたナボウスは、カダフィ支持派の部隊による攻撃を取材中に死亡しました。ナボウスの最後のレポートの一部と、彼の妻による、人々にリビアの民主主義のために戦い続けることを訴えたメッセージの一部をお送りします。デモクラシー・ナウ!のアンジャリ・カマト記者は、先月ナボウスに、彼も建設を支援したメディアセンターにてインタビューを行いました。

  • 米国および同盟軍は、リビアの飛行禁止空域決議を設定するための2度目の空爆を開始しました。空爆の標的にはリビアの対空防衛能力やカダフィ大佐に忠誠を誓う部隊、それに要塞化されたカダフィの施設が含まれています。リビアへの攻撃は前週19日に開始されました。その日は米国のイラク進攻から8年目となる日でした。アラブ連盟はリビア上空の飛行禁止空域設定を支援しましたが、同連盟の事務局長アムル・ムーサは米軍主導の空爆を避難しました。政策研究所(Institute for Policy Studies)新国際主義プロジェクト(New Internationalism Project)のフィリス・ベニスに詳細な分析を聞きました。「米国政府は、自分たちが(空爆を)主導していないのだと国内世論と国際社会を納得させるために多大な労力を払っている。しかし軍事攻撃が開始された現段階で、米軍が攻撃のリーダーシップを執っているのは間違いありません」

  • デモクラシー・ナウ!の特集番組として、7年間の亡命生活を終えたハイチの元大統領ジャン・ベルトラン・アリスティドの、南アフリカからハイチへの歴史的な帰国を取材しました。アリスティドは日程が遅れて20日に開催された、人気歌手のミシェル・マーテリーと元大統領夫人のミランド・マニガの間で大統領の座が争われた決選投票の2日前に帰国しました。この取材を支援してくれた、ハニー・マソウド、シャリフ・アブドゥル・クドゥース、ニコール・サラサール、K.Kキーン、そしてキム・アイブズに感謝します。★ 字幕動画はこちら

  • ハイチの元大統領ジャン・ベルトラン・アリスティドとその家族は18日に南フリカを出発し、7年間の亡命生活を終えハイチに帰国しました。出発直前に、オバマ大統領は南アフリカのジェイコブ・ズマ大統領にアリスティドの出国を防ぐよう打診していました。しかし南アフリカ政府は米国の圧力には屈しないと語り、その後アリスティド家族は17日夜にヨハネスブルグから飛行機に搭乗しました。エイミー・グッドマンは移動中に取材を行った唯一の記者でした。この放送はアリスティドが大西洋を渡りハイチへ向かった際に彼に対して行った世界初独占インタビューの第一弾です。「7000人の兵士が国家予算の4割を管理する時代にわれわれが戻ろうとするのなら、それは、自分たちの尊厳をいだいて悲劇や貧困から抜け出すための行動をするのではなく、悲惨な状況に再び戻るということを意味しています」

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