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2011年11月18日(金)

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  • 現行の経済システムに抗議するウォール街占拠運動は17日に3カ月目に入り、全米で数十都市に拡大していますた。この日の逮捕者は全米で推計300人。うち多くを占めるのは、NY証券取引所を閉鎖しようとして逮捕されたニューヨーク市の抗議者たちです。「今朝、私たちはウォール街を実質的に閉鎖した。私たちの物語で、私たちの肉体で、私たちの心で、閉鎖を実現したのです」と抗議行動を組織した人は言います。デモクラシー・ナウ!のリポーター、ライアン・デブローが報告します。

  • 2カ月前、伝説的ヒップホップ興行主ラッセル・シモンズが最初の大物支持表明者の1人としてロウワー・マンハッタンにあるズコッティ公園のウォール街占拠地を訪れました。17日朝にも再び訪れ、デモクラシー・ナウ!のホスト、エイミー・グッドマンの取材を受けました。「私たちはウォール街に未来を左右されたくない。だからウォール街にいるんです。で、私たちは国民が未来を決めるようにしたい」とシモンズは言います。彼は連邦政府の公職選挙に立候補する者には民間の寄付を禁じる憲法修正を支持すると言います。「私たちは、政治家が自分を選んだ人々の側に立って物事を決めるものだと信じていたい。ここのところが米国の民主主義制度の欠陥なのです」。

  • 昨日、ニューヨーク市の至る所で占拠行動が行われました。その中で千人以上の学生たちを集めてユニオン・スクエアへ向かうデモ行進も行われました。この公立公園は長きにわたり政治デモの地としての歴史を持っています。公園外で行われた行進では数百人が通りになだれ込んでニュースクールの建物を占拠しようとしました。この行進に参加したニューヨーク大学の学生と、この占拠運動を「この学期、多くのより広範な社会問題を垣間見させてくれるプリズム」としてカリキュラムに取り込んだニュースクール教授に話を聞きます。また、ネイション誌特派員のジョン・ニコルズにも話を聞きます。彼は「1年前にはだれがこの2011年の11月の寒い雨の日に何千人もの若者たちがニューヨーク市や全米の都市の街頭に出ているなんて予測できたろう。何かが変わったんです」と言います。

  • 17日の占拠運動の満2カ月記念抗議はたまたま数カ月前から計画されていた労働組合のイベントと重なりました。国中の老朽化したインフラを整備する連邦の予算付けがいかに労働者たちを仕事に戻すことができるかを知ってもらおうと、全米で橋を舞台にしたデモ行進が行われました。抗議者たちはロサンゼルスで、シカゴで、フィラデルフィアやデトロイト、セントルイス、ヒューストン、ミルウォーキー、ミネアポリス、ハートフォードやポートランドでも橋を封鎖しました。デモクラシー・ナウ!のプロデューサー、ルネ・フェルツがニューヨーク市でブルックリン橋の入り口を封鎖しようとして組合指導者たちが逮捕された模様を報告します。逮捕者にはSEIU(サービス従業員国際組合)議長のマリー・ケイ・ヘンリーも含まれます。「私たちはこの国の経済が、修復可能な緊急事態に陥っていると考えています。そうして数百万の人々がきちんとした仕事とともに職場復帰できると思っています」とヘンリーは言います。

  • ニューヨーク市で17日ブルックリン橋の大行進に大勢が参加した理由のひとつは、週前半のズコッティ公園への警察の急襲です。ニューヨーク市会議員ヤダニス・ロドリゲスも逮捕されました。彼は治安攪乱行為と公務執行妨害の容疑で2時間ほど警察車に拘束されました。ロドリゲスは逮捕の一週間前、彼の選挙区である、移民が多いワシントンハイツ地区からウォール街占拠の現場まで約18キロのデモ行進の計画を支援 しました。彼は警察による身柄拘束の不快な経験を語り、それによってむしろ「占拠」運動にかかわり続ける気持が強まったといいます。「私たちはこの運動にもっと多くの黒人やラティーノの参加を望んだ。なぜならこの運動は大学生だけのものではないし、失業者だけのものでもない。これは労働者階級と中産階級の運動です。私が逮捕された場所から少し離れたところにはデモ参加者が大勢いて、衝突が起きる可能性がありました。だから、私はブロードウェイの東側に移動たんです。そこもはデモ隊もいなかったし、何も起こっていませんでした。そこから少し歩いて、公園から2ブロックの場所まで来た時に 停められました。『市会議員のロドリゲスです。このまま公園まで歩いていきたい』と言いましたが、押し戻され、車に投げ込まれました。通りにいた警官がやって来て 私の上にのしかかりました」と、ロドリゲスは語りました。

  • 17日夜、ニューヨーク市のダウンタウンで、果てしなく続く何万人もの行進の人波が続く中、ダウンタウンのビルの壁に大きなメッセージが投影されました。これを実現させた人たちの2人に、路上で話を聞きました。「時には、スペースは利用可能だと主張する必要があります。与えられたキャンバスにメッセージを載せ、仲間とコミュニケートする。そのキャンバスがたまたま市庁舎だったってわけです」とテイラー・Kは語りました。

  • 過去2カ月間、グローバル革命TV(Global Revolution TV )という名のウェブサイトが「ウォール街を占拠せよ」の中心的なビデオハブになってきました。ニューヨークや、他の数十カ所の「占拠」運動を行っている都市からのライブビデオ送信を集めたこのサイトは、抗議運動の報道と観察の方法を変えました。「占拠」の抗議者たちがズコッティ公園で総会を開く時、会合はいつもライブストリームで全世界に流れます。15日早朝に、警察が公園を襲撃した時には、その様子はライブストリームにとらえられました。サイトの共同創設者のヴラッド・ティーチバーグに話を聞きます。元デリバティブ・トレーダーの彼は金融界から足を洗い、ビデオ活動家になりました。「このプロジェクトと似たようなことは過去にもほかの活動や反乱でやってきたけれど、このプロジェクトを正式に始めたのは、ニューヨークの占拠が始まった時でした」とティーチバーグは語ります。「人々は、『ウォール街を占拠せよ』を米国の革命のであるかのように考えています。でもルーツはアラブの春です。アラブの春がは多大なインスピレーションを与えました。そしてスペインの革命を直接のルーツにしています」。

  • 有名な在留資格の無い移民(undocumented immigrants)運動家の逮捕は、移民の問題を運動の最前線に引き出しました。14日、カリフォルニアで、フランシスコ・"パンチョ"・ラモ ス・スティールは、「オークランドを占拠せよ」野営地への早朝の襲撃中に、オスカー・グラント・プラザで瞑想中に逮捕されました。保釈金を積んで仮釈放と思いきや、パンチョは、地元の刑務所からの逮捕情報を連邦移民機関と共有する「安全なコミュニティ」プログラムにより、米国入国・税関取締局に身柄を引 き渡され、拘置されました。彼の支持者数千人が釈放を求める運動を開始しました。そのうちChange.orgの嘆願サイトはわずか24時間で 6,600件の署名を集めました。17日朝、パンチョは最終的にICEの拘置から釈放されました。カリフォルニア州のバークレーから、パンチョが番組に参加します。「人から『出身地はどこですか?』と聞かれるたびに 『地球という惑星です』と応えます。『国籍は?』と聞かれたら、『世界市民です』と応えます。これで少々、時間の猶予を稼げた。でも・・・いまでは指紋を 採られてしまった。結局、現状はこうなんです。より多くの診療所を建てたり、橋を修理したり、学校を増やしたり、 暮らしに意味をもたせたりするために資源を使わずに、1 パーセントの人達は資源を使って、平和な人々、非暴力の人々、調和のとれたコミュニティの建設を求める人々に嫌がらせをしています。」

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